きみは友達。
そう言い聞かせている。きみが友達としか思っていないことはわかっている。
友達という壁。
その壁を壊したい。距離を縮めたい。この気持ちに気付かれてはいけない。
もどかしい。苦しい。同じ思いを抱えていればいいのに。
家の中で吐露する言葉は自分以外には知れない。自分以外聞いていない。
吐き出したあと、あえて言葉にする。言い聞かせるように。
きみは友達。
自分の体の時の進みがもう少し遅ければいいのに。いっそ止まるくらいでもいいのに。
その言葉に目の前の人物は目を瞬いた。
自分と変わらない年頃に見えるのに、その実ゆうに数百年は生きているあの人。魔力があるが故に長命なのだという。人に紛れながらひっそり生きて、頃合いを見て引越すのだと言っていた。
たまに同じように長く生きる人や人に紛れたエルフなどと出会すこともあるという。そのときはともに過ごすのかと問えば人によると返された。ただ、長命の者同士でいることは少ないとの共通認識があるらしい。
人と生きる方が楽しくて苦しくて幸せだと。
苦しみなんて感じない方がいいのではないかと尋ねるとあの人は首を傾げた。発言を思い返しつつ同意はされないにしても一定の理解を示す言葉は得られる可能性を抱いていた。だから、あの人の仕草に戸惑いながら言葉を待っていた。何と言うのだろう。
人と生きる以上避けられないことだよ。苦しみを感じることをわかっていても人と生きることを選んでしまうんだ。苦しみに耐えかねてひとりでいることを選ぶのもいるけどね。
理屈ではない、と言った。人に頼らずとも生きてはいけるだろうけれど世捨て人にはなれない、それが魔力を持つ者だと言っていた。別れを繰り返すとわかっていてなお、人と親しくなり、長くとも数十年のうちに別れ、悲しみに暮れて過ごす。長命ではないから真実を知らないが、狂ってしまわないのだろうか。長命の者同士でともに過ごすことがまったくないわけではないのなら、自分がそうなって、ずっと共に在れたらよかった。
冒頭に戻る。出会って十数年経過した。見た目は同年代になっただろう。出会った頃は年の離れたきょうだいか、親戚に見られるばかりだった。今でもきょうだいかと尋ねる声を聞くが、恋人同士かと問われることのほうが多い。
きみの体の時が進まない、なんて、それはきみが死を迎えたときにしか起こり得ないよ。
あの人は言った。あの人と同じ時を生きたくて零れた言葉をあの人は拾い上げた。言われてみればその通りだ。時は止まることなく流れている。自分にもあの人にも流れている、体感する速度が異なるだけで。
この一瞬は、等しくこの瞬間でしかない。きみと生きる長さが違っても、それは変わらないよ。
嗚呼この瞬間が永遠であればいのに!
展望デッキから見渡すとそこは光り輝いていた。一瞬目を奪われ、それと同時に息を呑む。
ふと思い立ち、仕事を終えた後タワーに登ることにした。仕事終わりに寄れる距離にある、街を見下ろすタワー。金曜日の夜ともなれば友人同士やカップルも多い。ひとりで来ている人も多からず見つけられた。
日本三大夜景といえば函館、神戸、長崎の夜景と言われる。三大夜景の地は港町だなと、何とはなしに過る。
帰宅の途につく。電車に揺られている。この電車の正面のライトや車内の照明は、夜景の一部かもしれない。たまらない気持ちで鞄を抱えた。
家までのんびり歩く。カーテンから漏れ出ている光、マンションの明かりがついた部屋が見える。
家に帰ると、あたたかい照明の色に迎えられた。おかえり、という声にただいま、と返す。ただそれだけのことがとても愛おしい。
夜景を生むのは人の営みだ。
どうか彼女が生き延びてくれますように。
婚姻関係になくてよかった。彼女は我々と同列に扱われることはないだろう。そもそも彼らが彼女を寄越したのだから、およそ無用な心配か。彼女が彼らの駒であることにははじめから気付いていた。気付いていたが、彼女と過ごす時は心地よかった。将来について話し合った。この国をどうしていくか、民を豊かにするために何が必要か。時に他愛ない話もした。
彼女に心を寄せるのは、当然だった。
彼女にとって私はどのような存在だっただろう。私との別れを惜しんでくれるだろうか。そうなれば彼らは彼女を害すだろうか。彼女が生きていてくれるなら自分とのことなど覚えていなくていい。
この城はすぐに占拠される。抵抗する気もなかったので残っている者にも暇を出した。両親は気付いてもいないだろう。この城に彼らの手の者がいることにも気付いている。その手引もあれば城の占拠など容易い。気付かないふりをしている。
彼らにとって己が愚かであるほうが都合がいい。
とても静かだ。元々意図的に音を立てる以外は何か聞こえるとして紙を捲るときの擦れる音が聞こえるくらいだ。それをふまえてなお、今は静かだ。この城が静寂に包まれているのも限られた時間だけだろう。ならば、この時間だけは私のために使おう。
彼女との思い出を整理しよう。
――もうすぐ夜が明ける。
会う。くちづける。肌を重ねる。それらを身勝手にやってきた自覚がある。相手のことなど何も考えずに己の欲に従った。
相手を変えて何度か繰り返したが、並行していたわけではない。割り切った遊び相手でもなかった。特定の相手は所謂交際関係にある相手で、その人とだけ行っていた。
今、交際相手はいない。
今にして思えば自分本位だった。だからこそ恋だと言われるかもしれない。ただ、自分としては本当は誰でも良かった可能性を感じている。そう言えるのも今だからだというのは分かっている。
自分が思っているほどまともではないことは、ここまで生きていれば気付ける。
結局のところ、誰でも良いなら遊んでいるのと変わらない。今はそういった欲が生まれていないだけではないのか。
理性を失うような情熱も、浮き立つ心も持たない。心焦がすような思いも抱かない。恋情などどこにあるのだろうか。
恋をして、愛が生まれて、家族になる。周囲にそんな人が増えてきたからこそ、自分のまともでない部分がよく見えるようになった。過去を見つめられるようになった。
恋の話は、いつまでもはぐらかすしかないらしい。