雪を待つ。
つけた足跡を消してくれるほどの吹雪を。
君の重さの分だけ沈む私の足跡は、誰にも知られずにかき消える。
さく、さく、と雪を踏み締める音だけがする。
ようやくこの身ひとつになれた。
財産も、蔵書も、食器も服にも、執着などない。
人生のスパイスは君だけで良いとわかったから。
「僕の歴史は二つに分けられる。あなたに出会う以前と、後に」
そう言った君との再会を思い出すと、いまだに自然と口角が上がる。
きっとこの先一生、あの日を忘れないだろう。
私は雪を待つ。
私のようには全てを捨てられないほどにしがらみに囚われた君を、このまま連れ去るために。
イルミネーションに照らされる君の横顔に僕は見惚れた。
誕生日に僕がプレゼントしたチェックのマフラーに半分埋もれて、きらきら目を輝かせている。
「きれいだね!」
「うん、きれいだ」
はしゃぐ君はとてもきれいだ。
さっき売店で買い求めたホットワインが体をほてらせるから。
僕は思わず呟いた。
「好きだよ」
君がちょっとびっくりしたように僕を見上げる。
それから僕のいちばん好きな笑い方で笑った。
「わたしも大好き!」
繋いだ手から温もりが伝わってくる。
すべてが違って見える今年の冬は、きっと君のおかげだ。
眠る君を見下ろす。
苦しげに眉間に寄せられた皺をそっと撫ぜてやれば、幾らか表情が穏やかになった。
あの時君を救えるのは私だけだった。
今にも暴かれる寸前だった君を、私が救い出した。
まだ明けない空から絶え間なく雪は降る。
君と二人、閉ざされた城の中にいる錯覚を覚える。
手帳に書き付けた数式を指でなぞれば、やがて訪れる奇跡の確信が伝わってくる。
君を抱えたときに感じたあまりにも美しい命の重みを、21g程度では表せない。
君という器に愛を注いでみたいと思った。
どこまでも受け入れてくれる君を私で満たせば、君はどんな顔で私を見るだろうか。
変化は怖くない。
無関心だけが唯一、恐れるべきものだ。
君が目を開くのを私は待っている。
瞼の震えすらも見逃さぬように。
君の脈拍に合わせて呼吸する。
夜はまだ明けない。
あなたの脈をたどって、ここまでやってきた。
心と心を繋いだ糸が切れてしまわないように、そっと絨毯を踏む。
あなたの心のいちばん奥にある部屋の扉は閉じているけれど、すでに鍵は手の中にある。
真っ暗な部屋の中で、わたしは迷わない。
遅かったね。
なるべく早く来たつもりよ。
触れ合う指先から溶けてゆく。
鼓動を重ねて、今二人は一つの生き物になった。
あなたが何でもないフリをして撃ち抜いた僕の左肩が、今年の冬もしくしく痛む。
いっそ心臓に当ててくれたらよかったのに。
あの日僕が取り落としたナイフは、きっとまだあなたの家に転がっている。
痛みよりも強く、苦しみよりも長く、刻まれたあなたの印は癒えない。
さよならと言えないままで、微笑みだけ遺してあなたは去った。
僕が追いかけることを疑いもしないで。
許しと裏切りと愛は同じものだと、僕らは知っている。