一夜の夢

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12/13/2023, 11:08:18 AM

眠る君を見下ろす。
苦しげに眉間に寄せられた皺をそっと撫ぜてやれば、幾らか表情が穏やかになった。
あの時君を救えるのは私だけだった。
今にも暴かれる寸前だった君を、私が救い出した。

まだ明けない空から絶え間なく雪は降る。
君と二人、閉ざされた城の中にいる錯覚を覚える。
手帳に書き付けた数式を指でなぞれば、やがて訪れる奇跡の確信が伝わってくる。
君を抱えたときに感じたあまりにも美しい命の重みを、21g程度では表せない。

君という器に愛を注いでみたいと思った。
どこまでも受け入れてくれる君を私で満たせば、君はどんな顔で私を見るだろうか。
変化は怖くない。
無関心だけが唯一、恐れるべきものだ。

君が目を開くのを私は待っている。
瞼の震えすらも見逃さぬように。
君の脈拍に合わせて呼吸する。

夜はまだ明けない。

12/12/2023, 1:26:18 PM

あなたの脈をたどって、ここまでやってきた。
心と心を繋いだ糸が切れてしまわないように、そっと絨毯を踏む。
あなたの心のいちばん奥にある部屋の扉は閉じているけれど、すでに鍵は手の中にある。
真っ暗な部屋の中で、わたしは迷わない。


遅かったね。

なるべく早く来たつもりよ。

触れ合う指先から溶けてゆく。
鼓動を重ねて、今二人は一つの生き物になった。

12/12/2023, 1:46:43 AM

あなたが何でもないフリをして撃ち抜いた僕の左肩が、今年の冬もしくしく痛む。
いっそ心臓に当ててくれたらよかったのに。
あの日僕が取り落としたナイフは、きっとまだあなたの家に転がっている。
痛みよりも強く、苦しみよりも長く、刻まれたあなたの印は癒えない。
さよならと言えないままで、微笑みだけ遺してあなたは去った。
僕が追いかけることを疑いもしないで。

許しと裏切りと愛は同じものだと、僕らは知っている。

12/10/2023, 12:07:08 PM

--忘れないでね。

「忘れないさ」

--絶対よ。

「当たり前だろ」


頭によぎる、暖かい微笑みは。
あれは、誰だったろうか。
何を忘れてはいけなかったのか。

格子付きの窓からそよ風。
白い部屋には慎ましい花束。
時折訪ねてくる、知らない人びと。
それから、指に合わなくなったプラチナ。


彼は顔を上げて、青空を見た。
懐かしい気配がそこにあるような気がして。
全て忘れてしまった自分だが、ふっと色々な記憶が蘇ることがある。
余りに断片的なそれらは、失われた過去を埋めるには到底足りなかったが。

また、そよ風が耳を撫ぜていく。

何か温かい物が頬を流れ落ちる。

彼は濡れる頬に手を当てた。
それが何かはわからなかった。
それすらも、忘れてしまった。


白い部屋のベッドの上で彼は、今日もたくさんの「わからないこと」と、不思議な哀しみを抱えて途方に暮れている。

12/9/2023, 12:14:07 PM

ふたり手を繋いで春の花畑を歩くの。
太陽が祝福するみたいに日差しを振りまいて、あなたの髪にきらきら反射する。
わたしは幸せで、あなたも幸せなの。
怖いことなんて何もなくて、すべて満たされたふたりだけがいるの。
それからあなたが私を優しく抱きしめて、わたしは暖かいあなたの頬にキスをするの。
ねえ、すてきでしょう。

雪のような白いシーツの海に埋もれる君は、まるで春の訪れを待つ蕾だ。
君が囁く憧れは幸福の色をして、窓の外の寒々しい冬空に柔らかな温度を与える。

ねえ、あなた。
春が来たらきっと、花畑に行きましょう。
約束よ。

微笑んで、君は目を閉じた。
静かな、本当に静かな寝息が聞こえる。
僕は君の手を握ってやった。
せめて夢の中で、僕と花畑を歩いていてほしい。
幸せな夢が君の体に命を呼び戻してくれますように。
迫る喪失から君を守ってくれますように。

約束だよ。
僕は眠る君にそっと囁いた。

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