仰向けになって星空を観ていた。夜に瞬く光のかけら。手を伸ばしてみると、遠い昔のことを思い出す。この広い宇宙のどこかに王子様がいるんだと思っていた。満天の星空からやってくるその人は、宇宙と同じ色の目をしている。美しい髪、美しい背筋。銀河の誰よりも美しいその手が、私を待っている。
あれから数十年。宇宙の王子様はやって来なかった。代わりに来てくれたのは、この星に生まれた、ありふれた男の人。真面目で、優しくて、いつもに嬉しそうに横にいてくれる人だ。
ちらりと隣を見る。その人は微笑んで、来てよかったねと言う。そうだねと返して、私は夜空に向き直る。美しい星たち。だけど、その美しさもこの人には敵わない。だって、こんなにも近くに居てくれるのだから。
ひぐらしの声に紛れて二人の子どもが駆けてきた。男の子はキョロキョロと辺りを見回し、見知らぬ場所にへの不安を露わにする。それを見た年上の女の子は、村の外れにある神社だと説明する。結構遠くまで来ちゃったわね、と腰に手を当てて困った様子だ。どうするのと問う少年に、少女はお参りしようと提案する。ちゃんとお家に帰れるように、神様にお願いするの。
幼馴染たちは手を添えてカラカラと鈴を鳴らす。小さな二つの手と頭。お姉ちゃんと無事に帰れますよーに。二人でずっといられますように。
ぱたぱたと去って行く二人を、微笑みとともに見送る。その後ろ姿が、大きく成長した背中と重なった。私は知っている。20年後、二人が再びここを訪ねてくれることを。
いつからあそこにいたのかは覚えてない。窮屈な箱の中。決まった時間にごはんが出てくる。それだけ。見えない壁があって、向こう側には神様がやってくる。たくさんの神様。匂いがわからないのが不気味で、じっと僕を見る目が怖くて、いつも箱の隅で震えてた。夜になれば少しは楽になれた。ビョウインの匂いの人がやってきて、僕と遊んでくれたから。でもいつも悲しそうな目をしていた。僕の頭を撫でながら、いい人に巡り合うんだよ、と言っていた。なんとなくわかってたんだ。僕は行かなくちゃいけないって。窓の向こう側に。たくさんの神様がいる場所に。
あの時、窓の向こうの君と目が合った時、僕は本物の神様と出会った。君はその小さな両手を壁につけて、ずっと僕を見ていた。二つの丸い瞳がきらきらしていて綺麗だった。ちっとも怖くなかった。それから君は言ったんだ。この子がいい、って。奇跡を告げる声はちゃんと僕にも聞こえていたよ。
はしゃぎ疲れた君が眠っている。大好きな匂い。毛布を引っ張ってきて、その体に掛ける。上手く広げられなくて不恰好だけど仕方がない。僕はその隣で目を閉じる。すやすやと君の呼吸が伝わってくる。あの時のことは時々思い出すけれど、こうして君に触れていればするりほどけて消える。後に残るのは守るべきものがある幸せだ。君がくれたもの、全部お返しできるといいな。
「あの雲、すっごい雲雲してるね」
「そうだね」
「なんかさー、こうもでっかいと飛びつきたくなるね」
「そうか?」
「思いっきりジャンプして〜雲に〜ダイブ!」
隣の友人は抱きつくポーズをして、きゃっきゃとはしゃいでいる。昔からあほだとは知っていたが、ここまであほだったとは。補習と暑さで拍車がかかっている。
「そんなに上手くいくか?」
「もふんっ」
私は想像する。遥か上空まで跳躍した友達は、どんどん小さくなり、やがて雲の一部にビタンと張り付いた。
「蜘蛛の巣に飛び込んだ虫みたい」
「えー気持ち悪い」
「急にテンション下がるな。というか、あそこまで跳べないだろ」
むすっとした友人は、それからはっとして、
「ふわふわの人が、ここにも〜!」
「あほか! 寄るな、暑いってのに!」
「いや〜、バチバチしないで〜」
遠くからゴロゴロと音が鳴っている。
私は翳りゆく空を眺めながら、いつまでここに居られるだろうか、などと考えた。
パチパチと爆ぜる火花が夏の夜を引っ掻く。手のひらほどの小さな光。君と見るはずだった大きな花火と比べれば、ほんの微かなものだ。夜空に打ち上がる力もなく、か弱い灯りを残してポトリと地に落ちてしまう。
僕の視線に気づき、君は楽しそうに線香花火を差し出す。勝負勝負と言いながら、その頬にほんの少しのごめんねを滲ませて。君はまだ、夏風邪を引いたことを悪く思っているらしい。
いいんだよ。僕は心から思う。僕は思いの外、この2人だけの花火大会を気に入ってたりする。君の横顔を一番の特等席から見られるのだ。君の笑顔はどんな花火よりも明るくて、綺麗だった。
肩を並べて線香花火を見守りながら、僕はその輝きに願う。どうかいつまでも咲いていてほしいと。