「傘の中の秘密」
授業が終わり、1階に降りてきてから朝は手に持っていたはずの傘がないことにやっと気がついた。
この土砂降りの中、取りに行かないという選択肢はどこにもなくて、人の波に逆らいながら階段を上っていく。
1番可能性が高いのはさっきまでいた教室なので、とりあえず向かう。
ドアを開けて傘を探していると『あれ、どうしたの?』と声をかけられる。傘に夢中で人がいることに気づいておらず驚きを隠しながら傘を忘れた旨を伝える。
よりによって、彼がいるなんて。もうとっくに帰ったと思ってた。こんなことならリップ塗り直してくればよかったと少し後悔する。
彼は、課題をしながら雨が落ち着くのを待っていたらしい。すると彼は無事傘を見つけた私に、でももう帰ろうかなと思っててと発言し、流れで一緒に帰ることになった。
別に付き合ってる訳ではないのでそれぞれの傘を差して歩く。
先程と変わらずすごい勢いで降っている雨のおかげで、沈黙が続いてもたいして気にならないし、お互いの顔がよく見えないため気軽に話すことができた。
お互いいつもより頬が赤いのは、傘の中の秘密である。
「さらさら」
『髪さらさらだね』
そう言って笑ってくれた貴方を、私は生涯忘れることはないのだろうと思う。
もう貴方は私の隣にいないのに、どうしてかどれだけ疲れていてもヘアケアを怠らずやっている。果たして誰のためなのかもうわからない。
出会う人に髪を褒められることもかなり増えて、それはそれで嬉しいんだけどさ。
誰かに褒められる度に疼くこの痛みは、どこへやったらいいのだろうか。
いつか捨てられるものなのだろうか。
「これで最後」
ふう、と深呼吸をして目の前のガチャガチャと向き合う。これで最後にしようって覚悟を決める。
もう底をつきそうな小銭を入れ、ハンドルを回す。
お、色味的にはお目当てのものと同じだ、と思い期待を込めながらプラスチックのケースを開ける。パカッという軽快な音と共に中身が登場する。
中には、見本のイラストにあった欲しかったキーホルダーが立体で入っていた。
やっと、やっと!!手に入れた!
嬉しさと達成感で満たされながら、やっとガチャガチャコーナーから離れる。
やっぱ「これで最後」ってプレッシャーを与えるのが良かったんだな。人は追い込まれないと力を発揮しないのだ
なんて、偉そうなことを思う。
神様には、「これで最後」と決めてからその後3回引いたことは内緒にしてもらおうと思う。
「君の名前を呼んだ日」
想いを寄せている女の子をなんて呼べばいいのかと悩まない男はいないだろう。俺ももちろん例外では無い。
悩んだ末、結局名前は呼ばず『なあ、』とか『あのさ』と話しかけてしまう。
ある日の授業終わり、かばんに教科書を詰め教室を出ると、彼女が前を歩いているのが見えた。
今日は会えた、ラッキーとか思っていると、彼女のリュックからキーホルダーが落ちた。ぬいぐるみ系だったから音が鳴らず気づかなかったようだった。
その時、俺の口から咄嗟に下の名前が飛び出た。
自分で気づいたときにはもう遅かった。
シミュレーションは脳内だけのはずだったのに何故か声になっていた。
俺は焦って彼女をまともに見れないまま、とりあえずキーホルダーを手渡した。
少し間が空いてありがとうと言われて顔を上げると、
彼女は頬を赤らめていた。
関係が動いたのは、君の名前を呼んだ日だった。
「やさしい雨音」
しんとした空間に雨音が響く。
会話をしていなくても気にならないほど音が大きくて
心地よい。
雨の日は、晴れの日より心做しか閉鎖されているような感じがする。2人きりなのが、強調される。
同じ雨音を共有しているからなのか、今ならいける気がする、と根拠の無い自信が湧く。
傘忘れちゃって、とか言ったら一緒に帰れたりするかなと淡い期待を抱きながら、かばんから覗く折り畳み傘を見えないよう奥へ押しやる。
すると突然、雨の音しか流れていなかった脳みそを、貴方の言葉が貫いた。
『あのさ、今日一緒に帰らない?』
やさしい雨音が運んできた予想外のハッピーエンド。
暗い空とは対照的に、私の心には太陽の光が差し込んだ。