一夜の夢

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2/5/2024, 3:08:11 PM

あなたが僕を切り裂いて、そこから溢れる気持ちは何色。
血と混じって頬を伝い落ちてゆく。
緑色の目をした怪物は、じっと僕を睨んでいる。

あなたの指先が触れて、そこから伝わる気持ちは何色。
伝播する熱は僕の体をあなたの温度に冷やす。
足元がぐらついて、倒れそうになる。

きっとこのまま、僕はあなたと融解してしまう。
夕陽が沈むよりも早く、僕の中身は元の形を失う。

溢れてゆく。こぼれてゆく。
あなたと溺れる夢を見る。
僕らは何色の魚に脱皮できるだろうか。

2/2/2024, 1:11:18 AM

君と暮らしたアパートの近くに、小さな公園があった。
ペンキの剥げたブランコが唯一の遊具。
天気の良い日には、二人で木陰のベンチに座ってとりとめもなく話した。
僕らは若くて、お金は無くて、それでも幸せだった。

ブランコを楽しげにこぐ子どもたちを見つめ、君は何か、憧れるような目をしていた。
僕は君の望みが怖くて、ついにそれを口に出すことができなかった。
若かったんだ。僕は。
なんの責任も持たない人生が楽で、結婚はしたくなかった。

君は物言いたげにときどき僕を見た。
不自然に目を逸らすと、失望の色を浮かべた君の瞳がちらりと見えた。
そうやって少しずつ、君の人生に僕が要らない理由が増えたのだろう。

僕の甘えに君は見切りをつけて、アパートには僕だけが残された。
今日、僕もこの部屋を出て行く。
新しい家のそばにはやはり公園があったけれど、ブランコは無かった。
君のあの目を思い出さずに済むことに、僕はこっそり安心していた。

あの憧れが喜びに変わる瞬間を見たかったなと、君がいなくなってからぼんやり思い続けている。

1/29/2024, 11:47:23 AM

「いつもありがとう、お父さん」

すっかり背が伸びた娘が、妻にそっくりな顔で笑う。はい、と花束を手渡す姿に、男はどうしようもなく胸が痺れた。

「あ、あとこれも」

娘がポシェットの中を探り、一枚の写真を取り出す。これも、と言った割にはなかなか見せようとしない。

「それもパパにくれるのか?」
「うん……」

何やら上目遣いでこちらの顔色を伺いながら、娘はおずおずとその写真を差し出した。そこに写っていたのは──。

「……これ、」

忘れることなどない、優しい微笑みを浮かべた妻が、娘を挟んで自分と並んでいる。愛する家族の肖像。

「そう、お母さん。AI画像生成ソフトで作ったの──もしお母さんが生きてたら、こんな感じだろうなあって」

大きく目を見開いたまま写真を見つめる男に、娘ははにかんでみせた。男は娘を抱き寄せる。親に甘える時期をとうに過ぎた娘は、それでも照れくさそうに父の背に手を回した。

「ありがとう。ありがとうな」
「うん。大好きだよ、お父さん」

1/27/2024, 4:30:29 PM

君が不器用に他人に優しさを与えようとするのが愛おしい。
怯える子どもにぎこちなく微笑みかけ、共感と心配に満ちた言葉を贈る。
淡く想うひとに触れようとし、愛と平凡な幸福に憧れを抱き続ける。
傷ついた人々に動揺しながら、その命の流出を震える手で止めようとする。
不器用な手つきと不安げな目で、君は美しい愛を表現する。

君はあまりにも苦しそうでかわいそうだ。
生きづらい世界に放り出されて、自分からさらに深みに行く愚かさと優しさをもってしまっていて。
それでこそ君は美しいのだけど、そう思わせてしまう魅力をもっていることすらも気の毒だ。
持って生まれたギフトの中に、何ひとつ君にとって喜ばしいものは無かったんだね。

そして、ついには僕と出会ってしまった。
見つかってしまった。
君の本質はほんとに美しい透明なのに、頑なな殻で身を守ったままその美しさを知られずにいる。
優しいものは恐ろしい。
同時に、君はとても優しいんだ。

1/25/2024, 3:00:57 PM

つい数ヶ月前まで、あなたの腕の中から形の良い頬骨を見上げるのが好きだった。
あなたの部屋はすべての幸福を集めた場所で、わたしはそこで安心しきって眠った。
あなたはわたしのコンプレックスのつり目を可愛いと言い、誕生日には緑のピアスをくれた。
わたしの好きなサティの曲を、あなたはいつもオンボロのCDプレーヤーで流した。

結局、わたしの楽園は砂の城だった。
あなたはわたしから安心を取り上げて、代わりに不安を少しずつ押し付けた。
わかっていたけれど、知らないふりをしていた。
あなたが本当はタレ目の方が好きで、クラシックよりもJ-POPが好きで、緑よりも赤が好きなこと。

わたしの好きだった小さな緑のソファを、あなたは最近捨てたらしい。
今ではきっと赤がよく似合う子が、わたしの楽園で笑っている。

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