起きなきゃいけない時間の一時間前に目覚ましアラームセットして。
起きたら気持ち悪くてちょっと嘔吐いて。
ペットボトルのお茶飲んで。
ソシャゲのデイリーこなして。
そこら中に撒き散らしてる投稿サイトの通知チェックして。
何となくやだなって思いながらご飯食べて。
出かける前の休憩が15分以上無きゃだめで。
エンジンかけてその日のメンタルに合わせたプレイリストセットして。
何となくやだなって思いながら運転して。
いざ着いたら優しい人たちがいるからわりと何とかなって。
それでも何となくずっとやだなって思いながら一日過ごして。
帰りはあそこに寄ろうって決めても、疲れてるからやっぱりやめようってなって。
寝るまでの時間を出来るだけ延ばすように過ごして。
明日が何となくやだなって思いながら目を閉じて。
そういうのが、これから先もずーっと続くんだな。
#これからも、ずっと
「沈む夕日」
彼女が帝位に就いたのは、齢15の時。
先代が病に倒れ、継承権を巡る派閥争いをきっかけとした内紛が城外へと飛び火し、内乱、王政反対運動、近隣諸国の侵攻を許し、建国以来の危機に直面していた。
彼女は生まれながらの王だった。
彼女の声が法となった。
彼女の往く跡が領土となった。
彼女の腕に抱かれた者が子となり民となった。
娘であり、母であり、友であり、
守護者であり、賢帝であり、仁君であり、
征服者であり、愚帝であり、暴君であり、
またそのどれでも無く、全てであった。
あらゆるものを等しく照らし、灼き尽くす。
故にわたしは、記録書にこう記した。
日輪王
大仰過ぎると、何度も修正を求められたが、頑として受け付けなかった。
わたしのこの筆が、必ず歴史となるのだ。わたしが彼女を名付けるのだ。
しかしこの記録も、今日で役目を終える。
彼女が殿下と呼ばれた最後の日と同じように、人目を忍んで誘われた、封鎖塔の屋上。
「覚えているな」
「ええ、必ず最後までお供すると」
「約束は果たされた。その忠義、信心、親愛に感謝を」
「……ご冗談を」
「いいや、自然の理のままに。――落陽だ」
全てが終わるだろう。
苦しみには解放を、享楽には終焉を。
与えたように奪い、奪ったように与え。
初めましてのように、さようならを。
沈む太陽は二度と昇らない。
おやすみなさい、来ない明日を夢見る子らよ。
今はただ、穏やかな残光に最後の口付けを――。
「………………」
「………………」
かれこれ十分、二人は見つめあったまま。
一言も発さず、呼吸さえ忘れたかのように。
睦言を囁きあっているのならまだ分かる。
人目もはばからずイチャつくバカップルとして断罪しよう。
喧嘩をしているならまだ分かる。
メンチを切り合い一触即発な雰囲気を打破し引き離そう。
が、
ただただ無言で見つめあっているのである。
周囲もどうしたものかと動けず、異様な空気のまま、今十三分が経った。
もう限界だ。
片方のツレが思い切って声をかけた。
「ちょっと」
彼の人生で一番嫌な「ちょっと」であったという。
その「ちょっと」で、二人は拍子抜けなほどあっさり視線を外し、距離を取った。
そうして、一言も交わさないまま各々の群れへと帰り、何も無かったかのように振る舞いはじめる。
さすがにそのままスルーも出来ず、お互いのすぐ隣の人間がごく当たり前のことを聞く。
「何をしていたんだ」
二人は同じように答えた。
「自分がどう映ってるかを見てた。手遅れだった」
#君の目を見つめると
ある画家が亡くなった。
高名というほどでは無いが、小さいながらも人気のあるギャラリーの一角を長いこと占領していたこともあり、固定ファンの多い御仁だった。
享年72。長年の不摂生がたたっての末路。酒タバコ、加えてギャンブル依存性。一言で言えば最低な部類の人間だった。
葬式では「金返せ」「せいせいした」と泣き笑う人間がチラホラいたとか。
ひと月後、晩年身の回りの世話をしていた女たちが、小さなお別れの会を例のギャラリーで開いた。
壁一面には彼の絵が掛けられ、各々が思い出の絵について語らう中、とあるご婦人が声を上げる。
――こちらは、初めてのお披露目では?
それは、F3号の小さな絵。
どことも分からぬ丘から空を見上げた構図。
暗い、暗い星空の絵。題は無い。
世話役の取りまとめを務める恰幅のよい女性が、困ったように笑いながら答えた。
――先生が、死んだら飾れと仰るものですから、本日のお目見えになりました。
しばらくはその無名の絵の話題で盛り上がり、酒も回った後は画家の悪口大会に見せかけた、誰が一番画家と仲が良かったか、誰が一番画家を理解していたかの静かな自慢大会。
そうして宴もたけなわ、1番のパトロンでもあった画家の旧友の感謝と追悼の言葉で会は締められた。
数人から例の星空を買い取らせて欲しいとの申し出があったものの、世話役の女も絵の預り主の旧友もけして首を縦に振らない。そうして口を揃えて言う。
――待っている人がいる。
無名の星空はその後、誰とも知れずギャラリーから姿を消した。
#星空の下で
――それでいいよ。
それでいいって、何だったんだろう。
デートの約束も、行きたいところも、やることも、食べたいものも。
全部アタシからで、全部に「それでいいよ」だった。
我が強いのは自覚してるし、従ってくれることを優しいとも思ってた。
「それがいいよ」とは一回も言ってくれなかった。
びっくりするぐらい自分が無いんだなって気づいたのが先なのか、気持ちが冷めたのが先なのか分からない。
でもさ、「別れよう」に「それでいいよ」は無くない?
引き止められるなんて思ってないけどさ、「それでいいよ」は無いわ〜。
腹立つより呆れて笑えちゃう。
いいよ、アンタはずっとそれで生きていけばいいよ。
アタシはこの先も「それがいい」で生きていくから。
……アンタのことも「それがいい」だったから、告白したんだけどね。
#それでいい