子供の頃は、何にだってなれると思っていた。
怪獣から街を守る英雄。
お姫様を助ける王子様。
世界を救う勇者。
万能の魔法使い。
なんなら、神様にだって。
大人になって、それは叶わぬ夢だと思い知った。
怪獣もお姫様もいない。魔法なんて使えない。神様はいない。
だけど。
「ありがと、おまわりたん!」
交番に届けられた落とし物のぬいぐるみを受け取って、満面の笑みで手を振り、母親と一緒に帰ってゆく女の子。
あの子にとって、僕はヒーローに見えているかな。
2025/03/17 叶わぬ夢
「ありがとう!」
クラスメイトから花束を受け取った君は、花の香りに包まれて笑顔で。
でも、涙を浮かべていた。
今時珍しく、みんな気が合って、結束力が強くて、行事はみんなで全力で頑張った。
「絶対に一人も欠けることなく一緒に卒業しようね!」
それが合言葉のように繰り返された。
だけど、こどものわたしたちにはどうしようもないことが、この世にはあって。
お母さんが病で長い入院をして、たくさんの弟妹の面倒を見るために、君は進学を諦めないといけなくなった。
みんなで抱き合って泣いた。大声で泣く子もいた。
花の香りと共に、わたしたちの夢は、はかなく終わる。
2025/03/16 花の香りと共に
しょうがないじゃん。
子供の頃から一緒に育って、気づいたら好きになってたんだから。
でも、あいつの鈍さは天下一品。
他の子と楽しそうに話してるところを目で追っても、お構い無し。
顔はいいし、騎士のたまごとして礼儀も槍の腕もいっちょまえなのに、ひとの想いには気づきやしない。
ざわざわ、ざわざわ。
いつも心がざわめいていた。
「全部知っていたぞ」
数十年後に、夕飯の席で、酒の肴にあっさりと暴露された。
「ハァ!?」
「いっそこちらからいつ言い出そうかと思っていた」
あたしの一喜一憂、全部お見通しだったわけ!?
あたしの苦労は何だったんだ!?
まったく、こいつは女心ってものがわかってない!!
2025/03/15 心のざわめき
『この先に、未知の世界があるよ』
古い日本家屋の広い裏庭に僕を導いた君は、古びた小屋の扉の前で振り返って笑った。
『もしわたしが、この扉の向こうへ行って、帰ってこなくても、探さないでね』
いつも朗らかに、君は笑顔を見せた。
『きっと、向こうの世界を気に入って、帰りたくなくなっちゃっただけだろうから』
君が行方不明になって三年が過ぎた。
大人たちは家出だ誘拐だと騒いだけれど、僕は確信していた。
君はあの扉の向こうへ行ったのだと。
南京錠と鎖の施錠が解かれた扉をくぐって、僕も扉の向こうへ飛んだ。
そこは地球の外国によく似て、それでいて歪な世界だった。
「きみ、ここらでは見ない顔だね」
ゲームでよく見るゴブリンやオーク、俗に魔物と呼ばれるひとびとが、普通に暮らす世界。
僕に話しかけてきたのも、細いからだのコボルド。
「気をつけたほうがいいよ。めずらしもの好きの、海の向こうの王にさらわれてしまう。三年前にも、きみと同じ種族と思われる娘が、つれてゆかれた」
君だと確信した。
帰りたくなくなっちゃったんじゃないんだ。帰れないんだ。
なら、僕が君を探して、その横暴な王から取り戻そう。
必ず、ふたりで帰るんだ。
2025/03/15 君を探して
限りなく透明に近いブルー、って小説があったよね。
昭和の時代にはセンセーショナルな内容で、瞬く間に話題になった。
それまでタブーとされたものを敢えて書いて、世間に反旗を翻す。昭和から平成に移ってゆく前の時代の、色々なものが混じりあった頃だったからこそ、注目を一身に浴びた作品だった。
限りなく透明に近いブルー。
それは透明なのか青なのか。
デジタルイラストが主流になって、果てしなく透明に近い描写をできるようになったけど、かつて水は青く塗るのが当たり前だった。
色鉛筆にも「水色」があるように。
水は水色で塗りなさい。肌は肌色で塗りなさい。太陽は赤でしょう?
昭和では固められて自由にできなかった概念。
「肌色」の名前すら無くなった今なら、太陽を透明に描くこともできるんじゃないかな。
2025/03/13 透明