M氏:創作:短編小説

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11/4/2023, 8:30:35 PM

朝7時
どの季節も変わらず太陽が空を青白く染めてくれる時間
慈善事業を中心に営むこの会社の地下で人が囚われてると誰が思うのだろうか
トーストとスープとサラダにコーヒー
質素とも豪華とも言えない典型的な朝食をトレーに乗せて地下に進む

刑務所とあげるには清潔で
ホテルと呼ぶには閉鎖的な廊下を進む
自由に動かせる程の信頼が無いにも関わらず利用価値のある人間を閉じ込めるに相応しい場所
死んでしまったらそれまでだと言う冷徹な思考を持つ人間が多い中で10年近く生き残ってる彼の元へ

少し見ただけではこの扉に鍵がかかっている事さえ分からない
そんな白い扉をノックし、鍵を開ける
とある研究グループを解体した後の逃げ遅れを上手く利用してる
表向きはそういう形だが実際は自由を奪って飼い殺し状態
精神的に苦しもうが悲しもうがお構い無しに決まったスケジュールをこなしてもらう
普通の人間なら精神を病んでいくだろう
白いベッドで寝息をたてている女性のように

『ぁす…』

だが部屋に置いてあるパソコンを弄っていた彼は違う
朝食が来る前には起床し
外に助けを求められないように設定されたパソコンで作業を始める
朝食を持ってきた人間には彼なりの挨拶もかける

研究グループの中でも情報整理を中心とした立ち回りをしていた彼は利用価値がある
とは言え組織に対する忠誠心の薄さと友人間に向ける情の深さが彼に対する扱いを不安視させる
研究グループが解体された後は処分対象の1人を逃がしたと聞く
ならコレくらいの飼い殺しが一番なのだ

朝食をテーブルに乗せても同室している女性を起こす様子の無い彼にため息を付きながら白いベッドに近寄る

『寝かせてやってください、あんま寝れてないんす』

こちらが起こそうとしても彼はその一言で終えた
同室の彼女は精神を病んでいる
研究グループのリーダーと呼べる女性に対する忠義心が彼女を壊したとの事
そんなリーダーは組織もグループも裏切って処理されたのに

『さーせん』

去ろうとした己に声をかける彼に視線を向けた
此処に飯を届ける人は毎日“今日の天気”を問われるのだ
だから自分も素直に天気を教えてやる

『晴れか…あす』

雨の日は聞いておしまいだが雪の日や晴れの日は少しばかり優しげに口角を上げる
マスクのせいでまともに見えないが…雰囲気が柔らかくなって笑ってるように見えるのだ
まるで子を慈しむように天気を復唱してから朝食を摂る
その姿は未だ子離れが出来ていない親のようにも見えた


題名:哀愁をそそる
作者:M氏
出演:👨🏻‍💻


【あとがき】
閉鎖空間の中で正常を保つには人との関わりと外の情報が必要とも言えます
健康的な生活をしていても情報もコミュニケーションも何も無い状態だと精神を病むらしいです
何かしら行動するのが一番だと聞きます
会いたい人に出会えた時に正常な気持ちで喜べるように
彼は人を気遣い人と関わり壊れない程度に息をする
誰かのお父さんって訳じゃないですけど良い父親してますよね

11/3/2023, 11:23:18 AM

「もォ〜なんでこう頻繁に鏡を割るんですかァ?」

トレーニング終わりと思われる女性にため息を吐きながら問う
嗅覚を擽る汗と血の匂いは心地良さを覚えるが…
高頻度で拠点の鏡を破壊する彼女には頭を抱えるものだ
誰が新しい鏡を用意したり掃除したりするのかを理解してるのだろうか

『すまない…』

反省はしているらしく鋭い目を伏せて謝罪を零す
落ちた鏡の破片を拾っては紙袋にカシャカシャと投げ捨てながら彼女の拳を見た
パタパタと床に零れる赤い液体

「阿樹羅さんは充分強いと思いますよ」

立場上は彼女の方が先輩だが所属歴は自分の方が上
幼い頭でも彼女と言う…“阿樹羅”と言う人間に対して理解はしてる

『寝言は寝てから言え、私はまだ強くなれる』

そう返すも血が流れる拳に力が入る彼女
彼女は思った以上に怖がりでネガティブなのだ
“自分はコレ以上強くなれないかもしれない”と言う漠然とした不安が彼女を苛立たせる
その不安を性別に押し付けるから己を嫌う
ため息が出てしまう

「そうですねェ…拠点の備品を破壊しない程度に加減が出来るようになればもっと強くなれるのでは?」

あらかた拾いきった鏡の破片をカシャンと振る
軽い皮肉だが幼子に後処理をさせてると言う自覚はあるのだろう
文句を言わずに目を逸らすだけ
まるで幼い子供の相手をしてるようだ
10も歳上の相手にそんな事を思うのは失礼か…

「手当しますから共有ルームに行っててください、オレはもうちょい破片を片付けてます」
『これくらい大丈夫だ、手伝わせt』
「阿樹羅さん」

ただ名を呼ぶだけで肩を跳ねさせないで欲しい
まるで自分が虐めてるみたいじゃないか
トンと跳ねるように彼女に近付いて
鏡を叩き割った手を
切れて血が流れた手を優しく掴む

「怪我は早めに処置しましょう、怪我人が無駄に動くのは辞めましょう、コレは先人の知恵です」

彼女の高い視線を見上げて
切れ長の青い瞳を覗き込む

「なので先に共有ルームに行っててください、オレからのお願いです」

彼女は一瞬ばかり身体を強ばらせてから優しく包まれた手を自分の方へ引き寄せた

『分かった』
「ありがとうございます!助かりますねェ☆」

共有ルームに向かう為に部屋から立ち去ろうとする彼女の背中に軽く手を振る
少しばかり振り返った彼女は僅かな置き土産をした

『私にその顔を向けるな』

去って行った彼女の言葉に僅かに首を傾げた
そして割れ残った鏡を見やる
そこには腹を好かせた獣のように瞳孔を開き
歪な笑顔を見せている少年と目が合った

「クハハッ溜まってんのかなァ?」

少しばかり笑った少年は
血の着いた指先にソッと舌を触れさせた
苦くてしょっぱくて
愛おしさを感じる味だった


題名:鏡の中の自分
作者:M氏
出演:🎗(🐉)


【あとがき】
血の味って美味しいよね(脳死あとがき失礼)

11/3/2023, 7:38:47 AM

白い壁を無言で引っ掻いてた
特別やる事が無かったから引っ掻いてた
ベッドに繋がった拘束具がカシカシと鳴る
自分の心音以外に鳴る音がソレと
壁を引っ掻く度にゴリゴリと指先に響くモノだけ

なんで自分がこうなったのかは分かってる
養護施設で首吊り自殺をして未遂に終わったからだ
なんで首吊り自殺をしようとしたかと言うと
単純に死にたかったからであって
なんで死にたかったかと言うと
周りに馴染めない自分が惨めだったから

学生に必要なのは勉学だと施設の大人が言って
14にもなって16時までの門限を守り続けて
スマホが普及した世の中で通信機器を許されなくて
クラスLINEにたまたま居なかった自分はイジメのターゲットになって
施設に居る子は親に捨てられたとか
親が犯罪者だから頭がおかしいとか
障害者の子供だからコイツもそうだろとか
比較的事実に近いものに尾鰭が付いて揺れて流れて
自分は独りになった

興味本位で近付いた子は確かに居た
施設に行く前は何処に居たのか
どんな学校に通っていたのか
趣味はあるか
どんなものが好きか
色々な事を聞いてくれたけど何一つまともに答えられなかった
自分の居た場所は分かるけど何があったのかは分からなかった
一応学校には通っていたけどまともに通えてなくて昔の友達なんて居なかったから会話も弾まなかった
趣味として胸を張って言えるものも無くて
好きなものを問われても何も浮かばなかった

本を読めば気持ち悪いと言われたから
絵を描けば下手だと言われたから
夢を語ればお前には無理だと言われたから
欲しいものなんてお前には必要ないと言われたから
何も求められなくて
自慢げにコレが好きだとか何も言えなくなって

つまらなかったんだろうな
何も無い自分が哀れだったんだろうな
せっかく話しかけてくれた子も居なくなって
結局独りで
破れたノートとか汚れた教科書とか当たり前で
すれ違えば汚いとか臭いとか言われて

辛かったんだろうな

施設に帰れば同じ施設の子が泣いてて
こんな生活は嫌だとか言ってて
そんな子を外に締め出すとか当たり前で
稀にソレに巻き込まれる事もあって
中に入れたからと言ってやる事は勉強ばかりで
ストレスを吐き出したい子が盗みをしたり
物を壊したりするのにも巻き込まれて

なんかもう嫌になったから死にたくなった

細い方が首に食い込むって本で読んだから
ワイシャツをいそいそと裂いて編んで
思いの外手間のかかるやり方で死のうとして
てこの原理ってやつなのかな
ベランダの柵に繋げて
部屋干し用の物干し竿やベッドの柵に引っ掛けて
自分の体重が乗ってもちぎれないかを軽く確認して
首に括ってた感じ

意外とちゃんと締まってきて
意外とちゃんと苦しくなってきて
声も出なくて耳とかが熱くなってきて
目が変な感じになって
ちゃんと意識が飛んだ

誰が自分を見つけたとか分かってなくて
気が付いたら病院に居て
ボーッとした意識の中で首吊り死体って汚いよなとか考えてた
舌が出たり酷い時は目が出てたり
首が重力で伸びて下からは出るもん出ちゃってて
おもらしとかしてたのかな
してたら嫌だな
次は首吊りは辞めとこって思ってた

で、精神病棟に入院してる
我ながら馬鹿だなとは思う
もっとバレない場所で死ねば良かったのになって思う
そういう話じゃないって先生が怒ってたけどさ
死にたかったんだから仕方ないじゃん

助けを求めて結局どうするの?
施設なんて空きが無くて子供がすしずめ状態なのにさ
学校でイジメを受けたからと言って転校なんて出来ないじゃん
相談すればなんとかなるって言ったってさ
自分は変わらず誰にも馴染めないし面白い事も言えないんだから結局独りになるじゃん

キッカケが趣味も何も無いつまらない施設の子だったけどさ
趣味を作る為に施設が協力してくれるの?
学生の本分は勉強ですって言ってテレビもスマホも見れない持たせない
月に貰えるお小遣いだって勉強用の参考書やノート、鉛筆とかにしか使わせない
外に自由に出してくれなければ服だって決まったもの以外着ちゃいけなくて
そんな状態で趣味なんて持てるわけないじゃん

じゃあ施設の子じゃなくなればいいの?
小学生に身売りを頼む大人の元に帰れば良かったの?
そうすれば少なくとも施設の子じゃないもんね
犯罪者で障害者の親の子には変わりないけど

「結局みんな助けてくれないじゃん」
「助けられる訳無いじゃん」
「助けてもらった結果がコレなんだからさ」
「助けたい救いたいなんてさ」
「出来るわけないのに一丁前に主張して」
「結局やってる事はベッドに縛り付けて薬をぶち込むだけじゃんか」
「死にたいって願ってるヤツくらい殺せば良いじゃん」
「生きたいヤツに対しては全力で応援して手を貸してる癖して」
「死にたいヤツは縛り付けて薬で朦朧としてる時に死ぬのは悪い事だって教えこんでるだけ」
「死にたい原因を何とかできるほど大人は暇じゃないんだろ」
「そんな時間も余裕も何も無いから病院に入れて薬漬けのやり方なんだろ」
「こんなのに税金を使うなら勝手に死なせてくれよ」
「長期的に金を使い続けるより楽じゃん」
「早いし手軽じゃん」
「どうせ数年経てば可哀想な生命でしたねとか」
「あぁ、あの迷惑な死に方したヤツ?で終わるわけじゃん」
「じゃあ無駄に生かさずさっさと殺してくれよ」

スライドドアから聞こえるノック音と解錠の音
若い看護婦が名前を呼びかけて薬を促す
荒い息を整えて布団を被り直す
1度出て行った看護婦は薬とガムテープを持ってきた
剥がれた白い壁紙の下に書かれた文字が埋められてく

“死にたい”
“たすけて”
“出して”
“辛い”

雑にガムテープで埋められた言葉は全部この部屋で過ごしてた人達の声で
鉛筆で書いたもの
古くなった血で書いたもの
どんなもので書いてもその時のその人の本音であり
その時のその人なりの主張なんだろうと思うと
可哀想になってくる

「やっぱり安楽死は許されるべきだよ」

自分の言葉は“寝ましょうね”の一言で終わらせられて
強めの睡眠薬で掻き消される
回らなくなった頭が心地悪さを誘うから
目を閉じて深く呼吸をする
こんなに死にたいのに生きるのに必要な行為をする
虚しくて哀れで苦しくて惨めで寂しくて悔しくて寒くて辛くて怖くて

「…ころして…」


題名:眠りにつく前に
作者:M氏
出演:


【あとがき】
漠然とした死にたいって結構来るんですよね
大人になった今はそれを行動に移す程体力も何も無いんですけど
あの頃は若かったので結構軽率に死のうとしてましたね
あの頃は未来の自分に友達が居るとか旦那が居るとか
何か悪い事があっても笑って隠せる程の力を持てるとか
何一つ分かってなかったのもあってめちゃくちゃ死にたかったです
今は案外平穏だよって言ったらどう返すんだろうとふと思います
昔の自分とはいつか対談したいですよね
タイムマシンか何か出来たらいいですね

11/1/2023, 4:44:04 PM


『だってアナタは忘れられたくないだけでしょ?』

黒づくめの服を纏う己と対象的で…白いブラウスシャツが似合う彼女は見せるようにわざわざ己の前に立って言葉を放つ

『なら私が居るじゃん。絶対に忘れないって自信あるよ?記憶力も結構あるしね。』

そう言ってあどけない笑顔を向ける
八重歯のせいで僅かに乱れた歯並びが笑う事で顕になる

この笑顔を見る度に厄介な女性に声をかけてしまったと後悔する
メソメソ泣きながら無法地帯を歩む彼女を上手くヤク漬けにしようと目論んでたが…
声を掛けた途端にワンワン泣かれるし
彼氏に振られたと堰を切ったように話し出すし
共感して隙を見て“プレゼント”でも与えようとしたのに全て“話を聞いてくれるだけで良い”なんて断るし
挙句の果てには“良い人だね”なんて懐くし
わざわざ無法地帯を出歩いてまで会いに来るようになったし
己は無法地帯でしか生きてけないからと能力を見せても怯えずに会話するし

今となってはしょっちゅう身売りをするように依存させるのは辞めろと言い出す始末…

「初めて会った場所を細かく覚えてる事から分かるけどさァ…キミの記憶力と俺の生き方は関係無いよね?」
『赤の他人にゾンビみたいに求められるよりも良いと思うよ?ほら、一時の関係より永続的な関係のが気持ちいいじゃん。』
「ずーっと仲良しこよしなんて出来ないと思うけどねェ。」
『なんでそんな酷い事言うの!?友達でしょ〜?出会って1時間でゲボ吐いた仲じゃん。』
「自分が吐いた事なんてよく覚えてるね〜凄い凄い。」
『ソレについては謝ってるからセーフセーフ!』

何度も日を跨いで会話を重ねて
己が人を依存させる理由を吐かされて
友達になろう、私は忘れない、なんて宣ってさも友達のように振る舞う
そんな姿が眩しくて仕方がない

「俺に構うよりも新しい恋人作ったら?こんな所に何度も来るより安全で幸せだよ。」
『とか言っちゃって〜私が来なくなったら泣いちゃうでしょ〜?』
「生憎だけど俺には沢山代わりが居るんでね〜」
『人の乙女心をなんだと思ってんの!?麗しい果実なんだけど!?』
「キミより俺の方が美人だから安心して」
『何をどう取ったら安心になるのかが分からないって!』
「そばかすを隠せる程のメイクを覚えて歯を矯正すれば変わると思うよ?」
『最初のは甘んじて受け入れてあげるけど矯正に関しては一般市民がヒョイっと出せる金額じゃないからね!!』
「へーそーなんだー」
『昔も今も貧富の差は縮まらないんだよーん』
「キミも苦労してるんだねェ」
『そりゃぁもう社会人ですから』

なんの生産性もない会話を繰り返して…彼女になんの得があるんだろうか
いや、何故依存させる事が叶わない相手にこうも自分は時間を使ってるのだろうか
自分にとっては数日とも呼べる時間…彼女はどれくらいのものとして捉えてるのだろうか

「そっかァ、キミも社会人かァ…。」
『え?そんな若く見える?照れる〜!』
「いや、時の流れが早いなァって意味で…キミは老けたと思うよ?」
『もうそろそろその口にファスナーを付ける事が許される気がしてきた。』
「俺は何年経っても変わらないからねェ。」
『誤魔化した?今誤魔化したの?』
「出会ってから何年だっけ?」
『…18の冬に出会ったから…もうすぐ11年くらいじゃない?』
「…キミって本当に暇なんだね。」
『それはアナタも言えないって〜。』

つまり彼女はあどけなさを残してるものの30近く…
人間にとって11年と言う時は長い
100年行くか行かないかの寿命の10分の1だ
彼女の年齢は…終わりまでだいたい3分の1となる

「結婚でもしたら?」
『親と同じ事言うじゃ〜ん?』
「人間の寿命は短いんだから…。」
『それは親と同じでは無いなぁ。』
「俺が言うのもなんだけどキミは普通に生きるべきだよ。」

ニコニコと笑ってた彼女が
目の前に立っていた彼女が隣に座り直す
さっきまでの和やかな空気が冷たく感じる
未だに夏の残り香を風が運ぶのに…
彼女を突き放そうとする時だけ寒く感じてしまう

『私が忘れないから依存させるのは辞めなよって言う提案を聞き入れないのに…アナタは私に提案するの?』
「元から生きる世界が違うんだよ。人間のキミと薬物の塊みたいな俺が関わってるのがおかしいの。」
『薬物を出さなければアナタも一般人でしょ?』
「無法地帯で生きてる理由って話したよね?」
『…研究所で過ごしてたけど危険な薬物を作っちゃったから処分されかけたって話でしょ?』

己は僅かの時間…いや、人間にとっては長い年月を研究所と言う場所で過ごした
親も居場所も無い…種族さえ分からない人が集められて能力や種族、その特性…諸々の活用法や危険性の無さを調べる為の場所だ
危険が無ければ法律に守られ、社会に溶け込む事が出来る
なんなら能力や種族特性に見合った生き方を教われる
大きい国にしか存在しないと言う欠点はあるが表向きだけ見れば素晴らしい慈善施設だろう

己は半ば興味本位でそこに身を置いてた

“医療に貢献出来るのでは”なんて言われたり“危険だ”と言われたり
軽く眺めよう感覚で身を置くには窮屈を強いられた
挙句の果てに診察と称した人体実験で産まれた己の能力の象徴を理由に“処理対象”
データを取るだけ取って秘密裏に処理されかけたから施設を半壊させて逃げた
まぁ残ったデータで己が無法地帯でしか生きられないキッカケになったが…

「そ、だからキミが俺と関わるのはおかしいんだよ。」
『でもさ、匿う人が居れば普通に生きれるじゃん。』
「そんな甘い世界ならキミが言う貧富の差ってのは無くなるんじゃない?」
『言えてる〜。』
「理解出来たなら来ない方が良いと思うよ。」
『とm』
「友達としての忠告だよ。」
『…』

畳み掛けるように伝えれば彼女は口を閉ざした
何度かのらりくらりと躱されてたが…必要な事実だ
社会に生きる彼女と社会に追われる自分は交わらない方が良い
堕ちてくるのなら歓迎するけど…堕ちないなら彼女は此処に居るべきじゃない

『分かった。』
「ん、もう此処には来ないでね。」
『だが断る。』
「…ん?」
『身分とか種族とか関係無いよ。私は会いたい人に会うし、仲良くしたい人と仲良くする。』
「いや、そうじゃなくてさァ…。」
『週1会いに来るって頻度は考えてやろう!月1くらいにしてあげなくもないよ!』
「だから!」
『友達に会いに来て何が悪いの!?』

声を張る彼女の声が無法地帯の道に響く
死んだように静かな場所を選んで会うせいか予想以上に反響した

『未だに結婚とか子供とか言うけどさぁ、私は普通に仕事してるし生きてるし、そりゃアナタと出会ってからの11年間出会いが無かった訳じゃないよ?でもさ、恋愛よか友達とくっだらない事話したり仲良くしたりする時間が楽しいから此処に来てる訳じゃん!』

熱くなると話が長くなる彼女の性格がありありと表に出ている

『私は私で落ち着いてるの!私がこの生き方を幸せって思ってるから選んだの!ソレに比べてアナタはどうなのよ!』

酒でも飲んだのか?なんて冗談を絡める余裕も無く一方的に言われ続ける

『依存した奴らはアナタじゃなくて薬物ばかり!ゾンビみたいに求めて…アナタじゃなくても良いみたいな顔してさ!そんな奴ら相手にしてる時の自分の顔を鏡で見た事ある!?』

彼女は手入れなんてされてないビルの割れた窓ガラスを指さした

『嬉しいとも寂しいとも言えない顔してるの気づいてないでしょ!?アナタってそんな顔しながら相手してんのよ!!だから辞めろって言ってるの!!』

フーフーと荒く息をしては一気に口から息を吐いて…
潤んだ瞳をキッとこちらに向けて手を伸ばしてきた
殴られるのかと思って少し歯を食いしばったが…彼女は己の頬を包んだだけ

『そうしないと生きてけないんだったら私が生かすって言ってんじゃん。アナタは最高の友達なんだからさ。』

熱くなった感情が瞳から零れてくのが視界に映る
僅かに流れる静寂
確かに彼女に薬物を使用させてる己の姿を晒した事もある
その日からずっと言われてた言葉から目を背けて来たのがこの結果だ
だからこそ…艶のある唇を開いて彼女に伝えないといけない
…分かってる…

「…長生きしても60年の生命が何を言ってるんだよ。」

100年の寿命なんて己にとっては一瞬で過ぎる

「60年で何人が忘れると思う?何人が求めなくなると思う?」

長い年月は記憶を意図も容易く溶かす
世代が変わっていけば更にだ
60年は己にとっては短いけど…記憶にそんなものは関係無いのだ

「言ってるだろ?代わりなんていくらでも居るって。俺は忘れられたくないだけで、求められたいだけで…友達が欲しい訳じゃない。」

記憶や欲求を命綱のようにしている自分は1人の人間に依存出来ない
その人が死ねばそれまででしかない
死んだ人間に記憶も欲求も無いからだ

「キミの“忘れない”に俺が全てを賭けれる程に善人なら最初っからこんな場所に居ない、そうだろ?」

キミに甘えて…流れる時とキミの死に怯える自分の未来なんて恐ろしくて仕方がない

『じゃあなんで11年も私と居たのさ。』

それはキミがあまりにも眩しかったから

『いつだって言えたじゃん、そんな事。』

キミと他愛ない会話が続くならソレに甘えたかったから

『今更言うなんて最低だと思わない?』

ああ、最低だとも

『なんか言ってよ。』

頼むから離してくれ

『ねぇ。』

俺の為に泣かないで
俺の為に声をかけないで
俺の為に時間を無駄にしないで
俺の為に生きないで

「頼むから…もう…」

キミの何もかもが殴られるより痛いから

『ねぇねぇ』
「…なに…」
『アイツらの相手するより酷い顔してるよ?』

己のショルダーバッグからいそいそと何かを探したと思えば彼女は化粧直し用の小さな鏡を取り出す
そこに映るのはボロボロとほんのり赤を纏った涙を流す己の姿だ
綺麗なんて言葉が似合わない程に苦しそうな顔をしている

『アナタも罪な男だけど、友達泣かしちゃう私も罪な女だよね〜。』
「…急に冷静になんないでよ…」
『なんか自分より号泣してる人が居ると涙って引っ込まない?』
「…分からなくもないかな。」
『でしょ?』
「…なァんで怒ってたんだっけ?」
『えっとね、今日の晩御飯がハンバーグじゃなかったから怒ってるの。』
「すっごい流れるように嘘つくじゃん。」
『ハンバーグ食べた事ある?』
「ァ〜…無いね。」
『おーけー、しっとだうん。』
「…俺座ってるよ?」
『間違えた。すたんどあっぷ。』
「多種族統一言語の1つを普通に間違える大人ってどうなの?」
『いーから立ち上がれぃ!』

ふわりと羽織った黒いアウターを掴まれ…でろんでろんに伸ばされるんじゃないかと思う勢いで引っ張られる
先程まで言い合いしてたのに…コロコロと表情や態度を変える彼女がおかしく感じて…
ちょっとだけ笑ってから立ち上がる

『よしよし、ではお姉さんに着いてきなさい。』
「え?何処に?」
『私の家に招待します!』

一瞬彼女が何を言ってるのか分からずに固まった
いえ…い…家?

「な、なんで?」
『私達は簡単な結論を11年間見逃していたのだよ。』
「は?え?急に何?」
『そう、アナタが私の家に住み着いて、此処に通えばいいのさ。通勤みたいに。』
「いや、何も簡単じゃないよ?」
『アナタは私に此処に来ない方がいいと言ってるし、結婚しろって言ってるじゃん?』
「うん、言ったね。」
『つまりコレは事実婚になるって訳。』

なんてよく分からない結論を出したんだ
そんな事したってキミの寿命は伸びないし己が追われてる身なのも変わらない
俺は最終的に1人になって結局此処に戻ってくる

「…俺がキミを看取る可能性がある事を考慮してないの?」
『死ぬ事を計画に入れる人間は居ないよん♡』
「俺より最低な事言ってるの分かってる?」
『私が自分本意な人間だと今更気づいたの?』
「…人間ってバカなの?」
『そうそう、人間って自分にとって都合の良い部分だけを味わってたいバカなの。』

グイグイと己の手を引いて無法地帯から…国として謳われる地区に移動を始める彼女

「…え?本当に連れてくつもり?」
『いえーす!』

最低で最悪とも呼べる状況を振り払う事なんていくらでも出来た
彼女の手を思いっきり振り払って逃げ出せば良いのだ
体力が有限な人間を振り切るなんて簡単だ

『案外素直に着いてきてくれるんだね。』

…ソレが出来るのなら11年間も無法地帯に来続ける彼女の前に現れない

「興味本位でキミに構うんじゃなかった…。」
『アナタって興味本位でやらかす事多いよね〜。』
「本当だよ…。」
『まぁまぁ、私の手作りうまうまハンバーグを作ってあげるからさ。』
「…俺結婚出来ないからね?」
『事実婚だからセーフセーフ。』
「…薬物ばら撒くの毎日やるからね?」
『私が仕事行く時だけにしてね。無法地帯での事は目を瞑っといてあげよう。』
「…いつか捕まるかもしれないよ?」
『その時は無法地帯に逃避行しちゃおうぜ♡』

何を言っても彼女は己の言葉をザクザクと切り落とす
なんでこんな己に構うのだろうか
意味が分からない
モノ好きにも程がある
誰が犯罪者と一緒に法の下で暮らすと決めるのだろうか
無計画な事この上ない

「…キミって最悪な人間だよ。」
『でも〜?そんな私が〜?』

ニヤニヤしながら振り向く彼女
先程まで号泣してたせいで未だに目の周りが赤い
相も変わらず並びの悪い白い歯を見せて
人間の表情筋はここまで柔軟なのかと思う程に眉を動かして
今か今かと何かを期待してる顔

「…好きだよ。」
『よし!良かろう!!晩御飯は煮込みハンバーグにしてあげる!!』
「俺メンヘラだから毎日構ってね。」
『任せなさ〜い!コレでも5人に“重い”って理由で振られたから!!』
「11年間かけて誘拐する人間は重いよ。」
『そだ!アナタ名前無いんだよね?』
「誤魔化したよね?」
『ディープ・ローズはどう?ロゼって呼ぶからさ、赤い瞳によぉく似合うよ〜?』
「いつも通りアナタ呼びでも良いのに…。」
『愛称で呼び合いたいじゃん?ほら、私の事も“アニー”って呼んでよ!』
「アニー。」
『ふふーん、満足ぅ!!』

ずっと彼女のペースで話が進む
家に薬物をいつでも仕込める自分を置く予定なのに…
なんでキミはそんなに眩しく笑えるのだろうか…
きっと長い時を過ごしても理由なんて分からないけど
この時間に甘えていたいと考えてしまうからため息を零した


題名:永遠に
作者:M氏
出演:ロゼ兄


【あとがき】
この出演者は能力などが稀な世界観のバージョンと能力などが当たり前にある世界観のバージョンで分けていまして
今回の創作は後者となっております
有限だと分かりきってる出来事を永遠に感じていたいと思ってしまうのは感情を持つ生物の性ですよね
種族や寿命は違えど同じ感情を分かち合うのなら彼は人間の部類に入るのでは無いでしょうか
それは無理ですか
この2人は将来的に女性が亡くなり、出演してくれた彼は看取る事になります
追われる身だからこそ葬式等にも出られません
別れの挨拶なんて出来ません
悲恋とはこの事を言うんでしょうね

11/1/2023, 3:29:45 AM

[とある科学者のデータ1]
西暦✕✕20年…私達は義勇軍を設立した。悪に屈しないと決めた勇気ある者が集った軍だ。一人一人の力が本当に僅かなものだとしても私達は…義勇軍は力を合わせ奴らが作った“悪”を全て破壊し、いつか来る未来の為に足掻こうと思う。

[とある科学者のデータ2]
義勇軍を設立して数ヶ月経った。奴らの情報網に引っかかったようだ。高層で諜報班が襲撃に合い1人は行方不明、8人死亡、1人は生きてるのも不思議なくらいの重体だ。今は少しでも奴らの情報を手に入れる為に医療班が生き残った1人を治療している。

[とある科学者のデータ2.5]
初めての襲撃から数日…やっと生き残った1人が目覚めた。だが自分の下半身と右腕が無くなった事による精神的ショックにまともな会話も出来なくなった。それでも僅かな情報は得られた。奴らは一般的に知られている銃や刃物の威力を優に超えるほどの兵器を作成していた。彼から切り取った損傷の激しい腕と下半身がそれを物語っている。奴らの科学技術は危険だ。

[とある科学者のデータ3]
西暦✕✕21年。遠目に眺めてるだけでは奴らには敵わないと言う事実しか見えてこない。私達は奴らと同等…いや、それ以上の科学技術を必要とされている。奴らを殲滅する為には犠牲さえも厭わない程の攻撃が必要だ。

[とある科学者のデータ4]
必要なものが明確となったあの日から何度も議論を重ねた。私達は自ら申し出た者でチームとなり科学技術の奪取を目的とする兵器プラントの鎮圧作戦を立案。この作戦が上手く行くかは分からない…科学技術どころか仲間が何人も死ぬかもしれない…だが私達はやらなければいけない。

[とある科学者のデータ5]
ついに奴らの兵器プラントへの大規模攻撃作戦が決行される。昨晩は共に作戦を行う戦友達と新鮮な肉をたらふく食べた。それこそ腹がはち切れそうになるほど。流石に食い尽くしたら無事帰れた時の祝杯をあげられなくなるからと少しは残しておいた。作戦も入念に話し合った。戦う事に誰1人後悔などしてない。私達は奴らの思い通りにはならない。

[とある科学者のデータ5.5]
~このデータは削除されています~

[とある科学者のデータ6]
兵器プラントへの大規模攻撃は大成功に終わった。下層や最下層で過ごす私達は疲弊していて無理な反抗はしないとでも思っていたようだ。少しの損害は受けたものの私達は奴らから科学技術を奪取できたのだ。奪えた技術は人体改造や兵器作成のデータだった。もしかしたらこのデータを奪い返されるかもしれない。これを書き終わり次第すぐにでも技術開発に取り組まなければいけない。奪えたデータは奴らを倒す為の希望だ。無駄にする訳にはいかない。

[とある科学者のデータ6.5]
数日前に奴らから奪った化学兵器データを元に兵器ほどでは無いにしろ強力な武器を作成出来た。ここ数日は科学班の仲間と共に徹夜でサイボーグ化と兵器について研究し実用化まで繋げたのだ。何より膨大なデータに救われた。大規模攻撃作戦に参加して良かった。もしデータがなんの価値もないものだったら私達が衰弱死するのが先だっただろう…いや、奴らに殺される方が先だったかもしれない。どうかこの“十字架”が“悪”を裁く為の力として役立って欲しい。

[とある科学者のデータ7]
奪取したデータに中に“クローン”の基礎データを見つけた。義勇軍…いや、今は…ともかく私達は人員が不足している。サイボーグ化や兵器の技術を仲間達全員に施したとしても奴らに適うかは分からない。つまりクローン兵器の実現を目指す事は奴らとの戦いにも使える、悪い案では無いはずだ。もし人工知能と合わせれば繊細な技術を要する医療班や科学班の力にもなれるだろう。クローン作成、実用化について仲間と議論し早めに作成に取り掛かりたい。

[とある科学者のデータ7.5]
義勇団から名が変わり仲間達の雰囲気が変わった。完璧な実力社会のように階級を付けては下の者は上に逆らえないシステムを導入したのだ。反対はしたものの八割は階級システムに賛同した。だが悪い事は雰囲気が変わっただけだ。円滑に連携をとり敵を殲滅し帰ってくる仲間達を見るとメリットの方が大きく感じる。どうやら私は自分が戦力では無く科学班専属に宛てがわれた事に少し不満があっただけかもしれない。私は仲間達を信頼していると胸を張って言える自信があったが自分が思う以上に心が狭かったのだ。

[とある科学者のデータ8]
我々の成長は目覚しいものだ。数ヶ月前の不安など見る影もなく統率も戦闘方法も確立している。奴らから科学技術を奪う事も容易になった。サイボーグ化の実用化も可能となり今は時間を決めて科学班を数チームに分け生活基盤を整える為の開発にも手をつけられている。相変わらず人手は足りないがクローン開発にも着手出来る時間が出来た。自分の成す事が仲間達の今後に繋がる…そう思うと科学班専属も悪くない。

[とある科学者のデータ8.5]
クローン開発を進めているものの手元にあるデータの大半が基礎データや失敗データで占められている。戦闘班が日々新規の科学技術データを手に入れてくれるがクローンに対するデータは100分の1にも満たないだろう。いや、弱気になってはいけない。勢力拡大に成功していても人員が多いに越したことはない。医療班や科学班には私より眠れない仲間が居るのだ。彼らの負担を取り除く為にも…完成させるべきだ。

[とある科学者のデータ9]
人工生命体がやっとの事で形になった。とはいえ完成には程遠く実用できるまでが果てしなく遠い…。だが起動は出来ないものの人工生命体としての形が出来たのは大きな前進だ。自立し、精密な動きが出来るだけでも救われる仲間が居る…現段階では自立が出来る事を簡易的な目標としよう。

[とある科学者のデータ10]
西暦✕✕24年。仲間達は変わった。もう手遅れだ。いくら科学技術が手に入り“十字架”の改良が重ねられてるからと言っても奪われた科学技術のデータからやる事の大半を奴らは予測できるはず…。それなのにも関わらず奴らの本拠地への大規模攻撃作戦の立案…ふざけるな。明らかに危険だ。サイボーグ化による強化も安定しているが仲間達が皆サイボーグ化を施されている訳では無い。こんな所で階級制度が仇になるとは思わなかった。残り3日…仲間達が行くまでの残り3日で少しでも戦力となれる何かをしなければ…。

[とある科学者のデータ10.5]
だれもしなせたくない

[とある科学者のデータ11]
記録を残そうと思い立つまで思ったより時間がかかった。結論から言うと我々はほぼ壊滅状態だ。唯一生き残った数人はこのアジトへのアクセスキー…いつの日か私達の希望と称した“十字架”を奪われた挙句ボロボロの身体で帰ってきた。希望も何も無かったのだ。せめてもの足掻きに拠点の科学班が作り上げた科学技術を守ろうとアクセスキーを根本から変更、その為のセキュリティシステムの開発、戯れるかのようにアジト付近を襲撃する奴らの下っ端の処理、生活基盤として開発に成功した完全栄養家畜の惨殺や窃盗による食糧難…様々な問題が一気に降り注いだのだ。更に上記の影響で“十字架”の改良は大幅に遅れ奴らの対処はおろか下層、最下層から来る理性を無くした薬物中毒者の対処も難しくなった。

[とある科学者のデータ11.5]
実力だけを見た階級制度が今となり牙を向き始めた。下をまとめる者が居なくなりかつての仲間達は互いを怒鳴り合い貶し合っている。また朝になれば見知った顔が1人2人居なくなっているだろう。当たり前だ…武器も何も無い私達がここまでやれたのは信じ合える仲間や強い信念があったからだ。上が居なくなった事で何一つ統率の取れていない今の惨状を…今は亡き仲間はどんな顔で眺めてるのだろうか…。

[とある科学者のデータ12]
私達は各々が各々の道を歩む事を決めた。誰かを救いたいなら救う、奴らの仲間になるならなる、上手くいっていた頃の義勇軍の再構築を目指すものも居た。私は何をすれば良いのだろうか…何をしたかったのだろうか…どうして私はあの頃の仲間達と共に奴らの元に行かなかったのだろうか…もし行けてたのなら…きっと…こんな苦しみを味わう事無く全て終わらせられていたのに…。

[とある科学者のデータ13]
自分の作りたいものを作ろう。作りたいものは沢山ある。クローンも途中だ、せめて自分の助手にでもなってもらおう。非活動区域に踏み込める特殊な防護服も作りたい。いや、ソレを作るよりも非活動区域の原因である黒煙を取り除く術を考えた方が良いのではないか?取り除く為の機械を作ろう。自分を守れる為に自らのサイボーグ化も検討しよう、拒絶反応の確立なんて知ったこっちゃない、どうせ誰も居ない、どんなに自分の為に時間を使っても誰にも迷惑をかけない、なんて楽なんだ。

[とある科学者のデータ13.5]
懐かしい場所に足を踏み込んだ。初めて大きな戦果を残したあの地だ。少しばかりの研究材料が残っていればと期待していたが建物は劣化し倒壊している。だが時間はいくらでもある。何か一つでも材料として使えるものが得られればそれでいいのだ。

[とある科学者のデータ14]
日々下層を探索する事で集めた材料を使い防護服と黒煙を清浄する装置を作った。防護服は少しマシになる程度だがガスマスクのおかげで内蔵が爛れる事は無い。まさか奴らがばらまいた薬物硬貨の欠片が役立つとは思わなかった。どんなものでも集めてみるものだ。明日は黒煙を清浄する装置がどれほどの効果を発揮できるか検証する為に非活動区域に踏み込む。少しづつでも改良すれば人間1人が生活するのに何の不便も無いだろう。

[とある科学者のデータ15]
人工生命体の素体は完成した。髪も生えてないし生殖器も無い、挙句には眼球全体が緑で白目や黒目の境界線もない…その姿はエイリアンの見た目に近いかもしれない。もう少し見た目を変えてみよう。出来る限り人間に近づければ親近感が湧きやすいはずだ。

[とある科学者のデータ16]
黒煙の清浄装置を作成して何日経ったかは分からない。だがやっとの事で完成した。改良に改良を重ねて非活動区域の中でも比較的黒煙が薄い所なら高層と同等の空気にまで清浄可能になった。とはいえ範囲が限られている為、理想の地形を見つけては幾つもの装置を運び入れなければいけない。もしそこで人が暮らせるようになったら“人工活動区域”と呼ぼう。クローンの核が完成したら共に“人工活動区域”で作りたいものを作るのだ。

[とある科学者のデータ17]
クローンの核が完成した。人工生命体の見た目も比較的人間に近づけた。とはいえサンプルとなるモデルが自分しか居なかったからモデルは男性になったが…まぁサンプルが居たとしても恋愛のひとつも知らない自分は何も出来ない…ならコレで良いという事にしよう。何はともあれ近日中には核を人工生命体に埋め込み黒煙清浄装置の移送をしたい。その為にも“人工活動区域”の理想地形を探さなければ。

[とある科学者のデータ18]
ついにクローンが完成した。作成しようとしたのが何年前…いや、正確な時間は分からないが十数年前かもしれない。歩くどころか形にもならなかったあの頃の自分に自慢してやりたいくらいの出来だ。草原をイメージした髪色が動く度にキラキラと光る様は昔の物語に登場する緑の妖精を彷彿とさせる。しかも喜ぶ私の声に反応しオウム返ししたのだ。まだ言葉の意味を理解していないにしろ言葉を話せる…対話の可能性を見せてくれた。表情を真似する事も出来る。人間の幼子と同じ事をしているんだよ。こんな自慢話を出来る相手なんて居ないが私は彼をこの世に生まれさせて良かったと心から言える。

[とある科学者のデータ19]
“人工活動区域”も少しづつ生活基盤が整ってきた。先日は湧水の汚染物質を取り除く薬品も作った。黒煙清浄装置と根底は同じで汚染物質と薬品を混ぜ合わせた際に起こる化学反応を利用し無毒の飲料可能水に変える。最下層や下層に薬品を共有したい気持ちはあるが制作コストが高く限られた量しか作れない…今この状態で情報を流出させれば争いの種になりかねない…平等に分け与えられない科学技術はこの地で留めておく方が良い。

[とある科学者のデータ20]
“非活動区域”に何度も足を踏み、サイボーグ化の拒絶反応を騙していた影響が今になって出てきた。恐らく私はもう長く生きられないだろう。私が死んだら彼はどうなってしまうのだろうか。1人で生きていけるのだろうか。彼と過ごす事で孤独に生涯を負えずに済んだにも関わらず私は彼を孤独な世界に突き落とすしか無いのだろうか…。

[とある科学者のデータ21]
数多の失敗を書き記したクローンデータでは彼の事を“Cm-614352-K”と記載している。だが彼は私の右腕であり仲間であり家族のような存在だ。実験動物のように扱うのも気が引ける。早めに名前を考えなければいけないな。

[とある科学者のデータ22]
私が薬で苦痛を誤魔化していたのが彼にバレてしまった。少し顔を歪ませるだけで悲しむ彼を見るのが辛い。血の繋がりは無くとも我が子のように愛してる。悲しみなんて感じさせたくない。

[とある科学者のデータ23]
彼の感情の『哀と怒の関連思考を削除』した。

[とある科学者のデータ24]
彼が誰にも傷つけられないように『再生細胞を利用した修復機能を搭載』した。

[とある科学者のデータ25]
彼が私を知っている人に少しでも会えるように『“十字架”の情報データ』を入れた。

[とある科学者のデータ26]
遅くなってごめんな。君の名前は“フェル・リフ”だ。センスが無いって笑わないでくれよ。これでも精一杯考えたんだ。大事にしてくれると嬉しいよ。

[とある科学者のデータ27]
“フェル”。君は誰かを守る為に、助ける為に作られたんだ。でも無理に誰かを助けようとなんてしなくていい。君は私にとって大事な大事な子供なんだ。だからこそ、いっぱい幸せに過ごしてほしい。

[とある科学者のデータ28]
こんな世界に独りにさせてごめんよ。ずっと傍に居てあげられなくてごめんよ。泣く事も怒る事も許してあげられなくてごめんよ。連れて行ってあげられなくてごめんよ。

[とある科学者のデータ29]
“フェル”。私は君をずっと愛しているよ。

[とある科学者のデータ30]
彼の記憶データから『私のデータを削除』した。

……………………………………………………………

~自動再起動システム作動~

~プログラム接触が感知されず指定期限を迎えました~

~クローンの再起動を開始します~

~自動バックアップシステム作動~

~プログラム接触が感知されず指定期限を迎えました~

~重要データ『フェル・リフ』『フェル・リフの製造機作成方法』『クローン基礎データ』『再生細胞による修復能力』『良い親の定義』『核の改良』『DNA兵器応用』『人工知能“心”』『フェル・リフの記憶データ再ダウンロード』を小型データパックに移送します~

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「ボクはアナタを忘れたくなかった」
「でもアナタはボクが傷つかないように」
「辛い選択をしてくれたんですよね」
「…」
「“人は死んだら天国に行く”と言っていましたね」
「天国には綺麗な空気があって」
「美味しいご飯があって」
「柔らかなベッドがあって」
「色とりどりの花があって」
「とても美しい場所だと言っていましたね」
「…アナタが遺した“人工活動区域”みたいな場所だとボクは思います」
「…」
「天国からは何でも見えるとも聞きました」
「どうか天国からボクを見守っていてください」
「アナタが目指していた形を絶対に創ってみせます」
「なので…もしボクの身体に“死”が訪れた時は」
「ボクの遺したものを沢山見たと褒めてください」
「また頭を撫でてください」
「また抱き締めてください」
「また家族になってください」
「ボクもずっとアナタを愛しています」


題名:理想郷
作者:M氏
出演:とある科学者とクローン


【あとがき】
めっちゃくちゃアレですね
世界観が凝り固まってる創作ですよね
とある世界観を元に1人で妄想して書きなぐっていた創作物です
科学者が目指した理想郷はどんなものだったのでしょうか
クローンが目指す理想郷はどんなものなのでしょうか
M氏の頭じゃきっと思い付かないような
素敵なものを出してくれるのでしょうね

血も種族も関係無く彼らは家族であり仲間であり最高のパートナーだったと私は思っています

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