ある画家が亡くなった。
高名というほどでは無いが、小さいながらも人気のあるギャラリーの一角を長いこと占領していたこともあり、固定ファンの多い御仁だった。
享年72。長年の不摂生がたたっての末路。酒タバコ、加えてギャンブル依存性。一言で言えば最低な部類の人間だった。
葬式では「金返せ」「せいせいした」と泣き笑う人間がチラホラいたとか。
ひと月後、晩年身の回りの世話をしていた女たちが、小さなお別れの会を例のギャラリーで開いた。
壁一面には彼の絵が掛けられ、各々が思い出の絵について語らう中、とあるご婦人が声を上げる。
――こちらは、初めてのお披露目では?
それは、F3号の小さな絵。
どことも分からぬ丘から空を見上げた構図。
暗い、暗い星空の絵。題は無い。
世話役の取りまとめを務める恰幅のよい女性が、困ったように笑いながら答えた。
――先生が、死んだら飾れと仰るものですから、本日のお目見えになりました。
しばらくはその無名の絵の話題で盛り上がり、酒も回った後は画家の悪口大会に見せかけた、誰が一番画家と仲が良かったか、誰が一番画家を理解していたかの静かな自慢大会。
そうして宴もたけなわ、1番のパトロンでもあった画家の旧友の感謝と追悼の言葉で会は締められた。
数人から例の星空を買い取らせて欲しいとの申し出があったものの、世話役の女も絵の預り主の旧友もけして首を縦に振らない。そうして口を揃えて言う。
――待っている人がいる。
無名の星空はその後、誰とも知れずギャラリーから姿を消した。
#星空の下で
4/5/2023, 2:12:51 PM