M氏:創作:短編小説

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白い壁を無言で引っ掻いてた
特別やる事が無かったから引っ掻いてた
ベッドに繋がった拘束具がカシカシと鳴る
自分の心音以外に鳴る音がソレと
壁を引っ掻く度にゴリゴリと指先に響くモノだけ

なんで自分がこうなったのかは分かってる
養護施設で首吊り自殺をして未遂に終わったからだ
なんで首吊り自殺をしようとしたかと言うと
単純に死にたかったからであって
なんで死にたかったかと言うと
周りに馴染めない自分が惨めだったから

学生に必要なのは勉学だと施設の大人が言って
14にもなって16時までの門限を守り続けて
スマホが普及した世の中で通信機器を許されなくて
クラスLINEにたまたま居なかった自分はイジメのターゲットになって
施設に居る子は親に捨てられたとか
親が犯罪者だから頭がおかしいとか
障害者の子供だからコイツもそうだろとか
比較的事実に近いものに尾鰭が付いて揺れて流れて
自分は独りになった

興味本位で近付いた子は確かに居た
施設に行く前は何処に居たのか
どんな学校に通っていたのか
趣味はあるか
どんなものが好きか
色々な事を聞いてくれたけど何一つまともに答えられなかった
自分の居た場所は分かるけど何があったのかは分からなかった
一応学校には通っていたけどまともに通えてなくて昔の友達なんて居なかったから会話も弾まなかった
趣味として胸を張って言えるものも無くて
好きなものを問われても何も浮かばなかった

本を読めば気持ち悪いと言われたから
絵を描けば下手だと言われたから
夢を語ればお前には無理だと言われたから
欲しいものなんてお前には必要ないと言われたから
何も求められなくて
自慢げにコレが好きだとか何も言えなくなって

つまらなかったんだろうな
何も無い自分が哀れだったんだろうな
せっかく話しかけてくれた子も居なくなって
結局独りで
破れたノートとか汚れた教科書とか当たり前で
すれ違えば汚いとか臭いとか言われて

辛かったんだろうな

施設に帰れば同じ施設の子が泣いてて
こんな生活は嫌だとか言ってて
そんな子を外に締め出すとか当たり前で
稀にソレに巻き込まれる事もあって
中に入れたからと言ってやる事は勉強ばかりで
ストレスを吐き出したい子が盗みをしたり
物を壊したりするのにも巻き込まれて

なんかもう嫌になったから死にたくなった

細い方が首に食い込むって本で読んだから
ワイシャツをいそいそと裂いて編んで
思いの外手間のかかるやり方で死のうとして
てこの原理ってやつなのかな
ベランダの柵に繋げて
部屋干し用の物干し竿やベッドの柵に引っ掛けて
自分の体重が乗ってもちぎれないかを軽く確認して
首に括ってた感じ

意外とちゃんと締まってきて
意外とちゃんと苦しくなってきて
声も出なくて耳とかが熱くなってきて
目が変な感じになって
ちゃんと意識が飛んだ

誰が自分を見つけたとか分かってなくて
気が付いたら病院に居て
ボーッとした意識の中で首吊り死体って汚いよなとか考えてた
舌が出たり酷い時は目が出てたり
首が重力で伸びて下からは出るもん出ちゃってて
おもらしとかしてたのかな
してたら嫌だな
次は首吊りは辞めとこって思ってた

で、精神病棟に入院してる
我ながら馬鹿だなとは思う
もっとバレない場所で死ねば良かったのになって思う
そういう話じゃないって先生が怒ってたけどさ
死にたかったんだから仕方ないじゃん

助けを求めて結局どうするの?
施設なんて空きが無くて子供がすしずめ状態なのにさ
学校でイジメを受けたからと言って転校なんて出来ないじゃん
相談すればなんとかなるって言ったってさ
自分は変わらず誰にも馴染めないし面白い事も言えないんだから結局独りになるじゃん

キッカケが趣味も何も無いつまらない施設の子だったけどさ
趣味を作る為に施設が協力してくれるの?
学生の本分は勉強ですって言ってテレビもスマホも見れない持たせない
月に貰えるお小遣いだって勉強用の参考書やノート、鉛筆とかにしか使わせない
外に自由に出してくれなければ服だって決まったもの以外着ちゃいけなくて
そんな状態で趣味なんて持てるわけないじゃん

じゃあ施設の子じゃなくなればいいの?
小学生に身売りを頼む大人の元に帰れば良かったの?
そうすれば少なくとも施設の子じゃないもんね
犯罪者で障害者の親の子には変わりないけど

「結局みんな助けてくれないじゃん」
「助けられる訳無いじゃん」
「助けてもらった結果がコレなんだからさ」
「助けたい救いたいなんてさ」
「出来るわけないのに一丁前に主張して」
「結局やってる事はベッドに縛り付けて薬をぶち込むだけじゃんか」
「死にたいって願ってるヤツくらい殺せば良いじゃん」
「生きたいヤツに対しては全力で応援して手を貸してる癖して」
「死にたいヤツは縛り付けて薬で朦朧としてる時に死ぬのは悪い事だって教えこんでるだけ」
「死にたい原因を何とかできるほど大人は暇じゃないんだろ」
「そんな時間も余裕も何も無いから病院に入れて薬漬けのやり方なんだろ」
「こんなのに税金を使うなら勝手に死なせてくれよ」
「長期的に金を使い続けるより楽じゃん」
「早いし手軽じゃん」
「どうせ数年経てば可哀想な生命でしたねとか」
「あぁ、あの迷惑な死に方したヤツ?で終わるわけじゃん」
「じゃあ無駄に生かさずさっさと殺してくれよ」

スライドドアから聞こえるノック音と解錠の音
若い看護婦が名前を呼びかけて薬を促す
荒い息を整えて布団を被り直す
1度出て行った看護婦は薬とガムテープを持ってきた
剥がれた白い壁紙の下に書かれた文字が埋められてく

“死にたい”
“たすけて”
“出して”
“辛い”

雑にガムテープで埋められた言葉は全部この部屋で過ごしてた人達の声で
鉛筆で書いたもの
古くなった血で書いたもの
どんなもので書いてもその時のその人の本音であり
その時のその人なりの主張なんだろうと思うと
可哀想になってくる

「やっぱり安楽死は許されるべきだよ」

自分の言葉は“寝ましょうね”の一言で終わらせられて
強めの睡眠薬で掻き消される
回らなくなった頭が心地悪さを誘うから
目を閉じて深く呼吸をする
こんなに死にたいのに生きるのに必要な行為をする
虚しくて哀れで苦しくて惨めで寂しくて悔しくて寒くて辛くて怖くて

「…ころして…」


題名:眠りにつく前に
作者:M氏
出演:


【あとがき】
漠然とした死にたいって結構来るんですよね
大人になった今はそれを行動に移す程体力も何も無いんですけど
あの頃は若かったので結構軽率に死のうとしてましたね
あの頃は未来の自分に友達が居るとか旦那が居るとか
何か悪い事があっても笑って隠せる程の力を持てるとか
何一つ分かってなかったのもあってめちゃくちゃ死にたかったです
今は案外平穏だよって言ったらどう返すんだろうとふと思います
昔の自分とはいつか対談したいですよね
タイムマシンか何か出来たらいいですね

11/3/2023, 7:38:47 AM