羊飼いの夢の跡

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10/11/2024, 2:47:11 PM

 風なんか吹いていないのにカーテンが揺れている映像が、不気味な音楽がついてテレビで流れる。優子はそれをみて肩を振るわせる。
 そして隣に座っていた彼氏の肩をバンバンと叩いた。
「辰樹!辰樹!今の見た!?カーテンが、ひとりでに、ひらりって!」
「あーみたみた」
 興奮気味の優子とは裏腹に、辰樹はスマホを片手に生返事を返す。それにほっぺをリスのように膨らませた優子は、ふんといってテレビに向き直った。
 ちょうどテレビでは映るはずのない手が!なんて映像が流れている。それにまた軽く悲鳴をあげると、優子は辰樹の肩に飛び退いた。
「なんでそんな苦手なのに見るんだよ」
 少し鬱陶しそうに言った辰樹に、優子はまたリスのような顔をした。
「別にいいじゃん!好きなの!」
「ふーん。こんな子供騙しが?」
「それがいいんじゃん!」
 やや興奮した優子は今の映像のどこが作り物で、どこが本物で、どんな処理をして作ったのかなど語って聞かせる。
「だからね!さっきのは」
「あー、わかったわかった。俺が悪かったって」
 手を挙げて見せると、辰樹は優子の頭をわしゃわしゃと撫で回した。
 そして何かにびっくりした顔をして、すぐ近くにあるカーテンを指差す。
「動いてるぞ」
 そういうやいなや、カーテンがひとりでに動き出す。確かに誰も触れていなければ窓も閉まっている。
「嘘!?」
 それに優子が驚きの声をあげれば、辰樹はケラケラと笑う。そして種明かしと言わんばかりに、にゃーと鳴いて一匹の猫が出てきた。
「なんだ……シロじゃん」
 ふさふさの立派な尻尾をピンと伸ばした猫をみて、優子は心底安心した顔をする。
 そんな彼女をチラリとみて、辰樹とシロは互いにウィンクし合う。二人ともよく似たイタズラ小僧の顔をしていた。

10/11/2024, 2:20:04 AM

 少し小高い丘の上からは、小さな村の全てが見えていた。夜が更けてきたからか、灯りがついている家は少なく、数少ない酒場ももうすぐ閉店なのか人が帰っているのが見える。
「あれ、にゃんこ、今日もここにいるんだ」
 ガサガサと音をたてながら、三つ編み姿の少女がやってきた。私はにゃんと声をあげる。
「おまえも好きだね、ここが」
 わしゃわしゃとひとの頭を撫でつつ、少女は隣に腰掛ける。ここで数日に一回顔を合わせる程度の中だが、何となくいつもと雰囲気が違うのがわかる。なんといっても10年一緒にいるのだ。分からないわけもない。
「今日は1人が良かったんだけどなあ」
 三角座りをして、膝に顔をうずくめる。チラリとしか見えなかったが、目元に光る何かが見えた気がした。
「まあでもにゃんこだし、いっか」
 独り言ちる彼女が寂しくないように、にゃんと相槌をうってやる。
「あはは、ほんと、お前はヒトの言葉がわかるように鳴くね」
 またわしゃわしゃと頭を撫でる手に、すりすりと頭を擦り付けた。これで数日で消えてしまった私の匂いもつき直しただろう。
「実はね、私もうすぐこの村を出るの。結婚しなきゃいけないんだって」
 遠くを眺めるように言った少女は、また目に涙を溜める。月の光に照らされた涙はキラキラと光り輝き、とても美しい。
「私が結婚するのはお金持ちの人で、村にお金も入れてくれるんだって。優しいよね、顔を見たこともない人の村にお金なんてあげるなんて」
 おや、めでたい話だと耳をすませていたが、随分ときなくさい話になってきた。香箱座りしていたがゆっくりと立ち上がり、本格的に涙を流しはじめた少女の顔を舐めてやる。
 猫の世も人の世もこんな話ばかりだ。より弱いものが割を食う話ばかり。
「別にね、結婚するのが嫌なわけじゃないの。今よりもいいご飯食べられるかもしれないでしょ?」
 そう笑うと、少女は涙をぐいっと拭う。
「でもね、もうここには帰ってこれないんだと思うと寂しくって。にゃんこともこれでお別れだね」
 少女の涙の理由は本当にそれだけなのだろうか。強く賢いこの子に未来が、閉ざされてしまうのでは?とおもうと実に歯痒い。
 それなら。
『私を連れていくといい。君のことくらいなら守ってやるさ』
 猫らしくにやっと笑った私をみて、少女は目をまん丸くさせた。
「え!猫が喋った!!!」
『私は普通の猫じゃないからね』
 一つにまとめていた二つの尻尾を、ふわりと離して見せる。
『世の中にはまだまだ不思議なことばかりだろう?』
 またニヤリと笑ってみれば、涙を溜めた目で少女はケラケラと笑い出した。
「うん、本当に!びっくりすることばかり!にゃんこ、名前は?」
『いっぱいありすぎるからね。君が好きにつけるといい』
「んー、じゃあ、何にしようかなあ」
 ケラケラと笑い合った一匹の猫と少女は、月明かりの中、楽しげに帰路へとついた。

10/8/2024, 12:16:27 PM

 カリカリとシャーペンの音が響く。
 乾燥してきた空気はよく音が響くなと思いながら、数学の問題と睨めっこ。もう遅い時間だからか、問題文が全然頭に入ってこない。思考があっちに行ったりこっちに行ったり。
「あー、もう、全然ダメ!」
 手のひらをぐーっと伸ばして天井を見つめ、壁にかかったカレンダーに目を移した。
 もう1月。
 大学受験の日まで時間がない。
 こんなことじゃダメなのにと、マイナスな思考がグルグルする。もっといっぱい問題を解いて、もっと頑張らないと。
 グルグルした思考の中、不思議と泣きたくなってくる。
 すると、コンコンと部屋のドアがノックされた。
「なに」
 ぶっきらぼうにそう返す。
 なんでもいいから八つ当たりしたい気分だ。
 するとゆっくりと扉が開いて、眉毛をハの字に垂らしたお母さんが顔を出した。
「ねえ、美味しいフォンダンショコラができたのよ。お父さんも辰樹も寝ちゃったでしょう?一緒に女子会しましょ」
 そんな言葉と共に甘い匂いが部屋に入ってくる。いつの間にかささくれていた気持ちも落ち着いてきた気がした。
「…たべる」
 こんな時間にフォンダンショコラなんて食べていいのかと一瞬考えたが、甘い誘惑に勝てるはずもなく。すぐにシャーペンを放り投げてお母さんの後をついて行った。
 キッチンの小さな机に2人分だけ置いてあるフォンダンショコラは、出来立てだからかほかほかで、先ほどとは比べ物にならないほど甘くていい香りを漂わせている。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
 席についてすぐにパクりと口に入れたフォンダンショコラは、甘くって優しくって、涙が出てくるほど美味しかった。
「おいしい」
「そう?よかったわ」
 そのまま泣きながら食べ続けて、あっという間にフォンダンショコラはなくなってしまった。食後に温かいお茶を飲んで、ホッと息を吐く。
 束の間の休息で頭がリセットされたのだろう。なんだかどんな問題でも解ける気がしてきた。
「お母さん、私もうちょっと頑張る」
「あらあら、ほどほどにね」
「うん!」
 頷いて意気揚々と部屋へと向かう。あんなに寒々としていた体がすっかり温かくなっていた。

10/7/2024, 10:21:23 AM

 料理をするのは意外と力がいる。捏ねるのもそうだし、切るのもそう、混ぜるのもそうだ。世の中の料理人を見ればわかる。特に男性料理人の屈強な体!ボディービルダーと見紛う料理人なんている。
「ふうんー!!!」
「ママ!頑張って!!!」
 そんなことを考えて意識を彼方に飛ばしつつ、今一生懸命切っているのはかぼちゃだ。10月にある、子供がワクワクするイベントといえばハロウィン。
 例に漏れずに我が家の娘もハロウィンに感化されたらしい。今日は小学校から帰ってくるなり、ランドセルを放ってキッチンへとかけてきた。
「ママ!かぼちゃプリン作ろう!」
 手には可愛らしい装飾が施されたチラシ。
 どこかでもらってきたのか、ポップな字体で『簡単カボチャプリンを作ろう!』と書いてある。中身を見れば、主婦から見れば簡単でも、子供から見たらちっとも簡単ではない。
 それでもどうしても作りたいのだろう。娘はぷにぷになほっぺたをピンク色にして、鼻息荒くふんふん言っている。目もやる気だ。ここで否定してしまえば、待っているのはギャン泣きだろう。
「よーし、わかった。一緒に作ろっか!」
「うん!」
 そうして今に至ると言うわけだ。
「ママ、ちょっと切れてるよ!」
 横で応援してくれる娘の頭を撫でて、もう一度包丁を握る。電子レンジを使って……とかいろいろ試したものの大きすぎてうまくいかず、もう結局頼れるのは己の腕力のみ。
「そういえば、どうしてかぼちゃプリン作りたいの?かぼちゃはそんなに好きじゃないよね」
 包丁の位置を探りつつ、ふと気になったことを聞いてみた。すると思いの外返答が返ってこない。
 不思議に思って娘の方を見れば、娘はモジモジと指をこねてやや俯いている。
「……そうたくんが、かぼちゃプリン好きだから、まながつくったの食べたいって」
 あらあらまあまあ。
 ちょっと早い春の到来に、思わず口元に手が伸びる。
「なら、とびっきり美味しいの作らないとね」
「うん!」
 ようやく位置が決まった包丁を握って、今までよりも力を込める。
「ふん!」
「われたー!!!」
 嬉しそうな歓声と共に、かぼちゃが綺麗に割れる。切った自分よりも大喜びする娘を見て、思わず笑みが溢れた。

10/6/2024, 10:42:24 AM

 昔ながらの和室に敷かれた布団で上半身を起こし、外を眺める。縁側の奥にあるこぢんまりとした庭では、桜の花がひらひらと舞っていた。毎年のことながら、その姿を見ると妙に寂しくなってしまう。
「なんだ、起き上がって大丈夫なのか」
 出会った頃よりも背は縮んでシワシワになってしまったお爺さんが、気遣わしげにこちらへと寄ってくる。
「ええ、随分良くなったわ」
 そう言ってまた桜の木のほうをみれば、お爺さんは思いついたように席を立った。そしてすぐに戻ってきたかと思えば、2人分の麦茶を持ってくる。
「あら、麦茶にはまだ早い季節じゃない?」
 ご丁寧に氷まで入った麦茶は、娘の真奈に見つかれば、病人に何飲ませているの!と怒られかねないだろう。だがお爺さんはさも当たり前のように、嫌だったか?と聞いてくる。
「ふふ、まさか」
 渡された麦茶を飲みながら、2人でゆったりと桜の木を眺めた。まだ満開になってそう時間は経っていないが、早くも葉っぱがつき始めている。きっと雨が降ってしまえば、このままあっという間に散ってしまうのだろう。
「こうやって桜を見ていると思い出すなあ。ほら、辰樹を妊娠していた時だ」
「ああ、真奈の時よりも悪阻が酷くって困った時のことね」
 懐かしい思い出に目を細めると、お爺さんは神妙にうなづいた。
「あの頃は毎日食べられるものが変わって、ドキドキしたもんだ。だが、麦茶だけはなぜかずっと飲んでくれてなあ」
「そういえばそうでしたね。あの時も2人で麦茶を飲んで桜を見たわ」
 今ではすっかり年老いてしまったが、まだ若かった頃も変わりなくこうやって2人で麦茶を飲んでいた。そうやって2人でゆっくりしながら話して、眠くなって横になるまでがセットだ。
 そう思い出すと途端に眠くなってくるから不思議なもの。
「ねむるのかい」
「ええ、ちょっとだけね。まだ私は元気よ」
 そういうとお爺さんはひどく嬉しそうに笑って、2人分の麦茶を手に取った。
「真奈に怒られる前に証拠隠滅せにゃならん」
「あらあら」
 くすくすと笑いながら、ゆっくりと目を瞑る。
「おやすみ」
 その声と共に瞼の上に置かれた手が、いつもと変わらず冷たくて暖かくって、幸せな気持ちで眠りにつく。まったく、ただの風邪なのに大袈裟なんだからと、いつまでも変わらない桜とお爺さんの優しさが暖かかった。

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