フグ田ナマガツオ

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4/12/2023, 9:41:34 AM

言葉にできない想いならいくらでもあるけれど、それを伝えるる勇気はいつも足りない。
伝えられないまま10年たった。
彼は高校の生徒会長になり、立派に壇上で司会を務めている。
それに比べて私ときたら、体育館のすぐ隣に設置された生徒指導室で今日も説教を受けている。

「お前その髪、その髪何色だ?何色って言うんだその髪は」

「オックスブラッドです」

「せめて分かる色にしてくれよ。怒りづらい」

「好都合ですが」

「だろうけど。お前、なんでまた2年になって急に染め出したんだよ。1年までお前真面目だっただろ。成績も学年2位だったし」

「成績と髪色に関係が?」

「賢いやつはだいたい、破る価値のないルールは守るもんだよ。悪業見せびらかして注目される以外に、自分の存在の示し方を知ってるもんなんだよ。お前もそうだっただろ。陸上でも県でトップ取ってたし、友達も多いし、わざわざお前が髪を染めてくる理由ってなんだ?マジで説教とかじゃなく教えてくれ」

先生は掌を上に向けて、こちらに問うてくる。
毎回付き合わせているのも申し訳ないし、理由くらいは教えてあげようかな、という気分になった。

「久保先生、女子高生がオシャレをする理由なんて一つでしょう。好きな人にこちらを振り向いてほしい。それだけです」

「誰?」

「言うわけないじゃないですか」

「いいから答えろ。うちのクラス?」

「まぁ……」

久保先生は椅子をくるくると回して、逡巡しているようだった。

「じゃあ吉野、お前、来週の文化祭で告白しろ」

「ええ!?」

「髪色オックスブラッドのやつがこの程度で驚くな。要するにお前の恋愛が成就すれば、素行は落ち着くってことだよな」

「まあ、そうなりますが」

「ならさっさと決着つけろ。」

4/10/2023, 3:33:28 PM

ここに来るのは、10年ぶりだ。
季節は五月蝿いくらいに春めいて、桜の花を爛漫に光らせる。
桜の元に集う群衆はどれも、陽光に勝るとも劣らない笑顔をさんざめかせ、馬鹿騒ぎをしている。
10年前+に見たときはこれほど人が集まるような場所ではなかったけれど、随分と出世したものだ。
ここは山の深いところで、道路も通っていなかったのだが、観光の目玉にしようと目をつけた行政が、道路を開拓し、公園を作り、駐車場を整備し、看板を立てた。
それからこの場所はこの刹那の季節だけ、賑わいを見せるようになった。

喧騒を尻目に、ちびちびと焼酎を齧る私の肩にぱしりと固い感触があった。
見ればとてつもない美人がそこにいた。
まだ高校生くらいに見える。

「おとうさん、こんなところで一人で何をしてるんです?」

それほど大きい声ではなかったが、喧騒を容易く貫いて言葉が耳朶を揺らす。
その嫋やかな声音は、枝垂れ桜を思わせた。

「見てのとおり、花見です」

「誰かと来てるんですか?」

「うーん、私はそのつもりでいるけれど」

女性が傾げた白い首を舞い寄る花弁が彩った。

「毎年家族で来てたんです。ほら」

私はスマホを探り、1枚の写真を見せた。
妻と娘が写っている。
バックに桜の木。
私は撮影をしていたから写っていない。

「へぇ、楽しそうですね」

「そうでしょう。まあ5年前、離婚しちゃいましたけど」

「娘さん、この時何歳くらいですか?」

「12歳、だった」

「そうなんですね」

春に似つかわしくないほど涼やかな顔には、ひとつも汗が浮かんでいない。
なんだかここだけ、喧騒から切り離されているような不思議な感覚だった。

「ひとりっ子、だったんですか?」

「……」

春一番が吹いて、忽ち花弁が舞い踊った。
喧騒はすっかり消えてしまって、木がザワつく音しか聞こえない。

「10年前、ここを訪れた夫婦がいました。人目のつかない山奥にシャベルだけを持って」

「……」

「若い男女の駆け落ちは過酷なものだったことでしょう。子供を育てるのにもお金がかかります。一人でもキツイのにましてや、二人も」

「……」

「生まれた子供が双子だったのは、不運な偶然で、誰も責められるものではない。しかしそれほど賢くない夫婦にも明白に分かったことでしょう」

「……」

「このままでは一家で心中するしかなくなってしまう。そこで夫婦は思いました。片方を生まれてこなかったことにしようと」

「……」

私の首筋に汗が垂れていた。
そこ桜の花びらがぺたりと張り付く。

「夫婦は協力して、子供を山奥まで運び、とうとう埋めてしまいました。間違っても掘り起こされないように、1番大きな桜の下に」

「……」

「仮に生きていたならば、私くらいの年齢でしょうか」

4/1/2023, 1:50:34 PM

嘘は敢えてつくようなものでも、ましてや必死に考えてまでつくようなものではない。
仮面夫婦の私たちにとっては、毎日が嘘でできている。

3/30/2023, 9:56:57 AM

ハッピーエンドの書き方

叩いていたキーボードに額をぶつけて目が覚めた。
前方の時計を見上げると、既に朝の4時を指していた。
パソコンの画面を睨みつけて、物語を呪う。
何度書き直しても、ハッピーエンドにならない物語。

「これじゃダメです」

記憶の中の三橋さんが言う。
三橋さんは目鼻立ちのハッキリした美形で口調も丁寧、姿勢も常にバチッと決まった敏腕編集者なのだが、締切が迫ってくると、その眼差しは冷たく尖る。
今日もメッタ刺しを食らってきたところだ。

「やる気あんのけ、ワレェ!」

記憶の中の三橋さんは両足をテーブルの上で組んで、下にズラしたサングラスの上部からこちらを睨む。
両頬に入れたドーベルマンのタトゥーもこちらを睨んでいる。
まるでケルベロスだ。
力士の腕くらいあるぶっとい葉巻を、手元のブランデーで消化しながら、三橋さんはテーブルの原稿を蹴飛ばした。

「ええかおんどれ!明日中や!明日中に原稿耳揃えて持って来い!できんようやったら、分かっとんな?おどれの親族7代前まで遡って、全ての内臓メルカリで叩き売りしたるけえの!?」

「申し訳ありません。明日には必ず、必ず完成させますので」

ファミレスの床に五体を投地し、知らない子どもが零したメロンソーダを舐めながら、僕が言う。
三橋さんは小さく鼻を鳴らし、僕の側頭部にヒールで蹴りをくれて、去っていった。
僕は間抜けに鳴り響いた入店音を聞きながら、書くしかないと決意を固めた。

それが昨日の昼過ぎの出来事。
現在は朝の4時なので、僕に残された時間は残り20時間。
くっそ、今のうたた寝で2時間ロスした。
生命を削るエナジードリンク・ドーピングと、身に纏わる枷を全て外すアンリミテッド・ネイキッドの併用で、どうにか物語は結末へ向けて爆走し、残すはラストシーンのみとなった。
だけれど、結末だけがさっきから動かない。
ハッピーエンドに向かわせようとする僕の手を払い除け、物語はバッドエンドに向かっていく。

初めて物語を紡いだのは、中二の冬。
病的な清潔さを誇る白いシーツが、暴力的に見える。
ベッドに座る妹の命を繋ぐための管に縛られた気分のまま、丸椅子のキャスターを意味もなく前後に転がす。
必死に頭を回転させるが、言葉は出てこない。

妹は本を読んでいた。
まだ小学校に通えていない彼女が退屈しないようにと、沢山親が本を買ってきた。
ほとんどは絵本や児童書。
その中の「マッチ売りの少女」を胸に抱えて、彼女は泣いていた。

そうだ現実だけには飽き足らず、童話すらハッピーエンドとは限らないのだ。
だけれど、あんまり酷ではないか。
こんなに容赦のない現実に、既に散々苦しめられている彼女にこんな結末は。

僕は口を開いたが、喉の奥からは何も出てこない。
僕は彼女に何をしてあげられる?

「由香、聞いてよ。その話、続きがあるんだ」

思いつきにしても、バカバカしいものだった。
まさか続きを捏造して、無理やりハッピーエンドを作ろうだなんて。
だけど、由香はキョトンとした顔付きになって、落涙は落ち着いた。
すかさず、僕は話を続ける。
引きつけるように、目の前で起こったことを語るように。

まずは幸せな朝の風景。
暖かで満ち足りた家庭。
柔らかいベッドに眠る少女を優しく揺さぶる。
目を覚ましたのは、マッチ売りの少女。

由香の表情が驚きに変わる。
僕は堂々とした表情で続きを語る。

マッチ売りの少女は親切な家庭に拾われた。
ずっと娘が欲しかったのだと、優しい笑顔で夫婦は語る。
夫婦と少女のありふれた日々。
何かが起こるわけではないけど、抱きしめるような日々を描いた。

マッチ売りの少女は成長して、同じ職場の同僚と結婚する。
そうして、暖かい家庭を築き、何でもない生活を送る。
あの日マッチの力で見たほど豪華ではないけれど、それでももっと価値のある生活を。

時代は変わり、火を灯す時はライターを使うようになっていた。
マッチはなくても大丈夫。
ここは愛しいもので溢れてる。

ここまで話して、由香を見た。
涙はもうそこにはなかった。
由香は僕の方をじっと見て、言った。

「それから、それからどうなるの?」

「ここから先は……まだ知らないや」

頭をフル回転させてここまで話を紡いだけど、それ以上は何も思いつかなくなって、僕は苦笑いで誤魔化す

「えー、続き気になるのに」

膨れる妹は残念そうだった。
僕は読み終えたであろう絵本の山を指さす。

「あ、でもその本の続きなら知ってるかもな」

「え?どれ?」

「人魚姫」

「これも続きあるの?」

「そこにあるお話は全部続きがあるんだ。もちろん由香がまだ読んでいない話も」

「聞きたい!」

「もちろん、いくらでも話してあげる。ただ、今日はもう時間みたいだから、続きはまた明日」

「えー!」

不服そうな由香の頭にポンと触れる。
ゼリーを食べ追えるのを待って、僕は家に帰った。
その日から、僕はあらゆる童話の続きを書くことに夢中になった。
授業中だろうと、家だろうと構わず書いた。
バッドエンドも説教めいた話も、いらない。
全部僕がハッピーエンドにしてやるから。
そうして、僕が殴り書いたノートを病室に持っていく。
そこには父が待っていて、由香はベッドにいなかった。
バサリとノートが床に落ちた。

それから、僕は学校も休んで、由香との思い出を書いていた。
一緒に遊んだこと、誕生日のこと、初めてお兄ちゃんと呼ばれたこと。
そしていつしか、過ごせなかった未来を書くようになった。
ひたすら書いていた。

物語の中の妹はもうおばあちゃんになっていた。
変わらず幸せな様子だったけど、この先を考えて、妹の話が書けなくなった。
親にはほとんど見放されていた。
最低限の会話と食事の提供。
それだけでもありがたかった。

物語を応募したら、賞がもらえた。
編集者を名乗る美人が引っ越したアパートに来て、本を出版できることになった。
ドラゴンのいる世界を、兄妹が冒険する話だった。
世界は未知のものに溢れており、もちろん困難も沢山あるけれど、二人で乗り越えていく。
そして、とびきりのハッピーエンドを迎えて、連載は終わった。
色んな人に読んでもらえて、嬉しかった。

そうして、次の連載が始まった。
連載は5年続き、迎えるクライマックス。
僕は一向に書けなくなった。

何度も刊行を延ばして、1年が経った。
キーボードを叩く度震える手を見て、自分が物語の終了を恐れているのだと気がついた。
だけど、いつまでもこうしているわけにはいかない。

終わらせないと、いけないんだ。
バチバチとキーボードを殴る指先に熱い感触が落ちた。
嗚咽を漏らしながら、ひたすら書く。
書かないと、書かないと、書かないと、書かないと。
生活が、お金が、評価が、存在価値が。
マッチの火が消えるように、フッと。
妹がいなくなったように、フッと。
消えてしまうような気がしていた。
だけど、いくら書いても、物語はハッピーエンドにならない。
これじゃあ、ダメだ。
見放される。
見放されて、路上に捨てられて、僕は、僕は。

ブツリとテレビが消えるように、意識が消えた。

そこは昔の家だった。
誰かが名前を呼んでいる。
見れば、妹がそこにいた。
僕の中学校の制服を着ている。
しばらく僕が唖然としていると、妹は僕の頭に触れてドアを出ていった。
声をかけようとするが、言葉は出ない。
追いかけようとするが、体は動かない。
ただ掌の感触だけが残っていた。

目覚めると頬にキーボードが押し付けられていた。
時計を見ると11時になっていた。
頭を降って意識を戻す。

頭はかなりスッキリしていた。
大事なものを取り戻したような感触があった。

僕は改めてキーボードに向かう。
キーボードを殴っていた数刻前の自分を見て、思う。
ハッピーエンドの書き方は、そうじゃない。

柔らかく頭を撫でるように、優しく抱きしめるように。
願いを込めて書くんだ。
迷いながら、不器用に進んでいく物語を眺めて、僕は息を吸った。
手はもう震えていなかった。

3/23/2023, 9:17:48 AM

彼は交通事故で死んだ。
ネットニュースによれば、即死だったらしい。
あんなに苦労して、殺す計画を立てたのがバカみたいだ。
そのために仕事も辞めて、恋人と別れて、全てを捨てて挑んだのに。

ちょうど共犯者からコールがあった。
はしゃぐ声が、ニュースを見たかと問う。
熱っぽい喋りが一方的に響いていたけど、ほとんど頭には入っていなかった。
聞いていられなくなって、電話を切った。

あなたにはこの先があるかもしれないけれど、私にはもう何もないんだ。
大事なものは全て捨てて、空いたスペースに憎しみをつぎ込んだ。
その行き先が消えた今、私は宛のない怒りだけが詰まった肉袋だ。

意識が覚束ないままでふらふらと街を歩く。
どこにも行く宛てがない。
どこにいるのかもよく分からなくなってきた。
ブレーキの音が他人事のように聞こえた。



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