文芸・カメラ部と表札のある部室には弾かれ者が2人。
1人は人と関わらなさすぎたが故に。
1人は人と関わりすぎたが故に。
人に弾かれた2人は求めるように居場所を作った。
2人はいつも背を向けたまま、部室にいた。
お前といることが本意ではないと主張するかのように。
部室には明確な境界線があり、2人ともそれを超えることはほとんどない。
部屋の中心とドアの中心を結んで2分割した空間を、各々が好きに使っていた。
境界線が破れたのは、4月のこと。
2人はいつものとおり背中を向けて、各々の活動に没頭していた。
すると、ドアからノックの音。
返事をするとドアが開く。
そこには2人。
生徒会長と、その横に小柄な女の子。
ふんぞり返るようにして立っていた。
「宮永、その子は?」
「俺の妹」
会長が言うと、女の子は境界線を跨ぐように1歩前に出た。
「宮永真琴です!」
びしびしと響く声だった。
見た目は高一よりもっと幼く見えるが、自信のみなぎった目付きだった。
苦手なタイプだ、と空木は思う。
どういうつもりかと聞く前に、会長が真琴の前に出る。
「お前らがこうやって部活動に勤しめるのは俺のおかげだ。俺がお前ら2人の部活をくっつけることを提案し、先生に話を通し、議案まで通した。しかも部員数が足りないと言うから、俺自身が幽霊部員となってまでこの部を成立させた。お前らはそろそろ俺に何か恩返しをしても良い頃だと思わないか?」
「もちろん、できる範囲の頼み事ならする気でいるが、それがお前の妹とどう関係するんだ」
今度は真琴が前に出る。
「おふたりの話、聞きました。空木さんは小説を書けるし、九条さんは素晴らしい写真が撮れると。それを見込んで、頼みがあるんです」
真琴は応援団のように体を逸らした。
そのまま息を吸い込んで、言葉を放つ。
「私と映画を撮ってください!」
放った音が部室の大気を揺らす。
ポカンとした顔の2人の間にやってきて両手を差し出す。
この手を取れば、何かが変わる。
空木は自分の手のひらを見る。
隔絶した2人を繋ぐ、綱がここに1本。
1年続いたふたりぼっちが終わる予感がした。
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夢が醒める前に籍を入れてしまったので、醒めてからの生活は地獄だった。
丸くて可愛いと思っていた体型は近くで見るとだらしなくて醜いし、扇動的と思っていた性格は自己中なだけだった。
家事はほとんど任されていた。
夫はバイトだけ。
私は疲弊していったが、夫がそれに気づくことはなかった。
私が幸運だったのは、毎日、朝食を作れること。
おかげで違和感なく混ぜ込める。
人の感情は不条理なもので、どれだけの理論の壁があろうと、長期的なプランの元重ねた蓄積がどれほどあろうと、それらを一瞬で覆す。
ひとめで惹かれて、ふためで惚れた。
衝動の赴くままに話しかけ、3言目にはもう告白していた。
その時、交際は断られたのだが、友だちからと約束を取り付け、4度目のデートで付き合うことになった。
彼女がいたのは旅行先の福岡だったので、デートはいつも土曜と日曜。
月曜朝の便で東京に帰って、仕事に向かっていた。
いつしか煩わしくなって、5年勤めた出版社を辞めて、福岡に住み始めた。
その時できた子どもが今年で6歳。
小学1年生になる。
この子には無限の可能性がある。
人生、苦労することもあるかもしれないけれど、
周りの人への愛を持って、調和を大事に、充実した人生を送って欲しいと願って妻と名前をつけた。
名前は平田愛和。
読み方はひらたあぶあんどぴーす。
我ながら素敵な名前をつけたものだ。
「こうして会うのは久々だな」
天河タケルは口角を横に大きく開いて、ニカリと笑った。
暗闇に光るようなその笑顔は、最後に一緒に舞台に立ったその時と、なんら変わらないように見えた。
「そうだね、2年ぶりくらいかな」
「もうそんなになるか」
「劇団、先週解散したよ」
「そうか」
「あのことがあってから、ずっとそうなる気はしてた。あれから何回練習しても上手く合わなくて、次の公演、大失敗だった。SNSでも結構バッシングが酷くて、そのうちみんな辞めてっちゃった」
天河は黙って聞いていた。
何か言いたそうな素振りもない。
私がここまで来たのは、確かめたいことがあったから。
私は天河を真っ直ぐに見つめた。
「教えてよ。志乃を殺したホントの理由」
長い沈黙の後、厚いガラス越しで、天河はため息をついた。
残り5分、と看守が告げる。
天河タケルはウチの劇団でダントツの人気を誇る舞台俳優だった。
3年前にウチに入団し、瞬く間にトップに上り詰めた。
ルックスだけでなく、役をその身に宿したような演技が評価されて、すぐに映画やバラエティにも呼ばれるようになった。
一等星の溢れる芸能界でも、天河の輝きは一際だったようで、色んなメディアで活躍していた。
しかし、どれだけ仕事が増えても、天河は舞台に出るのをやめなかった。
ひとたび舞台に上がれば、全力で役を演じて、当然のように客を魅了する。
闘志を剥き出しにしてギラつくその目は、使命というより、執念に燃えているかのように見えた。
テレビに出始めるようになってから、特にその傾向は強まった。
台本を食らいつくように読んで、ブツブツと何かを呟いては、頭を抱える。
そんな時間が増えていた。
それでも舞台に立てば誰よりも凄まじい演技をする。
その姿が少し怖くて、でも美しかった。
ロングランの公演の千秋楽。
ラストシーンは天河の一人芝居。
主人公は、屋敷に火をつける。
音楽が流れて、主人公は屋敷の中で踊り続ける。
悶えるように、楽しむように。
演者のほとんどは袖にいて、食い入るように天河を見ていた。
怖いのに目が離せない、不思議な感覚だった。
音楽が鳴り止んで幕が下りると、演者が出てきて挨拶をする。
その時出てきたメンバーに志乃はいなかった。
探しに戻らないと、と思ったけれど、そのまま続けるよう指示があったので挨拶を済ませて楽屋に戻った。
そこで、着替えを済ませようとした時、ノックが響いた。
開けると、そこには警察の人が立っていた。
志乃の死体は見ることができなかった。
ただ、ナイフで心臓を刺されていたことと、殺されたのが舞台の間だということを知らされた。
その日は、着替えもそこそこにすぐに帰らされた。
起こったことに現実味が感じられなくて、ぼーっとしたままだった。
犯人を知ったのは、次の日だった。
大仰な見出しとともに天河の顔が、記事に載っていた。
動機については、痴情のもつれと説明されていた。
しかし、私は違う理由がある気がして仕方なかった。
天河の演技を思い出して、私は仮説を建てていた。
「完成させるため、だったんでしょう?」
天河の表情は変わらない。
室内に響く土砂降りは、拍手に似ていた。
この街のアーケードは、奥に進むにつれ、シャッターが下りた店が増える。
街の中心に近い部分は、ほとんど居酒屋で占められており、その隙間を塗りつぶすように、服屋や雑貨屋、美容室、駄菓子屋等が点在している。
「ねー、聞いた?」
レバーをガチャガチャと動かしながらのんびりとした口調でそう言った。
話しながらでもその手さばきにブレはない。
的確にコンボを繰り出して、相手の体力ゲージを減らしていく。
「何がです?」
「このゲーセン、来週潰れるって」
「あー」
「あれ、あんま驚かないじゃん。知ってたの?」
「いや、知らなかったですけど。なんか納得いっちゃって。俺たち以外に全然客いないし」
「困るなー、この筐体珍しいのに。あ、勝った。ねえ見て、10連勝目」
後ろでスマホを触っていた俺の方を振り向いて、画面を指さす。
「君は?もう挑んでこないの?」
「もう懲りごりっすよ。またボコられるだけですし」
「ハンデあげるからさ」
「手加減されるのもそれはそれでムカつくんですよ」
「んえー」
変な声を出して筐体に腕を投げ出した。
ドアを透かして外を見ると、夕焼けがやたらと近くて、急かされているような気分になった。
「そろそろ帰ろっか」
淡い黄色と水色のタイルの上をスニーカーが滑っていく。
何か言わなきゃいけない気がした。
「あの、名前。教えてくれませんか?」
キュッと音が鳴って、茶色がかった髪がふわりと舞った。
俺たちは互いの名前をまだ知らない。
寂れすぎたゲーセンで、自然と一緒にゲームをするようになっただけの関係だ。
「2年くらい前だっけ。初めて会ったの」
「多分そのくらい、と思います」
「考えたらヤバいよね。お互い名前も年齢すら知らないでこんだけ一緒にいたなんて」
「聞くのもなんか野暮な気がしてて、ゲームするだけだから不都合なかったし」
ゲーセンを出ればいつも、俺たちは思い出したように他人に戻る。
ドアを開けたら別々の方向に歩き出して、現実に溶けていくのが常だった。
だけど今日は、そうなることが少し気に入らなかった。
「分かった。それじゃあ教えてあげる。2年間勿体ぶったのに、普通すぎる名前だけれど」
そう言ってドアを開けて、手招きをした。
夕焼けの方に歩いていく背に、遅れないようついていく。
二つ隣のおもちゃ屋のウィンドウから、小さなクマが俺らを見つめていた。
少し寂しそうで、でも安らかな瞳だった。