旅人さん、旅人さん。
あなたがまるで竹馬の友のように大事になさっている、その、ええ、その箱です。
旅人さん、一体全体その箱の中身は何で御座いましょう。
いえね、あなた様がこんな夜更けにこの宿へ飛び込んできてからずぅっと気になっておりまして。
お客人の荷を探るだなんて不躾な真似を、どうぞご容赦ください。
ええ、ええ、その罪過は十二分に承知しておりますが。
なにせこんな山深く、常に薄やみの中にございます、吹けば飛ぶような小さな宿。野盗やならず者がすぐ傍でいびきをかいているような場所故、人よりも臆病者でなければやってはいけませぬゆえ……。
なに、教えて下さりますかっ。ははぁ、お優しい方だ、お大尽さまだ。ありがとう存じます。
………………大切なもの、で、ございますか。
いやいやいや、悪いお方だ、とんだペテンを仕掛け為さる。この老いぼれを落胆させて笑うとは。
……ただの大切なものではない。それは一体。
はあ、はあ、ふむ、中を覗いた者にとっての「大切なもの」が見える箱、にございますか。
そのような手妻なる箱、一体全体何処で。
代々おうちに。やぁ、さぞ立派なお家柄なのでございましょうな。
……なに、わたくしに覗いてみろと?
泊めてくれた礼にと。宿屋の古狸に何を仰りますか。疲れた旅人さんに一夜だけの癒しを施すことが生業ゆえ、礼など要りませぬ。
しかし、ふむ、確かに気になります。大切なもの。
大方の予想はつきますゆえ、覗くこともやぶさかではない、が。
辞めておきましょう、旅人さん。
わたくしはまだ、もう少しこの宿屋の主人でいましょう。
覗いた先に後悔の欠片があってはならない。あってはならないのです。
どうぞ旅人さん、お眠り下さい。お眠り下さい。
あなたの大切なものを抱いて、お眠り下さい。
#大切なもの
4/3/2023, 4:10:44 AM