「ひとつだけ、聞いてもいい?」
「いいよドンと来い」
そういう所が嫌いだった。
いっつもいっつもふざけてて。
真面目な話してたってニコニコにこにこ。
大げさな身振りと話し口調。
ずっと遊んでるのかずっと真剣なのか分からない。
誰も特別じゃないのに、誰も離れさせない。
そういう所が嫌いだった。
「この世界は、楽しかった?」
「もちろん」
なら良いや。
なら良いよ。
僕も、楽しかった。
#1つだけ
旅人さん、旅人さん。
あなたがまるで竹馬の友のように大事になさっている、その、ええ、その箱です。
旅人さん、一体全体その箱の中身は何で御座いましょう。
いえね、あなた様がこんな夜更けにこの宿へ飛び込んできてからずぅっと気になっておりまして。
お客人の荷を探るだなんて不躾な真似を、どうぞご容赦ください。
ええ、ええ、その罪過は十二分に承知しておりますが。
なにせこんな山深く、常に薄やみの中にございます、吹けば飛ぶような小さな宿。野盗やならず者がすぐ傍でいびきをかいているような場所故、人よりも臆病者でなければやってはいけませぬゆえ……。
なに、教えて下さりますかっ。ははぁ、お優しい方だ、お大尽さまだ。ありがとう存じます。
………………大切なもの、で、ございますか。
いやいやいや、悪いお方だ、とんだペテンを仕掛け為さる。この老いぼれを落胆させて笑うとは。
……ただの大切なものではない。それは一体。
はあ、はあ、ふむ、中を覗いた者にとっての「大切なもの」が見える箱、にございますか。
そのような手妻なる箱、一体全体何処で。
代々おうちに。やぁ、さぞ立派なお家柄なのでございましょうな。
……なに、わたくしに覗いてみろと?
泊めてくれた礼にと。宿屋の古狸に何を仰りますか。疲れた旅人さんに一夜だけの癒しを施すことが生業ゆえ、礼など要りませぬ。
しかし、ふむ、確かに気になります。大切なもの。
大方の予想はつきますゆえ、覗くこともやぶさかではない、が。
辞めておきましょう、旅人さん。
わたくしはまだ、もう少しこの宿屋の主人でいましょう。
覗いた先に後悔の欠片があってはならない。あってはならないのです。
どうぞ旅人さん、お眠り下さい。お眠り下さい。
あなたの大切なものを抱いて、お眠り下さい。
#大切なもの
「ねえ!今日世界終わるよ!」
4月1日、最初に会った君の一言め。
「おはよう」
「おはよう!どうする!?どこ行く?!何食べる!?」
「世界最後の日だから?」
「そーだよ!あ、それとも最後の日は静かにいつも通り過ごす派?」
「うーん、どうだろ。最後の日を経験したことないから」
「今!なう!」
早くしないと終わっちゃうよ、と手足を四方にバタバタ動かす君が可愛くて、面白くて。
それじゃあコンビニでおやつでも買って、小さい頃近所の子たちと遊んだ秘密基地に行ってみようよと提案すると、
「あえての安っぽさにノスタルジーをレイヤード……!出来る子!」
なんだか褒められた。
それから、「あの世にお金は持ってけないよ!」なんて乗せられるがまま散財をして、古い池のほとりに作った秘密基地の跡を訪ねた。
もうすっかり風雨に晒されて風化しているけれど、板やら棒やらシートやらはあまり散らばらずに残っていて。僕らが来なくなった後も大人に見つからなかったのか、見つけた上で見て見ぬふりした誰かがいたのか。
コンビニにで買ったブルーシートを広げて、薄暗いよう不自然に明るいような水面を見つめながらお昼ご飯にした。
「やぁ、午前中はなかなか満喫したね。午後はどうしよっか。家帰る?それとも自転車で行ける所まで行ってみる?」
「いやいや、明後日から新学期でしょ。どうせやり残した宿題見てくれって言い出せなくて変なうそついたの、分かってるから。ほら、もう12時回った」
時計の針は12時1分を指している。
「エイプリルフールの嘘は午後に種明かしをするのがルールだよ。さ、帰って宿題しよ」
「…………。びっくりしたなあ、君は思っていた以上にリアリストだったみたいだ」
「そりゃ君よりはね」
「ねえ君、確かに宿題はひとつも終えていないし、エイプリルフールの嘘は午後に正体を表すべきなんだろうけど。それって今日の出来事にひとつも関係無いんだよ」
「……え?」
その時、遠くからやたら腑抜けて陽気なメロディが町内放送から流れた。
正午を告げる放送だ。
「あ、時計進んでたみたい」
「そうみたいだね」
#エイプリルフール
幸せになってね
日々穏やかに、
たまの愚痴もいいよ、
体を大事に、
趣味が続きますように、
いっぱい褒められて、
いっぱい友達作って、
認められて、
助けられて、
愛されて、
幸せになってね。
弱ったふりで近づいて、
夜中に泣きながら電話してきて、
行動の監視して、
束縛して、
自分に都合の悪いことだけは反論して、
約束も破って、
利用して、
要らなくなった途端に下に見て、
さよならさえ言う必要無いって切り捨てて、
踏み台にした、
私のこと、忘れて幸せになってね。
それでもやっぱり、幸せになってね。
#幸せに
ドキドキする。
だめ、だめ。平常心。
顔色、大丈夫かな。緊張が体に出てないかな。
呼吸、荒くなってないかな。指は震えてないかな。
いつも通り、いつも通り。
さりげなく、何気なく。
貴方に近づいて、近づいて。
ずっと見てたの、ずっとずっと。
やっと伝えられるね。
「はじめまして、さようなら」
――○月✕日未明、20代男性が自宅で亡くなっている状態で発見されました。警察は事件と事故両方の可能性があるとして…………。
「しくじったな、レイ」
「だってぇ、すっごくドキドキしたんだもん。本当に本当に素敵な人だったんだよ。今もほら、思い出しただけで昂っちゃうな」
「どうでもいいが、後始末は任せていいんだろうな」
「はーい、大丈夫だよ。今度こそいつも通り、鼻歌でも歌いながら、散歩するように」
さりげなく、何気なく。
あなたが疑わない日常を、壊してあげる。
#何気ないふり