冗談という瓦礫を積み上げながら生きてきた。
他愛のない会話、しょうもないジョーク。
俺のダチは最高で、
毎日ゲラゲラ笑い合ってふざけ倒していた。
真面目な話なんて、したことなかった。
動画配信を始めたのも冗談半分だった。
内輪ノリがウケるはずもなく、
全然上手くいなかったけど、
面白いと言ってくれる人がいた。
また観たいと言ってくれる人もいた。
いつしか俺はのめり込んでいた。
そのうち有名になっちまうぜ、困るなあ!
それは楽しみだなあ! ダチはゲラゲラ笑う。
俺もゲラゲラ笑った。
月日が経ち、俺たちは酒が飲めるようになった。
「お前、まだやってんの?」
久しぶりに再会したダチは指輪を嵌めていた。
俺は冗談混じりに答える。
「やってるぜー? 視聴者が可愛くって縛られてんの」
真っ赤な嘘。
縛られてるのは、俺の方だ。
上手くいかない。
上手くならない。
上手くなれない。
有名人なんて、これっぽっちも手が届かない。
崩れそうだった。
真夜中。たった1人の窓辺。
積み上げてきた何かを見ようとして、
でも、そこには瓦礫すら無いような気がして。
もう、何が面白いかもわからない。
そんな本音は、本当は、
腹の底から口元までいっぱいに詰まっていて、
吐き出せないままえづいている。
「その視聴者の1人、俺だぜー?」
「マジかよ、恥っず」
「古参アピってマウント取りたいからさぁ」
「うっわ。古参アピめんど」
「自慢したいに決まってんだろ? さっさとバズれ」
「なんでお前のために」
俺たちはまた、ゲラゲラ笑う。
真夜中。1人夜道。
ありがとな。
心の中で呟く。
ダチの前で言えなかったのは、
口にしてしまえば、
とめどなく本音が溢れて、
全部崩れてしまいそうだったから。
支えがある。見えていない支えがある。
大丈夫だ。
俺はまだ、舞える。
私が風邪をひいたから、
あなたは楽しみだったライブを蹴った。
俺はいいから、元気出して。
そう言って、あなたは安心させるように微笑む。
私が料理下手だから、
あなたは疲れた身体で火を操る。
俺は大丈夫だから、ゆっくりしてて。
そう言って、あなたは少し照れながら微笑む。
私がぼんやりしていたから、
咄嗟に庇ったあなたは怪我を負った。
見た目ほど痛くないよ。
そう言って、あなたはベッドの上で微笑む。
私が弱すぎるから、
生きているだけでいいよ、とあなたは言う。
全部俺に任せてくれていいから。
そう言って、あなたはまた微笑む。
しんどいくせに。
無理してるくせに。
あなたはいつも笑ってくれる。
その目の奥に映る人の形をした悪霊が、
私はたまらなく大嫌いだった。
赤を塗ったら少し暑くて、
青を塗ったら落ち着きすぎて、
黄色を塗ったら少し陽気で、
緑を塗ったら自然すぎて。
赤橙黄緑青藍紫。
色を重ねているうちに、
元の色すらわからなくなって、
鈍色になったキャンパスをまた白く塗り潰す。
何度も。何度も。
自分だけの色を探して描き続ける。
だけど、見つからない。
苦しくて、苦しくて、
どうにもならなくて。
キャンパスを投げ捨てた。
ゴミ捨て場に、真っ二つに割れたキャンパスがあった。
その断面は、幾重にも色が重なっていて、
まるで地層のようだった。
それはとても美しかった。
願いは叶った。
雲のようなベッド。
きめ細かいシルクの衣。
柔らかなパンと美しいミルク。
愛する人と肩を並べ、
きらきらと光を返す湖を眺める。
小鳥の囀りに耳を傾け、
そよ風に揺れる花を愛でる。
夕陽にささやかな美酒。
夜空に浮かぶ星たちを祝し、
安らかな眠りに心からの口付けを。
繰り返される日々の楽園。
これ以上ない幸福には感謝するばかりだ。
※
どんな気分なんだろう。
サイボーグAは思った。
視線の先には、電極の刺さった脳が無数に並んでいる。
今や1人当たりの幸福値は1万を下らない時代。
それを幸福値10の世界で満足するなんて。
まるで想像がつかないや。
サイボーグAはボチを去る。
1000年前、世界の滅亡を前に、
人類は二つの選択を迫られた。
人体改造による未知の世界での生存か、
肉体を捨てた永遠の楽園か。
誰がどちらを選んだか、正確な数はわからない。
飛び込み台に上がる。
足の位置を確認する。
軽く膝を曲げ、ためを作る。
目を閉じる。
あらゆる雑念が消えていく。
緊張。期待。不安。
超えたい記録。
ぶっ倒れるほどの練習。
全国に行けよと言ったあいつのこと。
観客席から見ているあの子のこと。
その何もかもが消え去って、
俺は透明になる。
take your mark.
後に残るのは、
一本の水路と、この身体だけだ。
刹那の静寂。
合図とともに、全身が悦びを叫んだ。