一夜の夢

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--忘れないでね。

「忘れないさ」

--絶対よ。

「当たり前だろ」


頭によぎる、暖かい微笑みは。
あれは、誰だったろうか。
何を忘れてはいけなかったのか。

格子付きの窓からそよ風。
白い部屋には慎ましい花束。
時折訪ねてくる、知らない人びと。
それから、指に合わなくなったプラチナ。


彼は顔を上げて、青空を見た。
懐かしい気配がそこにあるような気がして。
全て忘れてしまった自分だが、ふっと色々な記憶が蘇ることがある。
余りに断片的なそれらは、失われた過去を埋めるには到底足りなかったが。

また、そよ風が耳を撫ぜていく。

何か温かい物が頬を流れ落ちる。

彼は濡れる頬に手を当てた。
それが何かはわからなかった。
それすらも、忘れてしまった。


白い部屋のベッドの上で彼は、今日もたくさんの「わからないこと」と、不思議な哀しみを抱えて途方に暮れている。

12/10/2023, 12:07:08 PM