わをん

Open App
12/14/2023, 3:15:19 AM

『愛を注いで』

あなたは私たちのほんとうのこどもではないと告げられたとき、脳裏には図鑑で見たカッコウの生態が思い浮かんでいた。
カッコウは子育てをしない。カッコウの親鳥は他の鳥の巣へ忍び込んでもとあった卵を蹴散らし、そこへ自分の卵を産む。孵ったひな鳥は縁もゆかりもない鳥にわが子のように育て上げられ、そしてまた同じように子育てをせず繁殖していく。
私もカッコウのようになってしまうのではないかと大きくなったお腹を抱えて泣きじゃくったのは昔の話。養父母はそんな私を叱り励ました。
「私たちは赤の他人だけど、私たちには確かに縁もゆかりもできている。だから安心してこどもを産んで育てなさい。あなたはカッコウではなく、私たちのこどもなのだから」
車から降りた小さなこどもがおじいちゃん、おばあちゃんと叫んで駆け出していく。
私の受けてきた愛がまぶしいほどにきらめいている。

12/13/2023, 3:19:32 AM

『心と心』

土煙と瓦礫ばかりの荒野をとぼとぼと歩いて見知った人を探す。空にも届くかと思われたあの遥かに高い塔は雷鎚によって壊されてしまい、私たちの言葉もばらばらになってしまった。私の家族は、恋人はどうなってしまったのか。もし会えたとしても、ばらばらになった言葉ではなにも伝えられないし、なにもわからないのではないか。
不安のさなかに、うずくまる人を見つける。こちらに気づいたその人は驚きに目を見開くと私の名前を口にして立ち上がった。私も喜びをあらわにその人の名前を口にして駆け出す。私の恋人は胸に飛び込んだ私の体をしかと抱きとめてくれた。
彼が以前とは違う言葉を語りかけてくる。私の耳はそれを聞き取れないが、少し伸びた髭を触り、土煙でよごれた頬をぬぐい、目尻に浮かんだ彼の涙を見ればそんなのは些細なことだった。

12/12/2023, 3:14:52 AM

『何でもないフリ』

キッチンに立つ母の後ろ姿にぼんやりとした人影が見えることがあった。だいたいはひとり。たまにふたり。顔は違えどどれもこれも血だらけのそれが幼い頃はとても恐ろしく、泣いては母を困らせたものだった。少しだけ成長した今ではあぁいるなという感覚になってきている。
人影は母の帰りが遅くなる翌日についてくることが多かった。母は日中の仕事に加えてたまに夜にも働きにゆく。仕事の内容を詳しくは知らないが、人影の様子からなんとなく察しがついていた。
きょうもキッチンに立つ母の後ろ姿にぼんやりとした人影が見える。視線に気づいたのか母が振り返ってどうしたのと聞いてくる。
「別に。何でもない」
人影はこちらを一瞥もしない。じっと母のことを見つめ続けている。

12/10/2023, 1:36:15 PM

『仲間』

スマートフォンからポコンと軽やかな音がした。手に取ってディスプレイを確認すると時間は19時ちょうど。アプリを開いて更新されたお題を確認し、しばらくそのことを考え続ける。ごはんを食べながら。お風呂に入りながら。ふとんの中でまだ白紙のエディタ画面をにらみながら。他の人はどういうものを書いているのだろう、とみんなの投稿を眺めれば、同じお題でも十人十色、千差万別の表現があった。勝手に感じた仲間意識になんとなく、けれど確かに背中を押された気がして、エディタ画面とまた向かい合う。

12/10/2023, 4:17:18 AM

『手を繋いで』

ホールに流れ出したワルツの曲調。差し出された大きくてかさかさの手に自分のしわしわの手をそっと重ねる。彼と初めて踊ったのはもう何十年も昔のこと。足を踏んだり他の人とぶつかったりしていたこともしょっちゅうだった少年少女が今ではステップを淀み無く軽やかに踏める。美しい姿勢を保つために視線を交わさないままで、昔話をひとことふたこと話しては笑い合う。
「あなたと踊るのはいつも楽しいわ」
「僕だって同じぐらい楽しいよ」
ワルツにまだ終わりは訪れない。それまでは手離すことの名残惜しさを考えなくてもいいだろう。

Next