M氏:創作:短編小説

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「もォ〜なんでこう頻繁に鏡を割るんですかァ?」

トレーニング終わりと思われる女性にため息を吐きながら問う
嗅覚を擽る汗と血の匂いは心地良さを覚えるが…
高頻度で拠点の鏡を破壊する彼女には頭を抱えるものだ
誰が新しい鏡を用意したり掃除したりするのかを理解してるのだろうか

『すまない…』

反省はしているらしく鋭い目を伏せて謝罪を零す
落ちた鏡の破片を拾っては紙袋にカシャカシャと投げ捨てながら彼女の拳を見た
パタパタと床に零れる赤い液体

「阿樹羅さんは充分強いと思いますよ」

立場上は彼女の方が先輩だが所属歴は自分の方が上
幼い頭でも彼女と言う…“阿樹羅”と言う人間に対して理解はしてる

『寝言は寝てから言え、私はまだ強くなれる』

そう返すも血が流れる拳に力が入る彼女
彼女は思った以上に怖がりでネガティブなのだ
“自分はコレ以上強くなれないかもしれない”と言う漠然とした不安が彼女を苛立たせる
その不安を性別に押し付けるから己を嫌う
ため息が出てしまう

「そうですねェ…拠点の備品を破壊しない程度に加減が出来るようになればもっと強くなれるのでは?」

あらかた拾いきった鏡の破片をカシャンと振る
軽い皮肉だが幼子に後処理をさせてると言う自覚はあるのだろう
文句を言わずに目を逸らすだけ
まるで幼い子供の相手をしてるようだ
10も歳上の相手にそんな事を思うのは失礼か…

「手当しますから共有ルームに行っててください、オレはもうちょい破片を片付けてます」
『これくらい大丈夫だ、手伝わせt』
「阿樹羅さん」

ただ名を呼ぶだけで肩を跳ねさせないで欲しい
まるで自分が虐めてるみたいじゃないか
トンと跳ねるように彼女に近付いて
鏡を叩き割った手を
切れて血が流れた手を優しく掴む

「怪我は早めに処置しましょう、怪我人が無駄に動くのは辞めましょう、コレは先人の知恵です」

彼女の高い視線を見上げて
切れ長の青い瞳を覗き込む

「なので先に共有ルームに行っててください、オレからのお願いです」

彼女は一瞬ばかり身体を強ばらせてから優しく包まれた手を自分の方へ引き寄せた

『分かった』
「ありがとうございます!助かりますねェ☆」

共有ルームに向かう為に部屋から立ち去ろうとする彼女の背中に軽く手を振る
少しばかり振り返った彼女は僅かな置き土産をした

『私にその顔を向けるな』

去って行った彼女の言葉に僅かに首を傾げた
そして割れ残った鏡を見やる
そこには腹を好かせた獣のように瞳孔を開き
歪な笑顔を見せている少年と目が合った

「クハハッ溜まってんのかなァ?」

少しばかり笑った少年は
血の着いた指先にソッと舌を触れさせた
苦くてしょっぱくて
愛おしさを感じる味だった


題名:鏡の中の自分
作者:M氏
出演:🎗(🐉)


【あとがき】
血の味って美味しいよね(脳死あとがき失礼)

11/3/2023, 11:23:18 AM