旅人さん、旅人さん。
あなたがまるで竹馬の友のように大事になさっている、その、ええ、その箱です。
旅人さん、一体全体その箱の中身は何で御座いましょう。
いえね、あなた様がこんな夜更けにこの宿へ飛び込んできてからずぅっと気になっておりまして。
お客人の荷を探るだなんて不躾な真似を、どうぞご容赦ください。
ええ、ええ、その罪過は十二分に承知しておりますが。
なにせこんな山深く、常に薄やみの中にございます、吹けば飛ぶような小さな宿。野盗やならず者がすぐ傍でいびきをかいているような場所故、人よりも臆病者でなければやってはいけませぬゆえ……。
なに、教えて下さりますかっ。ははぁ、お優しい方だ、お大尽さまだ。ありがとう存じます。
………………大切なもの、で、ございますか。
いやいやいや、悪いお方だ、とんだペテンを仕掛け為さる。この老いぼれを落胆させて笑うとは。
……ただの大切なものではない。それは一体。
はあ、はあ、ふむ、中を覗いた者にとっての「大切なもの」が見える箱、にございますか。
そのような手妻なる箱、一体全体何処で。
代々おうちに。やぁ、さぞ立派なお家柄なのでございましょうな。
……なに、わたくしに覗いてみろと?
泊めてくれた礼にと。宿屋の古狸に何を仰りますか。疲れた旅人さんに一夜だけの癒しを施すことが生業ゆえ、礼など要りませぬ。
しかし、ふむ、確かに気になります。大切なもの。
大方の予想はつきますゆえ、覗くこともやぶさかではない、が。
辞めておきましょう、旅人さん。
わたくしはまだ、もう少しこの宿屋の主人でいましょう。
覗いた先に後悔の欠片があってはならない。あってはならないのです。
どうぞ旅人さん、お眠り下さい。お眠り下さい。
あなたの大切なものを抱いて、お眠り下さい。
#大切なもの
「ねえ!今日世界終わるよ!」
4月1日、最初に会った君の一言め。
「おはよう」
「おはよう!どうする!?どこ行く?!何食べる!?」
「世界最後の日だから?」
「そーだよ!あ、それとも最後の日は静かにいつも通り過ごす派?」
「うーん、どうだろ。最後の日を経験したことないから」
「今!なう!」
早くしないと終わっちゃうよ、と手足を四方にバタバタ動かす君が可愛くて、面白くて。
それじゃあコンビニでおやつでも買って、小さい頃近所の子たちと遊んだ秘密基地に行ってみようよと提案すると、
「あえての安っぽさにノスタルジーをレイヤード……!出来る子!」
なんだか褒められた。
それから、「あの世にお金は持ってけないよ!」なんて乗せられるがまま散財をして、古い池のほとりに作った秘密基地の跡を訪ねた。
もうすっかり風雨に晒されて風化しているけれど、板やら棒やらシートやらはあまり散らばらずに残っていて。僕らが来なくなった後も大人に見つからなかったのか、見つけた上で見て見ぬふりした誰かがいたのか。
コンビニにで買ったブルーシートを広げて、薄暗いよう不自然に明るいような水面を見つめながらお昼ご飯にした。
「やぁ、午前中はなかなか満喫したね。午後はどうしよっか。家帰る?それとも自転車で行ける所まで行ってみる?」
「いやいや、明後日から新学期でしょ。どうせやり残した宿題見てくれって言い出せなくて変なうそついたの、分かってるから。ほら、もう12時回った」
時計の針は12時1分を指している。
「エイプリルフールの嘘は午後に種明かしをするのがルールだよ。さ、帰って宿題しよ」
「…………。びっくりしたなあ、君は思っていた以上にリアリストだったみたいだ」
「そりゃ君よりはね」
「ねえ君、確かに宿題はひとつも終えていないし、エイプリルフールの嘘は午後に正体を表すべきなんだろうけど。それって今日の出来事にひとつも関係無いんだよ」
「……え?」
その時、遠くからやたら腑抜けて陽気なメロディが町内放送から流れた。
正午を告げる放送だ。
「あ、時計進んでたみたい」
「そうみたいだね」
#エイプリルフール
幸せになってね
日々穏やかに、
たまの愚痴もいいよ、
体を大事に、
趣味が続きますように、
いっぱい褒められて、
いっぱい友達作って、
認められて、
助けられて、
愛されて、
幸せになってね。
弱ったふりで近づいて、
夜中に泣きながら電話してきて、
行動の監視して、
束縛して、
自分に都合の悪いことだけは反論して、
約束も破って、
利用して、
要らなくなった途端に下に見て、
さよならさえ言う必要無いって切り捨てて、
踏み台にした、
私のこと、忘れて幸せになってね。
それでもやっぱり、幸せになってね。
#幸せに
ドキドキする。
だめ、だめ。平常心。
顔色、大丈夫かな。緊張が体に出てないかな。
呼吸、荒くなってないかな。指は震えてないかな。
いつも通り、いつも通り。
さりげなく、何気なく。
貴方に近づいて、近づいて。
ずっと見てたの、ずっとずっと。
やっと伝えられるね。
「はじめまして、さようなら」
――○月✕日未明、20代男性が自宅で亡くなっている状態で発見されました。警察は事件と事故両方の可能性があるとして…………。
「しくじったな、レイ」
「だってぇ、すっごくドキドキしたんだもん。本当に本当に素敵な人だったんだよ。今もほら、思い出しただけで昂っちゃうな」
「どうでもいいが、後始末は任せていいんだろうな」
「はーい、大丈夫だよ。今度こそいつも通り、鼻歌でも歌いながら、散歩するように」
さりげなく、何気なく。
あなたが疑わない日常を、壊してあげる。
#何気ないふり
まおーさまとハッピーエンド【腐注意】
* * *
ついに魔王城へたどり着いた勇者一行。
双方の仲間が傷つき、倒れ、疲弊していく……。
そして今、勇者と魔王、たった二人が静寂の中対峙する。
「ここまで長かったな……お互いに」
「そうだな。守るべき者を失い、最早ここからの争いに意味を見出すことさえ難しいが……。それでも我々には必要なのだ、終わりが」
「ああ、同感だ。……いかん、長話は別れが辛くなるな。始めよう」
「いざ」
ほんの百年前のお話。
二人の結末を知る者はついぞこの世から居なくなってしまった
――。
* * *
「はいカーット!OKです!」
「オールアップでーす!」
「お疲れ様でしたー!」
「お疲れ様です!ありがとうございます!」
「主演のおふたりに花束の贈呈です!」
「わっ、ヒロインちゃん来てくれたの?!」
「ふふ、ずっとスタンバってました。おふたりとも、最っ高のエンディングでした!」
「ありがとう〜!」
ここは撮影スタジオのファンタジー専門部。たった今、ドラマ『剣の標たち』の撮影が終了したばかり。
「まおさん、おつかれさまです!」
「ああ、ゆうじくんお疲れ様……って、君今回この現場じゃないよね」
「ちょうど休憩入ったんでまおさんにご挨拶を!」
「君も律儀だねえ」
「今回も最高でした!特にラストの憂いを帯びた表情……っ。ほんとに、見つめあった勇者が羨ましいです」
「君、勇者志望で下積みしながらスタッフのアルバイト中だもんね。今回のお相手は何度か一緒になってて、勇者の心構えもしっかりしてる子だから、色々聞いてみたらいいよ。打ち上げも時間があるなら連れてってあげる」
「マジっすか?!やった!まおさんとまだお話したいんで嬉しいッス!」
「僕じゃなくて勇者一行とお話しなね……」
ここで撮影されているのは、いわゆる実写化ドラマではない。
役者は全員本物の勇者、剣士、魔法使い、エルフ、魔王たち。台本は実際の冒険譚を元に脚色したもの。
ファンタジーも飽食の時代。旅に出たり退治したりダンジョン攻略したり、侵略したり支配したり奪ったり、そういった本職に精を出す人間(とそれ以外)もいれば、お茶の間にエンターテインメントを届ける役者の道を選んだ者もいる。
これがなかなか民衆に受けているのだ。なんせ、CG・VFX一切無しの臨場感溢れる画面。武器やセットに至るまで全てが本物。
加えて、あまりグロくなく、華々しい。
ここがかなり重要で、本物の勇者たちに接していればなかなか凄惨な場面に出くわすことも多いのが現実。そこをドラマでは上手いこと隠しつつ演出を加えて「みんなが見たいファンタジー」を提供しているのだ。
「それにしても、うちの業界ほんっとまおさんで保ってるようなモンですよ」
「いやいやそんな……」
「謙遜しないでくださいよ。勇者一行は志願者多いですけど、やっぱ敵対側は少ないじゃないッスか。魔王となるとほんとに数人。やっぱ気難しい人多いし。こないだAスタの大道具スタッフが雷落とされてたの、知ってます?」
「ああ、ドワーフの子だよね。近場にいたから回復したけど、たしか辞めちゃったんだっけ。同業として申し訳ないな……」
「ほらも〜。そんな優しい魔王、まおさんくらいッスよ」
「いや、はは、そう言って貰えるのは嬉しいけどね。領民たちに向いてないから略奪以外で稼いでこいって放られただけなんだよ」
「そっかあ。じゃあ、オレは領民の皆さんに感謝しないと。こうしてまおさんに出会えたワケだし!」
「ゆうじくん……。いっぱい食べな、飲みな。また後でギルド統括部とプロデューサーに挨拶しておこう。僕も早くゆうじくんの勇者姿が見たいもの」
「嬉しいッス!……ところでまおさん、最近お疲れですか?」
「えっ」
「いや、酒進んでないし、ちょっと痩せたかなって。なんとなく目の下にクマあります?さっきはメイクで気づかなかったけど」
「ほんとよく見てるね。……最近、ね、ちょっとシリアスに疲れてるかなって。ドラマとはいえ、やっぱり魔王としての仕事はするじゃない。市民の皆さんからやりすぎだーとか、散歩してたら叱られたり……」
「ええー、いるんスね、ドラマと現実の区別つかない視聴者って!」
「それだけリアルなものをお届けできている証拠だし、役者冥利には尽きるんだけど……。それにほら、魔王が幸せに終わることってなかなか無いでしょ。僕なんか特にイメージ的に悲しく終わることが多くて……たまには平和に幸せなのがいいなって。……ダメだね、こんなこと言ってるから領民から向いてないって言われちゃうんだ」
「まおさん……」
「さっ、飲も飲も!明日からはちょっと空くんだ。ゆうじくんの稽古も付けてあげる!」
「…………はい!」
それから数ヶ月。まおの元に新たな台本が届いた。
「なになに、今度は…………ん!??」
「魔王さま、如何なさいました」
「だ、だ、大臣、コレは、コレは流石に!」
「お見せ下さい。……ふむ」
「大臣、いやマネージャー!これは流石に領民への示しというかなんというか」
「やりなさい」
「んん!?」
「哀愁系魔王役も飽きられてきた頃です。ここでイメージを一変させておくのも息長く続けるコツでしょう。それに今回は日常系。上手く行けばシリーズ化も見込めます。つまり安定収入!領民たちも大喜び間違いなし!」
「で、で、でも」
「やりなさい」
「はい……」
「それにほら、相手役の勇者さん、魔王さまのお知り合いでしょう」
「え、誰。…………………………うそ」
* * *
「まおーさま、そんな拗ねてないでこっち来なよ」
「うるさい。我の力を奪ってこのような飼い殺し……早く殺したらどうだ!」
「そんなことしないって何回言わせるの。言ったじゃん?一目惚れって」
「何が悲しくて宿敵勇者に惚れられて拉致されてふたり暮らしせねばならんのだ!屈辱!」
「ごめんね諦めて。俺、一度決めたことは絶対やり遂げるって決めてるんだ。ほら、こっちおいで」
「や、やめろ、触るな!助けて幹部ー!」
* * *
「はいカーット!OKです!」
「第2週分撮了です!おつかれさまです!」
「お、お疲れ様です……それじゃあ僕はこれで」
「ちょっとまおさん、何一人でそそくさ帰ろうとしてるんスか」
「ゆ、ゆうじくん。でも、その、なんというか。君のデビュー作が……もっと華々しい勇者活躍譚なら」
「なーに言ってるンスか。戦闘シーンが皆無って訳じゃないし、何よりオレはまおさんとご一緒できてほんとに嬉しいッス!」
「ゆうじくん……。ねえ、1個聞いていい?この企画、ゆうじくん持ち込みって、ほんと……?」
「あれ、もうバレてる。そうなんです、やっと勇者資格取って役者応募条件満たして、最終面接でこのドラマの企画書をプレゼンしたんです。そしたら受かりました!」
「そ、それで、相手役も指名したって」
「それはまあ、役柄的に受ける魔王がいなかったのもあると思いますけど」
「どうして……?」
「どうしてって、まおさんが言ったからですよ。たまには平和に幸せにって。ほら、こんなに平和で幸せ!」
「いくら平和だからって、勇者と元魔王のBLドラマってどうかなあ?!」
「需要ならありまくりッスよ。宣伝部も力入ってて、有料コンテンツ用にちょい際どいアナザーストーリーも撮る予定だって」
「ちょい際どいアナザーストーリー!?」
「ね、まおさん、オレとずっと平和に幸せに暮らしましょうね」
「ドラマの話、だよね、ゆうじくん……?」
「オレがちゃんとまおさんをハッピーエンドに連れてってあげますからね!」
「う、うん……?」
果たしてまおの運命やいかに――!続く!
#ハッピーエンド ……?