少し小高い丘の上からは、小さな村の全てが見えていた。夜が更けてきたからか、灯りがついている家は少なく、数少ない酒場ももうすぐ閉店なのか人が帰っているのが見える。
「あれ、にゃんこ、今日もここにいるんだ」
ガサガサと音をたてながら、三つ編み姿の少女がやってきた。私はにゃんと声をあげる。
「おまえも好きだね、ここが」
わしゃわしゃとひとの頭を撫でつつ、少女は隣に腰掛ける。ここで数日に一回顔を合わせる程度の中だが、何となくいつもと雰囲気が違うのがわかる。なんといっても10年一緒にいるのだ。分からないわけもない。
「今日は1人が良かったんだけどなあ」
三角座りをして、膝に顔をうずくめる。チラリとしか見えなかったが、目元に光る何かが見えた気がした。
「まあでもにゃんこだし、いっか」
独り言ちる彼女が寂しくないように、にゃんと相槌をうってやる。
「あはは、ほんと、お前はヒトの言葉がわかるように鳴くね」
またわしゃわしゃと頭を撫でる手に、すりすりと頭を擦り付けた。これで数日で消えてしまった私の匂いもつき直しただろう。
「実はね、私もうすぐこの村を出るの。結婚しなきゃいけないんだって」
遠くを眺めるように言った少女は、また目に涙を溜める。月の光に照らされた涙はキラキラと光り輝き、とても美しい。
「私が結婚するのはお金持ちの人で、村にお金も入れてくれるんだって。優しいよね、顔を見たこともない人の村にお金なんてあげるなんて」
おや、めでたい話だと耳をすませていたが、随分ときなくさい話になってきた。香箱座りしていたがゆっくりと立ち上がり、本格的に涙を流しはじめた少女の顔を舐めてやる。
猫の世も人の世もこんな話ばかりだ。より弱いものが割を食う話ばかり。
「別にね、結婚するのが嫌なわけじゃないの。今よりもいいご飯食べられるかもしれないでしょ?」
そう笑うと、少女は涙をぐいっと拭う。
「でもね、もうここには帰ってこれないんだと思うと寂しくって。にゃんこともこれでお別れだね」
少女の涙の理由は本当にそれだけなのだろうか。強く賢いこの子に未来が、閉ざされてしまうのでは?とおもうと実に歯痒い。
それなら。
『私を連れていくといい。君のことくらいなら守ってやるさ』
猫らしくにやっと笑った私をみて、少女は目をまん丸くさせた。
「え!猫が喋った!!!」
『私は普通の猫じゃないからね』
一つにまとめていた二つの尻尾を、ふわりと離して見せる。
『世の中にはまだまだ不思議なことばかりだろう?』
またニヤリと笑ってみれば、涙を溜めた目で少女はケラケラと笑い出した。
「うん、本当に!びっくりすることばかり!にゃんこ、名前は?」
『いっぱいありすぎるからね。君が好きにつけるといい』
「んー、じゃあ、何にしようかなあ」
ケラケラと笑い合った一匹の猫と少女は、月明かりの中、楽しげに帰路へとついた。
10/11/2024, 2:20:04 AM