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6/19/2023, 11:38:17 AM

触れる肩と肩
サイダーみたいな雨が
君の肩を優しさで濡らし
透けた肌は
太陽みたいだった

6/11/2023, 11:31:20 AM

「千夏はさ」
ピンクのベットに腰をかけ、真っ白い天井を眺めながら明菜が話はじめる。
「大人になったらさ、街に出ようとか思うん」
「思わないよ」
シャーペンを動かす手を止めずに答える。教科書の擦れる音がする。
「なんで?」
「...」
シャーペンの音がコツコツと響く。
「春翔くんやろ」
思わず手を止めた。明菜の勘の鋭さにびっくりしたのだ。いや、これはただの勘では無いのかもしれない。私の隅から隅までを観察して、そこから出た推測かもしれない。明菜は昔からそう言うところがあった。人の僅かな変化にもすぐ気がつくし、何を考えているかも察せる。明菜の観察眼にはほんと驚かされる。魔法みたいだねと昔喩えたことがある。
「なんで」
「なんでわかるん」
もう春翔は死んでいるのに、まだ想い出を捨てきれずにいるのを、なぜ彼女は察したのだろう。
「なんでって、千夏。ほんとに好きやったやないの、春翔くんのこと」
「でも、春翔は...もういないんだから」
「いないからこそでしょ、想い出はこの町にしか残っとらんのやから」
ベットの頭側の窓を見つめる。もうすでに日が暮れていた。横顔に夕陽がかかる。
「いつまでも囚われてちゃダメだよ」
明菜の声だとすぐに気づかないほど、低く、そして、どこか悲しい声だった。まるで自分に言い聞かせているように...
「私もう帰るね」と、乱雑に散らかった教科書やらを片付けて、足早に出て行ってしまった。机の上のオレンジジュースを入れたコップが、汗を流した。私もキリがついたからもうやめようと思い、片付け始める。
片付けが終わり、ベットに腰をかけて夕日を眺める。遠いあの日々を思い出す。
鬼ごっこをした日も、バッタを捕まえた日も、365日、この赤い夕日が見えだすと家へと帰った。暗くなってから帰ると、親からこっ酷く怒られるからだった。窓の外を蜻蛉が通り過ぎる。夕日に向かう蜻蛉は赤く染まって見えた。とんぼのめがねと言う童謡を昔歌ったのを思い出した。いつなのだろう?幼稚園か小学校か...。歌詞を口ずさんでみる。案外覚えているものだ。合っているのかどうかはわからないが。
青い空 ピカピカ光る太陽 優しく燃える夕焼け雲
おんなじとんぼなのに、時間帯によって変化する。不思議に思えるが、実はほとんどがそうなのだ。
この町だって、春翔も...
廊下でふざけ合っている時も、授業を聞かずに真剣に窓の外を見つめている時も、帰り道を一緒に歩く時も、放課後いっしょに遊ぶ時も、全部違って見えた。ただ一つ同じなのは角ばったその指先だけだった。
春翔....。
窓にもたれかかる。
夕日がまた顔を照らすのだった。

「きて、明菜、千夏」
「なあにー?」
桃色のワンピースの少女が駆けていく。半袖短パンの少女が後を追う。
「とんぼだよ」
「やだー、こわい」はなしてあげなよ」
ワンピースの少女が叫ぶ。
「こんくらい大丈夫だよ、さわる?」
「さわらないよぉ、ねえ明菜」
うんうん、と半袖の少女が頷く。「噛まれても知らないから」
「かわいそうだからもう逃してよー!」
「そうだよ春翔、羽が折れちゃったらどうするの!」
「ちぇっ、お前ら、バッタやダンゴムシなんかは捕まえるくせに嫌いな虫は触ろうとすらしないんだ」
「わかったよ、」と少年は不服そうにとんぼを逃す。トンボはゆらゆらと夕日に浮かんだ。少年に捕まれるほどに弱っていたのだから当然だが、数m進んだあたりで落下した。羽を必須に動かし地面を這っている。ジジジジと音がする。
「春翔のせいじゃん!」
ワンピースの少女が怒鳴る。
「おれじゃねーよ、元からきっと弱ってたんだよ!」
「あーあかわいそう、お墓ぐらい作ってあげてよ」
半袖の少女がわざとらしく言う。
「めんどくせー!お前らがやればー?」
少年は道路と垂直に交わる砂利道を走った。
「待てーっ」

目が覚めた。外はもう暗い。1時間ほど寝てしまったようだ。「千夏ーっ」
「ご飯できてるわよ」
「今行くー!」

6/7/2023, 12:12:08 PM

頭の上に広がるだだっ広い青い空を見つめると、世界の終わりなんてないんじゃないかと思えてくる。
だが現実には世界の終わりというのは着実に迫ってきていて、ヒロトも地球温暖化による異常気象に頭を抱えていた。
暑さに歪む空気を睨むと、ヒロトは再びコンクリの道を歩く。
汗でシャツが張り付き、気持ちが悪い。太陽を背に、ヒロトは早く家へ戻ろうと足を早めるのだった。

ガラガラと音をたてて引き戸を思いっきり開ける。
コンビニのように寒いくらい冷たい空気がばーっと流れてきてくればいいのだが、家の広さのせいだろうか、玄関まではクーラーの冷気が届いてこないのだった。乱暴に靴を脱ぎすて長い廊下を歩く。
突き当たりにあるキッチンに着くと、扉ががたつく古い冷蔵庫を開け、お茶を取り出す。冷たい緑茶が体の芯に染みるのを感じると、彼の姿が見当たらないことに気づいた。
こんな暑いのに、縁側でぼーっとしているのだろう。彼は縁側が好きだった。厳密にいうと庭が好きだったのだ。手入れもせず草しか生えていないのに、彼はそこをずっとぼーっと眺めていた。草だけの大海原を見つめる彼の瞳は、澄んでいた。
お盆とグラスを出して、緑茶を注いでやった。もし熱中症にでもなったら大変だ。

縁側に、鶯色の着物を着た彼が座っていた。やはりあの澄んだ目で、庭に生い茂る雑草を眺めていた。
「リョウ」ワンテンポ遅れて、こちらを振り向く。色素の薄い茶髪が揺れた。
「ヒロト。おかえり。お茶持ってきてくれたん」
2人の間にお盆を置いて座る。
「お前が熱中症になると思って」
やはり喉が渇いていたのか、リョウは結露でできた水滴をこぼしながら、ごくごくと喉を動かしている。もうこちらを振り向くことはせず、目は一途に大海原に向かっていた。
「リョウ、何を見てる」
「ねこ」
「ねこ?」
そんなものはここに住み始めてから一度も見たことがない。ねこ?そんなものが、ここにいるのだろうか?
「ねこ、可愛いのがね。春が過ぎたから、子猫もいる」
「へえ、どんな猫なん」
「わからない」
「え?」
「もう昔のことだから、忘れてしまったよ。でも、とても可愛い猫」
「子猫がいるって言ってたやないか」
「見たことはないよ、でもきっといる。猫は春と夏に子供を作るからきっと。あのね、発情期の猫は可愛いんだよ。特に春は。浮かれ猫って言って、家を留守にしてまでいろんなところで恋をするんだよ、赤ん坊のような声を出して、それで...」
「可愛い子猫が生まれる」
夢を見るような瞳は、濃緑の草地を眺めていた。
リョウは時々おかしなことを言う。それは子供の時からそうだった。そのせいか、小さい頃はよくいじめられていた。
でも、ヒロトはそんなところが好きだった。リョウみたいな人間はいない。彼には独特なところがあった。リョウ以外の人間は全て複製品なのではと思えて、気味が悪かった。だからヒロトは唯一無二のリョウに縋った。見たくないものからはなるべく目を逸らして、リョウと親しくふれあい、親や知り合いたちと比較し、幸福を感じるのだった。
「リョウ」
返事がない。
「リョウ」
ピクリと肩が動いた。
「着物、暑くないの、それ」
「ううん、涼しいさ。別に不便じゃないよ、むしろtシャツなんかよりこっちの方が落ち着く。今度ヒロトも着てみてよ、僕のかすから」
「似合うかな」
「さあ、いつも洋服ばかりだから...どうだろうか。でも、洋服はよく似合っている」
しゃべって喉が渇いたのか、残りの緑茶を一飲みするとこう言った。
「ヒロトは何にでも似合うんじゃない、きっと。」
「今度ね、着てみるさ」
そう言って縁側に寝転ぶ。空の青と太陽の光が目を刺した。広いこの世界に、終わりなんか来るのだろうか?その疑問を思い出したヒロトは、リョウに聞いてみることにした。彼なら何か知っているのではと言う微かな期待を胸に。
「世界の終わりって、あると思う?」
「あるよ、始まりがあれば終わりもあるって、全てのことに言えるんだよ」
「いつやと思う」
「わからないなあ、今かもしれないし、何兆年も後かもしれない...始まりも終わりもわからないんだよ。これも全てのことに言えるさ」
リョウはヒロトの横に寝転んだ。着物が羽のように広がった。横を向いて転がっており、瞳は相変わらず庭を見つめている。
「世界の終わりが今だったら、どうする」
「今でもいいよ、終わりは、ヒロトといる時がいい...。ああでも、猫をもう一度見れないのは悲しいなあ」
「そんなにいい猫だったんか」
「ヒロトみたいなね」
鶯の羽に抱きつき、茶髪越しに庭を見つめた。ここに本当に猫がいるのだろうか。一面濃い緑。雑草...。こんなところにわざわざ猫が来るとは思えなかった。リョウの見間違えだったんじゃないだろか。
「あ」リョウが起き上がった。
「今見た?なんかいたよ。やっぱ」
「猫か?」
「どうだろう」
「猫、もういなくなったんじゃない」
「かなあ、ここに住んでいるんだと思っていたんだけどなあ」
リョウは、今度は庭ではなくこちら側を向いて寝転んだ。
「ヒロト」
「僕ね、もう世界の終わりでもいいやって思ったよ」
僅かに湿った、唇の感触を感じた。

4/21/2023, 11:29:50 AM

雨が好きだ。と言っても、土砂降りは嫌いだ。
優しく肩を濡らし、髪を滴る。
あたりにはあたたかくねっとりした空気が漂い、桜の上を滴が跳ねる。
優しい、優しい__。
あの雨が好きだ。

今日も、雨が降っている。私の席は窓際なので、窓を優しく打つ雨の音で気がついた。
あの日も、雨だった。

わたしには、幼稚園の頃からの親友がいた。
中学を卒業して、別々になるまで__。
ずっと一緒にいた。
大好きだった。ずっと一緒でいたいと思っていた。
彼女もそう思っていた。
だが、彼女が持っているわたしへの愛は、ちょっと違っていた。
彼女はわたしに恋していたのだ。
卒業式まであと数日の帰り道、あの雨の中で、伝えられたのだ。
目に涙を浮かべ、鼻と頬を赤らませて。
いつもより早く満開となった桜が、ゆっくりと雨を垂らしていた。
正直、驚いた。
冗談だと思える雰囲気ではなかったから、戸惑った。
でも
彼女と気まずいまま卒業したくなかった。
それに
あなたとなら、いつまでもいれる気がした。
だから_

2人で泣いた。顔を濡らす雫が、雨なのか、涙なのか__。
雨を優しいと思ったのは、それが初めてだった。



高校を卒業したら、2人は、××で暮らす。頭のいい彼女は、国立大学を受けるのだ。
わたしもそこへついていって、どこかで職を探して、2人で一緒に住むのだ。
〇〇が、合格しますように__。
窓の外の桜を見ながら、願った。

2/4/2023, 5:26:38 PM

<好きってちゃんと伝えなよ>
雑貨屋「天使のkiss」木のプレートに店の名前が手書き風に彫られている。その横の木製のドアのドアノブをひねると、古びた重いドアは音を立てて、ゆっくりと開く。ドアに取り付けたベルがチリンチリンとなり、店の奥から小柄な彼女が出てくる。
「あきちゃん、こんにちは」
「みゆき、昨日言ってたブローチなんだけど」
「うん、ブローチ?あきちゃん、買うことにしたんだ」
こっち、とみゆきは歩き出す。ぴょこぴょこと跳ねながら歩くので、小柄なのもあって、リスのように見える。
狭い店内を気をつけて進み、ブローチやヘアゴムやネックレスなどが集まった一角につく。みゆきが、木のお盆に乗ったブローチの中から、ウサギが花を一輪持っている陶器製のブローチを取り出した。全体的に薄い桃色で統一されていて、優しい感じがする。
「いいよね、これ。優しい色使いでとってもすてき」
「うん。良いなと思った。でも、男がつけるのには向いてないよな。だから、部屋に飾ろうかなって思ったんだけど、高いし。もったいないし。で、1日悩んで買うことにした」
「そんなの、あきちゃんの好きなようにすればいいのに。あきちゃん、昔っからこういうの好きなのに、私意外の人には言わないんだから、私も苦しいよ」
背伸びして、ニットにうさぎのブローチを通した。
「ちょっと..」
白色のニットに、ブローチが鮮やかな光を落とした。
「私からのプレゼント。お代は払わなくていいから。ちゃんと付けて、これから先も大事にして」
頬にキスされる。やんわりと熱を感じた。
「好きってこと、ちゃんと伝えなよ」
何ヶ月か前の会話を思い出した。
「天使のkissって、なんでこんな名前なんだ」
「知らないよ。親が建てた店だし」
柔らかい唇がわずかに残した頬の熱。
あれは間違いなく天使のkissだった。

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