ミミッキュ

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6/29/2024, 12:32:47 PM

"入道雲"

──うわぁ、日差し強っ……。
 午前十時を少し過ぎた頃、ふと処置室を見ると、爛々とした陽光が室内を差していた。丁度ベッドの上にかかっている光がある。
 幸い今はまだ患者はいない。少しベッドの位置をずらそうと、ベッドに近付く。
 近付いて窓の外を見やると、遠くの空に白く大きな入道雲が立ち上っていた。
「立派なもんだなぁ」
──こっちに来なきゃいいけど……。
 錠を降ろし窓を少し開けて、風向きを確認する。
 入道雲は別名【積雷雲】。入道雲の下は激しい雷雨に見舞われているという事。
 だが夏と言うには、まだ少し早い。現に今見えている入道雲は小さいサイズ。雨は降っていてもそこまで激しくは無いはず。雷の可能性は少ない。
 掌を窓の外に出し、風を感じ取る。微風の為すぐには分からなかったが、こちらに向いていない事は分かって、一先ず安心と胸を撫で下ろす。
──念の為バスタオル用意するか。
 身を翻し処置室を出ると、備品室から患者用のバスタオルを八枚程抱え診察室に戻った。

6/28/2024, 11:34:25 AM

"夏"

 少しずつ雨の降る時間が少なくなってきて、一日も降らない日が出てきた。それに伴って、最高気温が高くなってきた。いよいよ夏が近付いている。
「シャンプーすんぞ」
「んみぃ」
 ハナを抱き上げ、シャワー室に連れていく。二週間前にやったはずのシャンプーを、やると言って抱き上げられて可笑しな声を出した。
 やはり猫は賢い生き物だ。シャンプーの頻度を覚えている。
 体毛に覆われたハナの身体の熱を少しでも逃がす為に、シャンプーの頻度を月に一回から二週に一回に増やそうと、先日その旨を獣医に相談すると、そうした方がいいと言われたので、頻度を増やすことに決めた。
 猫は水に濡れるのを嫌がるのだが、性格によっては平気な子もいる。ハナは生後数ヶ月の時からシャンプーをしているので水に慣れているので、大人しくシャンプーをさせてくれる。
 ちなみにブラッシングの頻度も増やそうと提案されたので、週に一回から二日に一回にした。
 シャンプーを終え、シャワー室から脱衣所に連れていき、バスタオルに包む。
「綺麗綺麗になりましたねー」
「みぃ」
「涼しくなりましたかー?」
「みゃあ」
 声をかけながら手を動かしてバスタオルで身体中の水気を拭き取る。
 水でぺったりと張り付いていた体毛が、少しずつふんわりと空気を含んで立ち上がっていく。
 このくらいかとバスタオルを畳み横に避けて、ドライヤーを取り出して弱い温風をハナにあて、更にふわふわに仕上げる。
 この時が一番気持ちいいらしく、温風をあてると喉を鳴らす。
 水気が無くなり、空気を更に含んでいく。
「はいお終い。お疲れさん」
 ドライヤーのスイッチを切り、定位置に置く。
 シャンプーする前と比べて白さが増した気がする。
 ハナを抱き上げて顔を埋め、洗いたてで乾いたばかりのハナの体毛を顔いっぱいに堪能する。柔らかな体毛が顔を撫で、シャンプーのいい匂いが鼻腔をくすぐる。
「はぁ〜……」
 顔を上げると、自然に満足げな声が出た。

6/27/2024, 10:54:20 AM

"ここではないどこか"

 ニュースを見ていると、時折現実味の無いものが報道される時がある。
 こっちでは聞き馴染みの無い事が、向こうでは当たり前のように行われている。その逆も然り。
 国によって価値観が違うのは当然だが、それが国内で起こっている事もある。
 同じ国でも生まれ育った環境が違えば、価値観が正反対になる事を肌で感じる。
 逆に遠く離れた国でも、同じ価値観の場合もある。
 歴史や貿易、気候、宗教などでおおよそ変わる。
 国内だと身近な人々や習慣、風習、言い伝え辺りだろうか。
 行ってみたい気持ちはあるが、それは仕事として、観光としてだ。
 価値観の違う土地に本格的な居住をするのは、少なくとも俺にはハードルが高い。

6/26/2024, 1:39:40 PM

"君と最後に会った日"

 一つは、呼び出され一方的に別れを切り出された、あの日。
 今思えば、あの時は珍しく向こうから連絡が来て少し浮き足立っていた。そんな中で行ってみれば開口一番「もう会えない」と言われ、驚きと混乱が胸中を満たした。
 せめてお互い最悪な思い出にならない、卒業式のような別れ方をしようと悪あがきをした。
 たとえそれがエゴだとしても、ああしないと嫌な心残りをすると本能で確信したから食い下がった。
 最後にあの人の笑顔が見られて良かった。それがせめてもの救い。
 だが、理由を聞かなかった事はとても後悔した。
 十中八九仕事関連だと分かっていた。守秘義務があると分かっているから聞かなかったけれど、みっともなくても良いから、何故もう会えないのか聞けばよかった。
 もう一つは、あの《史上最悪な悲劇の日》。
 別れ方も最悪だった。
 何が何だか分からないまま別れた。
 少し言葉を交わすだけで、ただ目の前で消えていくのを見ている事しかできなかった。
 あの時とはまるで正反対の別れ方。
 けれど二つに共通するのは帰宅後、自室で己の無力さを感じた事。

6/25/2024, 11:52:48 AM

"繊細な花"

 大我は万人が良いと思うであろう派手な物より、地味だが繊細で綺麗な物を好む。
 感受性が高いから、シンプルに整えられ洗礼された物を見つけると『良いな』と近付き、それを堪能する。
 俺もシンプルかつ控えめな物を選ぶから俺自身も感受性が豊かな方だと思っていたが、絵画や音楽など芸術に触れた時、大我は俺の何倍もの感想や考察を述べる。
 もし医師以外の職業なら、作曲家かダンサーかイラストレーターが向いているだろう。
 けれど、もし医師ではない他の職業になっていたら出会う事はおろか、存在を認知する事すら無かっただろう。
 大我が《医師》を選んでくれて、出会ってくれて、良かった。

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