わをん

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『何でもないフリ』

キッチンに立つ母の後ろ姿にぼんやりとした人影が見えることがあった。だいたいはひとり。たまにふたり。顔は違えどどれもこれも血だらけのそれが幼い頃はとても恐ろしく、泣いては母を困らせたものだった。少しだけ成長した今ではあぁいるなという感覚になってきている。
人影は母の帰りが遅くなる翌日についてくることが多かった。母は日中の仕事に加えてたまに夜にも働きにゆく。仕事の内容を詳しくは知らないが、人影の様子からなんとなく察しがついていた。
きょうもキッチンに立つ母の後ろ姿にぼんやりとした人影が見える。視線に気づいたのか母が振り返ってどうしたのと聞いてくる。
「別に。何でもない」
人影はこちらを一瞥もしない。じっと母のことを見つめ続けている。

12/12/2023, 3:14:52 AM