伝えるために何度も言葉を選びなおして文を綴るけど、どれだけ時間をかけても十分じゃない気がして、渡せないままだ。
だから100回書き直した手紙をなくした私は、先に読まれないために、話したことのないクラスメイトに声をかけて、一緒に探してもらっている。
「図書室のパソコンって、利用者の記録とか残ってないんだっけ」
私の問いが誰もいない図書室に小さく反響する。ミステリーの棚から本を取り出しては捲り、ため息をついてまた戻す。挟まっているとしたら、この辺だと思うんだけどな。
「記録はもちろんしてるんだけど、これも個人情報だからね。顧問がサイトのパスワードを管理してて、僕は開けない。柊木さんは覚えてないの?その本を読んだの、ここ1ヶ月なんでしょ?」
恋愛小説の棚を探る手を止めずに篠塚は言う。葉の沢山茂った木が風にあおられてざわめく様な静かな声だった。その言葉を聞いて、私は少し悲しくなった。
「私、1日3冊くらい借りるからどれを読んだか忘れちゃうんだ。覚えていればよかったんだけど」
沈黙が降りて、紙を捲る音と本棚と表紙が擦れる音が聞こえる。早く見つけないとと思うけれど、なかなか出てこない。
「恋愛小説ってどういうところが面白いの?」
抑揚ない口調で篠塚が言う。馬鹿にされているのかと邪推したが、表情を見るにただ疑問を口にしただけのようだった。篠塚は純文学とミステリしか読まないから、単に他のジャンルに興味があるのだろう。
「どういうところがって言われると難しいね。」
私も元々は恋愛小説しか読まないタイプ
引き止めるには、少し遅かった。
もう決めたんだとハッキリと君は言った。
その表情は寂しさを微かに含んでいるように見えたが、ただ私がそう思っていたいだけかもしれないと思った。
駅のホームには私たちしかいない。
3月の風はまだ冷気を含んだまま、あっさり遠くへ去っていく。
こうして帰るのも、あと数回だけ。
利用者のほとんどいないこの駅は、私たちの通学のためだけに残されているらしい。
私は島に残るけど、これから実家の酒屋を継ぐから、もうこの電車は使わない。
利用者がゼロになった駅はなくなって、学校も廃校になって、君は私の前からいなくなって。
私は君と過ごした12年間の思い出をしがんで生きる。
行ってらっしゃいと私は言った。
行かないでと思いながら。
未来のことなんて本当は考えたくもないのだけれど、そうすると、きちんと先を見ている人達に遅れちゃうから仕方がない。
スマホのカレンダーアプリに入力した予定を眺めて、私はため息をついた。バイトと大学、車校と資格の勉強。つまらない予定ほど時間を多く占有する。9月に一つだけ入っていた楽しみな予定は宛が外れてキャンセルとなった。
満員電車の中にいるような閉塞感にウンザリして外に出た。全部サボってしまおうと思った。キャンパスを貫通して、ズンズン歩く。スニーカーは最近買い換えたから、まだ感触が硬い。
とにかく行ったことのない場所に行きたかった。キャンパスからしばらく行くと、久佐根山がある。長めの石段を登れば広場があって、その先に小さい神社があることは知っている。
御参りをするつもりもないけれど、何となく行ってみようと思った。
自分の体力のなさを勘定に入れてなかったことを後悔しながら登り、広場に着いた頃にはヘトヘトだった。肉体的な疲労が思考を占有して、少しマシな気分になった。
折角来たし、お賽銭くらい入れておこうかな。そう思って、自分が何も持ってきていないことに気づく。
そういえば鍵すらかけたか怪しいな。盗まれるほどのものもないし、いいか。賽銭がないくらいで災いを寄越すほど神様の度量も狭くはないだろう。
チャイムが鳴れば、席に着くのが当たり前だが、その日は違った。生徒のみならず、先生も一様に廊下の窓から身を乗り出していた。
ボディが砕けてネックのへし折れたテレキャスターと2人きりで過ごすのも、そろそろ限界だった。
金にならない言葉で埋まったルーズリーフを握り潰して、思い切り投げようとしたけれど、軽すぎて勢いも出ないから、壁に届きもせずに情けなく落ちただけだった。