M氏:創作:短編小説

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『だってアナタは忘れられたくないだけでしょ?』

黒づくめの服を纏う己と対象的で…白いブラウスシャツが似合う彼女は見せるようにわざわざ己の前に立って言葉を放つ

『なら私が居るじゃん。絶対に忘れないって自信あるよ?記憶力も結構あるしね。』

そう言ってあどけない笑顔を向ける
八重歯のせいで僅かに乱れた歯並びが笑う事で顕になる

この笑顔を見る度に厄介な女性に声をかけてしまったと後悔する
メソメソ泣きながら無法地帯を歩む彼女を上手くヤク漬けにしようと目論んでたが…
声を掛けた途端にワンワン泣かれるし
彼氏に振られたと堰を切ったように話し出すし
共感して隙を見て“プレゼント”でも与えようとしたのに全て“話を聞いてくれるだけで良い”なんて断るし
挙句の果てには“良い人だね”なんて懐くし
わざわざ無法地帯を出歩いてまで会いに来るようになったし
己は無法地帯でしか生きてけないからと能力を見せても怯えずに会話するし

今となってはしょっちゅう身売りをするように依存させるのは辞めろと言い出す始末…

「初めて会った場所を細かく覚えてる事から分かるけどさァ…キミの記憶力と俺の生き方は関係無いよね?」
『赤の他人にゾンビみたいに求められるよりも良いと思うよ?ほら、一時の関係より永続的な関係のが気持ちいいじゃん。』
「ずーっと仲良しこよしなんて出来ないと思うけどねェ。」
『なんでそんな酷い事言うの!?友達でしょ〜?出会って1時間でゲボ吐いた仲じゃん。』
「自分が吐いた事なんてよく覚えてるね〜凄い凄い。」
『ソレについては謝ってるからセーフセーフ!』

何度も日を跨いで会話を重ねて
己が人を依存させる理由を吐かされて
友達になろう、私は忘れない、なんて宣ってさも友達のように振る舞う
そんな姿が眩しくて仕方がない

「俺に構うよりも新しい恋人作ったら?こんな所に何度も来るより安全で幸せだよ。」
『とか言っちゃって〜私が来なくなったら泣いちゃうでしょ〜?』
「生憎だけど俺には沢山代わりが居るんでね〜」
『人の乙女心をなんだと思ってんの!?麗しい果実なんだけど!?』
「キミより俺の方が美人だから安心して」
『何をどう取ったら安心になるのかが分からないって!』
「そばかすを隠せる程のメイクを覚えて歯を矯正すれば変わると思うよ?」
『最初のは甘んじて受け入れてあげるけど矯正に関しては一般市民がヒョイっと出せる金額じゃないからね!!』
「へーそーなんだー」
『昔も今も貧富の差は縮まらないんだよーん』
「キミも苦労してるんだねェ」
『そりゃぁもう社会人ですから』

なんの生産性もない会話を繰り返して…彼女になんの得があるんだろうか
いや、何故依存させる事が叶わない相手にこうも自分は時間を使ってるのだろうか
自分にとっては数日とも呼べる時間…彼女はどれくらいのものとして捉えてるのだろうか

「そっかァ、キミも社会人かァ…。」
『え?そんな若く見える?照れる〜!』
「いや、時の流れが早いなァって意味で…キミは老けたと思うよ?」
『もうそろそろその口にファスナーを付ける事が許される気がしてきた。』
「俺は何年経っても変わらないからねェ。」
『誤魔化した?今誤魔化したの?』
「出会ってから何年だっけ?」
『…18の冬に出会ったから…もうすぐ11年くらいじゃない?』
「…キミって本当に暇なんだね。」
『それはアナタも言えないって〜。』

つまり彼女はあどけなさを残してるものの30近く…
人間にとって11年と言う時は長い
100年行くか行かないかの寿命の10分の1だ
彼女の年齢は…終わりまでだいたい3分の1となる

「結婚でもしたら?」
『親と同じ事言うじゃ〜ん?』
「人間の寿命は短いんだから…。」
『それは親と同じでは無いなぁ。』
「俺が言うのもなんだけどキミは普通に生きるべきだよ。」

ニコニコと笑ってた彼女が
目の前に立っていた彼女が隣に座り直す
さっきまでの和やかな空気が冷たく感じる
未だに夏の残り香を風が運ぶのに…
彼女を突き放そうとする時だけ寒く感じてしまう

『私が忘れないから依存させるのは辞めなよって言う提案を聞き入れないのに…アナタは私に提案するの?』
「元から生きる世界が違うんだよ。人間のキミと薬物の塊みたいな俺が関わってるのがおかしいの。」
『薬物を出さなければアナタも一般人でしょ?』
「無法地帯で生きてる理由って話したよね?」
『…研究所で過ごしてたけど危険な薬物を作っちゃったから処分されかけたって話でしょ?』

己は僅かの時間…いや、人間にとっては長い年月を研究所と言う場所で過ごした
親も居場所も無い…種族さえ分からない人が集められて能力や種族、その特性…諸々の活用法や危険性の無さを調べる為の場所だ
危険が無ければ法律に守られ、社会に溶け込む事が出来る
なんなら能力や種族特性に見合った生き方を教われる
大きい国にしか存在しないと言う欠点はあるが表向きだけ見れば素晴らしい慈善施設だろう

己は半ば興味本位でそこに身を置いてた

“医療に貢献出来るのでは”なんて言われたり“危険だ”と言われたり
軽く眺めよう感覚で身を置くには窮屈を強いられた
挙句の果てに診察と称した人体実験で産まれた己の能力の象徴を理由に“処理対象”
データを取るだけ取って秘密裏に処理されかけたから施設を半壊させて逃げた
まぁ残ったデータで己が無法地帯でしか生きられないキッカケになったが…

「そ、だからキミが俺と関わるのはおかしいんだよ。」
『でもさ、匿う人が居れば普通に生きれるじゃん。』
「そんな甘い世界ならキミが言う貧富の差ってのは無くなるんじゃない?」
『言えてる〜。』
「理解出来たなら来ない方が良いと思うよ。」
『とm』
「友達としての忠告だよ。」
『…』

畳み掛けるように伝えれば彼女は口を閉ざした
何度かのらりくらりと躱されてたが…必要な事実だ
社会に生きる彼女と社会に追われる自分は交わらない方が良い
堕ちてくるのなら歓迎するけど…堕ちないなら彼女は此処に居るべきじゃない

『分かった。』
「ん、もう此処には来ないでね。」
『だが断る。』
「…ん?」
『身分とか種族とか関係無いよ。私は会いたい人に会うし、仲良くしたい人と仲良くする。』
「いや、そうじゃなくてさァ…。」
『週1会いに来るって頻度は考えてやろう!月1くらいにしてあげなくもないよ!』
「だから!」
『友達に会いに来て何が悪いの!?』

声を張る彼女の声が無法地帯の道に響く
死んだように静かな場所を選んで会うせいか予想以上に反響した

『未だに結婚とか子供とか言うけどさぁ、私は普通に仕事してるし生きてるし、そりゃアナタと出会ってからの11年間出会いが無かった訳じゃないよ?でもさ、恋愛よか友達とくっだらない事話したり仲良くしたりする時間が楽しいから此処に来てる訳じゃん!』

熱くなると話が長くなる彼女の性格がありありと表に出ている

『私は私で落ち着いてるの!私がこの生き方を幸せって思ってるから選んだの!ソレに比べてアナタはどうなのよ!』

酒でも飲んだのか?なんて冗談を絡める余裕も無く一方的に言われ続ける

『依存した奴らはアナタじゃなくて薬物ばかり!ゾンビみたいに求めて…アナタじゃなくても良いみたいな顔してさ!そんな奴ら相手にしてる時の自分の顔を鏡で見た事ある!?』

彼女は手入れなんてされてないビルの割れた窓ガラスを指さした

『嬉しいとも寂しいとも言えない顔してるの気づいてないでしょ!?アナタってそんな顔しながら相手してんのよ!!だから辞めろって言ってるの!!』

フーフーと荒く息をしては一気に口から息を吐いて…
潤んだ瞳をキッとこちらに向けて手を伸ばしてきた
殴られるのかと思って少し歯を食いしばったが…彼女は己の頬を包んだだけ

『そうしないと生きてけないんだったら私が生かすって言ってんじゃん。アナタは最高の友達なんだからさ。』

熱くなった感情が瞳から零れてくのが視界に映る
僅かに流れる静寂
確かに彼女に薬物を使用させてる己の姿を晒した事もある
その日からずっと言われてた言葉から目を背けて来たのがこの結果だ
だからこそ…艶のある唇を開いて彼女に伝えないといけない
…分かってる…

「…長生きしても60年の生命が何を言ってるんだよ。」

100年の寿命なんて己にとっては一瞬で過ぎる

「60年で何人が忘れると思う?何人が求めなくなると思う?」

長い年月は記憶を意図も容易く溶かす
世代が変わっていけば更にだ
60年は己にとっては短いけど…記憶にそんなものは関係無いのだ

「言ってるだろ?代わりなんていくらでも居るって。俺は忘れられたくないだけで、求められたいだけで…友達が欲しい訳じゃない。」

記憶や欲求を命綱のようにしている自分は1人の人間に依存出来ない
その人が死ねばそれまででしかない
死んだ人間に記憶も欲求も無いからだ

「キミの“忘れない”に俺が全てを賭けれる程に善人なら最初っからこんな場所に居ない、そうだろ?」

キミに甘えて…流れる時とキミの死に怯える自分の未来なんて恐ろしくて仕方がない

『じゃあなんで11年も私と居たのさ。』

それはキミがあまりにも眩しかったから

『いつだって言えたじゃん、そんな事。』

キミと他愛ない会話が続くならソレに甘えたかったから

『今更言うなんて最低だと思わない?』

ああ、最低だとも

『なんか言ってよ。』

頼むから離してくれ

『ねぇ。』

俺の為に泣かないで
俺の為に声をかけないで
俺の為に時間を無駄にしないで
俺の為に生きないで

「頼むから…もう…」

キミの何もかもが殴られるより痛いから

『ねぇねぇ』
「…なに…」
『アイツらの相手するより酷い顔してるよ?』

己のショルダーバッグからいそいそと何かを探したと思えば彼女は化粧直し用の小さな鏡を取り出す
そこに映るのはボロボロとほんのり赤を纏った涙を流す己の姿だ
綺麗なんて言葉が似合わない程に苦しそうな顔をしている

『アナタも罪な男だけど、友達泣かしちゃう私も罪な女だよね〜。』
「…急に冷静になんないでよ…」
『なんか自分より号泣してる人が居ると涙って引っ込まない?』
「…分からなくもないかな。」
『でしょ?』
「…なァんで怒ってたんだっけ?」
『えっとね、今日の晩御飯がハンバーグじゃなかったから怒ってるの。』
「すっごい流れるように嘘つくじゃん。」
『ハンバーグ食べた事ある?』
「ァ〜…無いね。」
『おーけー、しっとだうん。』
「…俺座ってるよ?」
『間違えた。すたんどあっぷ。』
「多種族統一言語の1つを普通に間違える大人ってどうなの?」
『いーから立ち上がれぃ!』

ふわりと羽織った黒いアウターを掴まれ…でろんでろんに伸ばされるんじゃないかと思う勢いで引っ張られる
先程まで言い合いしてたのに…コロコロと表情や態度を変える彼女がおかしく感じて…
ちょっとだけ笑ってから立ち上がる

『よしよし、ではお姉さんに着いてきなさい。』
「え?何処に?」
『私の家に招待します!』

一瞬彼女が何を言ってるのか分からずに固まった
いえ…い…家?

「な、なんで?」
『私達は簡単な結論を11年間見逃していたのだよ。』
「は?え?急に何?」
『そう、アナタが私の家に住み着いて、此処に通えばいいのさ。通勤みたいに。』
「いや、何も簡単じゃないよ?」
『アナタは私に此処に来ない方がいいと言ってるし、結婚しろって言ってるじゃん?』
「うん、言ったね。」
『つまりコレは事実婚になるって訳。』

なんてよく分からない結論を出したんだ
そんな事したってキミの寿命は伸びないし己が追われてる身なのも変わらない
俺は最終的に1人になって結局此処に戻ってくる

「…俺がキミを看取る可能性がある事を考慮してないの?」
『死ぬ事を計画に入れる人間は居ないよん♡』
「俺より最低な事言ってるの分かってる?」
『私が自分本意な人間だと今更気づいたの?』
「…人間ってバカなの?」
『そうそう、人間って自分にとって都合の良い部分だけを味わってたいバカなの。』

グイグイと己の手を引いて無法地帯から…国として謳われる地区に移動を始める彼女

「…え?本当に連れてくつもり?」
『いえーす!』

最低で最悪とも呼べる状況を振り払う事なんていくらでも出来た
彼女の手を思いっきり振り払って逃げ出せば良いのだ
体力が有限な人間を振り切るなんて簡単だ

『案外素直に着いてきてくれるんだね。』

…ソレが出来るのなら11年間も無法地帯に来続ける彼女の前に現れない

「興味本位でキミに構うんじゃなかった…。」
『アナタって興味本位でやらかす事多いよね〜。』
「本当だよ…。」
『まぁまぁ、私の手作りうまうまハンバーグを作ってあげるからさ。』
「…俺結婚出来ないからね?」
『事実婚だからセーフセーフ。』
「…薬物ばら撒くの毎日やるからね?」
『私が仕事行く時だけにしてね。無法地帯での事は目を瞑っといてあげよう。』
「…いつか捕まるかもしれないよ?」
『その時は無法地帯に逃避行しちゃおうぜ♡』

何を言っても彼女は己の言葉をザクザクと切り落とす
なんでこんな己に構うのだろうか
意味が分からない
モノ好きにも程がある
誰が犯罪者と一緒に法の下で暮らすと決めるのだろうか
無計画な事この上ない

「…キミって最悪な人間だよ。」
『でも〜?そんな私が〜?』

ニヤニヤしながら振り向く彼女
先程まで号泣してたせいで未だに目の周りが赤い
相も変わらず並びの悪い白い歯を見せて
人間の表情筋はここまで柔軟なのかと思う程に眉を動かして
今か今かと何かを期待してる顔

「…好きだよ。」
『よし!良かろう!!晩御飯は煮込みハンバーグにしてあげる!!』
「俺メンヘラだから毎日構ってね。」
『任せなさ〜い!コレでも5人に“重い”って理由で振られたから!!』
「11年間かけて誘拐する人間は重いよ。」
『そだ!アナタ名前無いんだよね?』
「誤魔化したよね?」
『ディープ・ローズはどう?ロゼって呼ぶからさ、赤い瞳によぉく似合うよ〜?』
「いつも通りアナタ呼びでも良いのに…。」
『愛称で呼び合いたいじゃん?ほら、私の事も“アニー”って呼んでよ!』
「アニー。」
『ふふーん、満足ぅ!!』

ずっと彼女のペースで話が進む
家に薬物をいつでも仕込める自分を置く予定なのに…
なんでキミはそんなに眩しく笑えるのだろうか…
きっと長い時を過ごしても理由なんて分からないけど
この時間に甘えていたいと考えてしまうからため息を零した


題名:永遠に
作者:M氏
出演:ロゼ兄


【あとがき】
この出演者は能力などが稀な世界観のバージョンと能力などが当たり前にある世界観のバージョンで分けていまして
今回の創作は後者となっております
有限だと分かりきってる出来事を永遠に感じていたいと思ってしまうのは感情を持つ生物の性ですよね
種族や寿命は違えど同じ感情を分かち合うのなら彼は人間の部類に入るのでは無いでしょうか
それは無理ですか
この2人は将来的に女性が亡くなり、出演してくれた彼は看取る事になります
追われる身だからこそ葬式等にも出られません
別れの挨拶なんて出来ません
悲恋とはこの事を言うんでしょうね

11/1/2023, 4:44:04 PM