「初恋の日」
私は今まで恋をしたことがなかった。
人を好きになる気持ちが理解できなかった。
人の嫌な部分ばかり見てきたから。
私は人間そのものが嫌いだ。
”人の本音”が聞こえてしまうから。
だから、何もかもが嫌になって森に入ったんだ。
死にたいと思って、森に入った。
その森で、疲れていた時に見つけた古い神社。
苔むしてして、所々破損している。
何十年放置されてきたのだろうか。
そんな、古い神社。
疲れていた私は、その神社で休むことにした。
神社の縁側のような所に座り、目を瞑る。
いつも人の本音が聞こえ、嫌なことを考えてしまい、ろくに眠ることが出来ないのだ。だが、この森は違う。
周りに人がいないからか、人の本音が聞こえない。
だからだろうか、いつもより落ち着いていて、すぐに眠りにつくことが出来た。
どのくらいだったのだろうか。
よく眠れた気がする。だが、とても眠い。
「起きたかい?」
男の人の声が聞こえる。
本音が聞こえない。
人間じゃない?
眠い。答える気力がない。
「まだ、眠いのかい?寝てていいんだよ。」
あぁ、暖かい。
優しさに触れられたのは、いつぶりだろうか。
優しく見えても、本音は冷めたものばかり。
だから、優しさを感じられずにいたのだ。
人を好きになるって、こんな気持ちなのだろうか。
心地いい。
撫でられている?
私は、また眠りについた。
そして、起きた。
「よく眠れたかい?」
「はい。」
「君はなんでこんなところにいるんだい?
君は人間だろう?」
「疲れたんです。」
「疲れた?人に対してかい?」
「分かるんですか?」
「君は、人の世が嫌になったんだろう?
人の本音が見えたんじゃないのかい?」
「・・・そう、です。」
「だから、逃げてきたのかい?」
「・・・死のうと、思って・・・。」
「そっか。でも、このまま死んでいいのかい?」
「えっと、それは・・・。」
「いきなりの提案で戸惑うかもしれないが、ここで一緒に暮らしてみないかい?ここには、滅多に人間は来ないから、本音が見えて苦しむことも無いだろうからね。」
「・・・いいんですか?」
「もちろん。私の名前はツキカゲという。
この神社に住む妖だ。」
「・・・美月です。」
「これからよろしく。美月。」
「こちらこそ、です。」
「敬語はいらないよ。」
「・・・わかった。」
これが私の初恋、だと思う。
久しぶりに優しくしてくれた相手だから。
この森に来れてよかった。
ツキカゲと会えてよかった。
今は、ツキカゲと二人で穏やかに暮らしている。
あの時、この古い神社に来ていなかったら?
あの時、ツキカゲの提案を断っていたら?
この神社に来て、ツキカゲの提案に乗ってよかった。
これからも穏やかに暮らせればいいな。
「明日世界が終わるなら」か。
どうでもいいと思う。
そんなこと。
そんなこと、と言っていいほど軽いことでもないが。
どうでもいい。
だって、”世界が終わる”ってことは死ぬということだ。
この世界で生きていたって、辛いだけだし、苦しいだけだと思う。
そうだろう?
こんな理不尽な世界。
”平等”だの”公平”だのと言いながら、そんなものないじゃないか。あったとしても、わずかだ。
こんな幸せになるのには”運”が必要な世界。
自分を取り巻く環境を自分で決められないのだ。
全て運だろう?
親がどんな人かも。
先生がどんな人かも。
幼なじみや友人、クラスメイトがどんな人かも。
自分の才能だって、価値観だって、運次第。
親が良くても、先生が悪ければ理不尽に合う。
親や先生が良くても、友人やクラスメイトが悪ければ、いじめに合う。
自分に才能がなければ、他人と、その分野で才のある人と比べられてしまう。
人と、周りと価値観や好きな物が違えば、差別される。
何か一つが常識から外れてしまえば、いじめられる、差別される。こんな世界、あって良いのだろうか。
こんな世界だから平和というものは、誰かの犠牲と我慢で成り立っている。
誰かが誰からの理不尽などにあって、辛い思いをして、苦しい思いをして、でも我慢している。周りの人に分からぬようにしている。必ずそういう人がいる。
場の空気を壊すまいとして、人間関係を壊すまいとして、そっと、我慢している人がいるのだ。
こんな世界、本当にあっていいのだろうか。
私はな、この世界に絶望しているのだ。
この理不尽に。
まぁ、私一人がこんなことを嘆いたところで何も変わりゃしないだろうがね。
「君と出逢って」
君と出逢って、数日が経った。
私はツキカゲ。
先日、”死にたい”と言ってここを訪れた人の子”美月”を拾った、この神社に住み着く妖だ。
美月は人の世が嫌になって逃げてきた類の人の子だ。
人の時間で言えば、私はここ数百年一人だった。
たまに森を歩いている人間を見かけたことはあったが、それも数十年前の話。
といっても、数千年を生きる私にとっての数十年というのは、ほんの一瞬と言ってもいいほどの短い時間だ。
だが、寂しいと思っていたのには変わりはない。
だから、美月が来て嬉しかった。
美月はよく寝る人の子だ。
ここに来た時は、目の下には濃いクマがあった。
疲れ切っている様子だった。
今にも壊れてしまいそうな様子だった。
助けてあげたかった。
硬い木の床で寝ていたから、膝枕をしてあげた。
とてもよく眠っていて、心地よさそうだった。
何かから開放されたような。
そして、目を覚ましてから、ここに来た理由を聞いて、この子を救ってあげようと決心した。
”あぁ、この子は人の世に馴染めない子だ”
”人の世にいたら壊れてしまう類の子だ”
そう、わかったから。
だから、うんと甘やかした。
あの子は、美月は、本音を話してくれた。
辛かったと。苦しかったと。
今まで我慢してきたものを全て私に吐き出すように。
泣きながら。そして、スッキリしたのか、眠った。
美月が起きてから、”人の世に戻ることはないから、一緒にここで暮らさないか”と持ちかけてみた。
そうしたら、喜んでいた。
喜んで、承諾してくれた。
それから、一緒に生活をした。
まだ、数日しか経っていないけど、美月は変わった。
少し笑顔が増えてきた。
年相応になったんだ。
良い変化だと思う。
これから、一緒に暮らしていくんだ。
だから、もっと人の子らしくしてほしい。
もっと、笑って欲しい。
我儘になって欲しい。
私は妖だから、人間のことは分からない。
だが、生きててよかったと思えるようにしてやりたいと思った。
久しぶりに人間と一緒にいて、私も楽しいから。
やっぱり、人間という生き物は面白い。
終
こんばんは。
今回から、今までのようなポエム(ポエムと言っていいのかは分からないが、とにかくポエムと表現しておく。)に加え、お題によっては短い小説も書いてみようと思うので、よろしくお願いする。
さて、今回のお題は「耳を澄ますと」。
小説を書いてみようと思う。
少しお知らせのようなものを描いてみたが、前置きはこのくらいにしておいて、本編を書いていこうか。
「耳を澄ますと」
私にとって耳を澄ますと聞こえてくるもの。
それは他人と少し違う。
聞こえてくるのは、”他人の本音”と”人ならざる者の声”
嫌なものばかりが耳に入ってくる。
”他人の本音”というものは黒いものばかり。
”他人や物事に対する小さな愚痴”
”他人に対する妬みや嫉み、憎悪”
程度は違えど、黒い、負の感情ばかりが自身の耳から流れ込んでくる。
”人ならざる者の声”は、”自分を嘲笑う声”。
”あれは人の子か”クスクス
”そうだ、心の弱い人の子だ”クスクス
嫌な声ばかりが聞こえてくる。
怖い。人ならざる者が。
俯き、耳を塞ぎながら道を駆ける。
耳に流れ込む声だけで心が押しつぶされそうだ。
それなのに。
周りの人の目線が刺さる。
さらに怖かった。
冷たい目線。奇異の目線。
そして、家に着いた。
鍵を開けて、中に入る。
誰もいない、暗くて冷たい家の中。
だが、妙に落ち着いた。
家の中は、”他人の本音”も”人ならざる者の声”も少しだけ聞こえなくなるからだ。
ひとつため息をつき、考え事をする。
だが、こんな状態では碌なことを考えない。
だからだろうか。
ふと、ひとつの想いが頭に浮かんだ。
”死にたい”
そうだ、もう、疲れたんだ。
”他人の本音”が聞こえてくる。
”人ならざる者の声”が聞こえてくる。
どちらも、私を必要としていない。
それどころか、あざ笑う。貶す。
思い返せば、私に対する本音はみんなそうだった。
それに、”人ならざる者の声”が嫌で、急いで岐路を辿れば、奇異の目で見られる。
自分の居場所など、最初からないのだ。
そう、思った。
だから、死んでしまおう。
もう、こんな世界で生きている意味なんてない。
でも、この場所で死んだら迷惑がかかる。
だから、森へ行って死のう。
そうすれば、あまり迷惑にはならないだろう。
そう思い、軽く準備をした。
だが、もうとうに日が暮れてしまっていた。
だから、眠って、次の日に行くことにした。
次の日。
森へ行く。
森は家から案外近いところにある。
だから、すぐに着いた。
木々が生い茂る深い森だ。
私は奥に行った方が良いと判断した。
そして、奥へ奥へと進んでいく。
進んで、進んで、ひたすらに歩く。
どのくらい歩いただろうか。
疲れてきた。
だが、歩き続ける。
歩き続けて、限界が来そうだという頃。
古びた神社を見つけた。
苔むしている。
何十年と放置されたような感じだ。
少し休もうと、神社の境内に入り、座る。
あぁ、眠くなってきた。
そして、私の意識は闇に沈んだ。
・・・。
どのくらい経ったろうか。
眠っていたようだ。
・・・あれ、暖かい?
なぜだろう。
私は古びた神社で休んでいたはずだ。
目を開けると、誰かに膝枕をされているようだった。
だが、私はすごく眠くて、起き上がることが出来ない。
「起きたかい?」
その声で少し意識がはっきりする。
「あぁ、寝ていていいんだよ。
無理に起きる必要は無い。」
その声の言う通り、私は静かに横になっていた。
「そのままでいいから、私の話を聞いて欲しい。」
私は眠くて、はっきりしない意識の中、頷く。
「私は、ここに住む妖だ。
ここに人間が来るのは何十年ぶりかなんだ。
君は何をしにここへ来たんだい?
この神社が目的では無いのだろう?」
私は、眠くて上手く回らない口で答える。
「しに、ばしょ、さがし、てた。」
「死にたいのかい?」
話す気力もなく、頷く。
「なら、ここで一緒に暮らさないか?」
「?」
「君はまだ、若いだろう?
その歳で死ぬのは惜しいと思うけど。」
「でも、もう、つか、れた、から。」
どうしようもなく眠い。
「そう。なら、死ぬのは良いけど、その前に少しここで過ごしてみないかい?」
どうしようもなく眠くて、また、ウトウトしてくる。
「眠そうだね。今は、ゆっくりおやすみ。」
その一言で、また、眠りの海に沈む。
深く、深く。
心地よい。
沈んでいく感覚が。
頭を撫でられているようだ。
もう、起きたくない。
何もかもが心地よい。
このまま、あの辛い日々を忘れて眠っていたい。
そして、すぅっと意識が沈む。
「そろそろ、起きないのかい?」
その一言で、目が覚める。
「おはよう。よく眠れたかい?」
嘘のようにスッキリしていた。
「え、はい。」
「良かった。」
そして、何故か抱きしめられた。
「えっと?」
「君は、死にに来たと言っていたけど、どうして?」
「あ、それ、は・・・。」
「人間に何かされたのかい?」
「されたというより、自分のせい、だと思います。」
「どういうことだい?」
「他人の本音が聞こえてしまうんです。」
「自分に対しての?」
「自分に対してのがほとんどです。
それに、嫌な本音ばかりが聞こえます。」
「だから、人の世が嫌になった?」
「まぁ、はい。」
「もしかして、人以外からの声も聞こえる?」
「そうです。ずっと、笑われてます。
それに、それが嫌で、耳を塞いで走ってると、周りか らの視線が痛いです。」
話していうちに、私は泣いてしまった。
「それは、人の世が嫌になるわけだ。」
そのヒトは、私を撫でてくれた。
優しくしてくれた。
「死ぬのをやめて、ここで暮らさないかい?
なにも、無理に人の世にいることも無いんだ。」
そう言われて、嬉しかった。
「いいんですか?」
「もちろん。それと、敬語じゃなくていいんだよ。
あぁ、そうだ。自己紹介がまだだったね。
私は、ツキカゲという。
これからよろしく。君は?」
「美月。これからよろしく、ツキカゲ。」
それからは、二人で穏やかに暮らした。
終。
二人だけの秘密。
私にはある一人の友人との二人だけの秘密があるのだ。
それは本音だ。
私と友人の本音。
その友人とだけ共有できた。
今までの私を、小さい頃から知っている友人だ。
だから、昔の本音も、今どう思っているかも、何もかもを洗いざらい話すことが出来た。
友人はどうか分からないが、本音を話していた。
その友人の本音を聞いて、驚いた。
いつも明るく、冷静な子だった。
悩みなんてなさそうな子だった。
だから、驚いたのだよ。
”あぁ、この子も私と同じ本音を隠してる”と。
私も、友人も、それまでは誰にも話せなかった。
本音を話すのは勇気がいるが、話してくれた。
だから、私も話せたのだ。
たまには、吐き出すのも大事なのだと気づいた。
おっと、また、話しすぎてしまったようだ。
また、次のお題で。ではな。