とりとめもない話をしよう。
ゆるゆると眠気が指先まで染み渡るまで。
ストーブが生み出す暖かい空気で肺を満たして。
僕の声が意味を為さなくなるまで。
瞼が重くなる。
呼吸が遅くなる。
抱き合って眠れば、きっと夢の中でも手を繋いでいられる。
君が優しい眠りに落ちるまで、いつまでだって話し続けてあげるよ。
良い夢を、君に。
風邪をひいた。
久しぶりに出た熱は思いの外苦しくて、慌てて飲んだロキソなんとかが効くことを祈るばかりだ。
冬だし、一人暮らしの家は寂しいし、誰も看病してはくれないし。
いい年してなんだか泣けてくる。
なんか風邪っぽいなと思った昨日の夜、レトルトのお粥でも買っておけばよかった。
買い溜めしてあるカップラーメンとエナジードリンクは、全く食べる気がしない。
なんせ風邪をひくなんて数年ぶりで、その予兆も対処の仕方も忘れてしまった。
きっと寝ていれば治るだろうと現実逃避に至る。
明日の仕事に響かなければいいな、なんて考える自分がみじめになる。
母さん。
この前、風邪ひかないでねって、言われたのにな。
雪を待つ。
つけた足跡を消してくれるほどの吹雪を。
君の重さの分だけ沈む私の足跡は、誰にも知られずにかき消える。
さく、さく、と雪を踏み締める音だけがする。
ようやくこの身ひとつになれた。
財産も、蔵書も、食器も服にも、執着などない。
人生のスパイスは君だけで良いとわかったから。
「僕の歴史は二つに分けられる。あなたに出会う以前と、後に」
そう言った君との再会を思い出すと、いまだに自然と口角が上がる。
きっとこの先一生、あの日を忘れないだろう。
私は雪を待つ。
私のようには全てを捨てられないほどにしがらみに囚われた君を、このまま連れ去るために。
イルミネーションに照らされる君の横顔に僕は見惚れた。
誕生日に僕がプレゼントしたチェックのマフラーに半分埋もれて、きらきら目を輝かせている。
「きれいだね!」
「うん、きれいだ」
はしゃぐ君はとてもきれいだ。
さっき売店で買い求めたホットワインが体をほてらせるから。
僕は思わず呟いた。
「好きだよ」
君がちょっとびっくりしたように僕を見上げる。
それから僕のいちばん好きな笑い方で笑った。
「わたしも大好き!」
繋いだ手から温もりが伝わってくる。
すべてが違って見える今年の冬は、きっと君のおかげだ。
眠る君を見下ろす。
苦しげに眉間に寄せられた皺をそっと撫ぜてやれば、幾らか表情が穏やかになった。
あの時君を救えるのは私だけだった。
今にも暴かれる寸前だった君を、私が救い出した。
まだ明けない空から絶え間なく雪は降る。
君と二人、閉ざされた城の中にいる錯覚を覚える。
手帳に書き付けた数式を指でなぞれば、やがて訪れる奇跡の確信が伝わってくる。
君を抱えたときに感じたあまりにも美しい命の重みを、21g程度では表せない。
君という器に愛を注いでみたいと思った。
どこまでも受け入れてくれる君を私で満たせば、君はどんな顔で私を見るだろうか。
変化は怖くない。
無関心だけが唯一、恐れるべきものだ。
君が目を開くのを私は待っている。
瞼の震えすらも見逃さぬように。
君の脈拍に合わせて呼吸する。
夜はまだ明けない。