ミミッキュ

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6/24/2024, 11:53:56 AM

"一年後"

 明日どうなるかが分からないのだから、一年後なんてもっと分からない。
 今と変わらない日常を送っていたいとは思う。
 まぁ、何かしらの変化はあると思うけど、それでもゆったりと流れる日常は変わらないでほしい。

6/23/2024, 11:13:56 AM

"子どもの頃は"

 聖都大学附属病院一階の人通りの少ない廊下に面する、いつもの休憩スペース。
 飛彩が仕事の日は、よくこの場所を使って駄弁っている。
「お前の子どもの時の話を聞きたい」
「……一応聞くが、何でだ」
「この前家に来た時、勝手にアルバムを見ただろ」
「やっぱバレてたのか……」
 この前飛彩の家に行った時、少し散らかっていたので軽く片付けをした。その時、押し入れを開けたらアルバムが数冊出てきて、駄目だと分かっていたが好奇心に負けて開くと、丁寧に年月日と共に写真が一ページ一ページ綺麗に並べられていた。
 その書かれている年月日の感覚が凄く近く『流石院長……』という、感心と呆れがブレンドされた言葉が出てきた。
 そして写真を見ていく度、今と変わらない出で立ちと雰囲気に顔が綻んでいた。
 今アルバムの中の幼い飛彩を思い出しても、その変わらなさに頬が緩みそうになる。
 俺の幼い頃の話を聞きたいと言うのは、『フェアじゃないから』が理由だろう。
「俺の小せぇ時の話なんて面白くねぇぞ。そもそもどんなだったか覚えてねぇし」
「なら推測していいか?」
 気持ちいい程威勢よく言ってきた。この感じは『やめろ』と言っても聞かない時のやつだと思い、少し考えてから「どーぞ」と答えた。
「幼い頃の大我は、今以上にビビリだった気がする」
 ギクリ、と身体が反応しかける。
 確かに幼い頃の俺は、今の何倍もビビリだった。高い所、狭い所、暗い所に行くといつも震えていた記憶がある。
 ちらりと俺の顔を見ると、得意げな顔でコーヒーを啜る。
──こいつ今人の顔を見て……。腹立つ……。その通りだよ、ちくしょー……。
 小学生の時、女子以上のビビリなのを理由に揶揄われて、六年生の時『このまま中学生になるのは嫌だ』と少しずつ克服して、少しずつ苦手な物を減らした。
「けれど、流石にお化けやホラー物は克服できなかったか」
「んな!?」
──声に出てたか!?
「顔に書いていた」
 そう言う飛彩の顔を睨みながら、自身もコーヒーを啜る。
「もっと幼い時に会いたかった」
「幼馴染になりたかった、って事か?」
「そうだ」
 そう頷く飛彩に『何で』と聞きたかったが、言葉にする前に「もうすぐ時間だからそろそろ行く」と言ってコップをあおって残りのコーヒーを飲み干し、空になった紙コップを専用のゴミ箱に捨てた。
「では、また」
「おう、またな」
 短く言葉を交わして、壁の向こうに消えてからも革靴の音が聞こえなくなるまで、コーヒーを啜りながら出入り口を眺め続けた。
──なんか負けた気がする……。ムカつく……。

6/22/2024, 11:57:29 AM

"日常"

 俺の日常は何年経っても変わらない。
 けれどハナを家族に迎え入れてからは、ハナを中心とした時間配分をするようになった。
 それ以前は効率重視なペース配分で過ごしてた。
 だがハナを迎え入れてからは、俺が長時間外に出ていると帰ってきた時大声で鳴き喚いてくる。病院なので猫の鳴き声がするのは衛生上宜しくないのでなるべく短時間で済ませられるような配分をするようになった。
 始めのうちは『窮屈じゃないか?』と言われていたが、俺自身は全く窮屈に思っていない。
 俺の予定は基本どうとでも変えられるように設定していたから、まるでロジックパズルを解くような感覚で配分を考えていた。
 それに俺自身を求めてくれるのは、とても嬉しい。
 求めてくれるなら、しっかり答えてやらねば。

6/21/2024, 12:40:48 PM

"好きな色"

「本当に良かったのか?俺まで同行しちまって」
 本屋の前で、隣を歩く飛彩に問いかける。
 オペを終わらせ医院に帰ろうとした所、偶然本屋に向かおうとしていた飛彩と出くわした。
 休日だからか、少しラフな格好をした飛彩を久しぶりに見て顔が熱くなった。
 見惚れていると「帰る所なら、一緒に行こう」と誘われて、それらしい断る理由が見つからなかったのでそのまま着いてきた。
「お前に教わった本以外に、良い本があったら教えて欲しい」
 小説でも医学書でも、そう微笑む顔に胸が、トクン、と高鳴る。
「だがその前に栞を見たい。だからまずは雑貨の棚から」
「わ、分かった」
 そうして本屋に入り、雑貨コーナーの栞が置いてある棚の前に立つ。
「前来た時よりも種類増えてんな」
 横を見ると、数多の栞を前に悩む飛彩の横顔があった。
「どれにするか……」
 そう呟く声も凛々しく、かっこいい。
「どれが良いと思う?」
 不意にこちらを向いて話しを振ってきた。驚いて肩が跳ねる。
「え、えぇ……っと」
 改めて棚に並ぶ栞を見る。
 色とりどりで素材や模様、デザインまでも様々で俺まで悩んでしまい、パッと出てこない。
「じゃあ、お前の好きな色で選んだらどうだ?」
 そう提案をするが、すぐ後「あっ」と声を漏らす。
──けど、飛彩に《好きな色》という概念があるかどうか分からない。余計悩ませる事になったかもしれない。
 ちらりと横を見ると、「なるほど」と声を漏らしながら顎に指を当てていた。
「なら、これにしよう」
 そう言って一つの栞を手に取った。
 白地の栞に水色と黄緑色の水彩絵の具が垂れたようなデザインの、今の季節にピッタリなデザインの栞だ。
「水色なら他にもあんぞ?」
 なんでそれ?、と指しながら問う。
 水色はブレイブの主色だ。《好きな色》でなくとも身近な色として手に取りやすい色だろう。
 だが何故黄緑色も使われている栞を手に取ったのか分からない。
「黄緑色はお前の色だから」
 そう言われ、はたと気付いた。
 黄緑色は俺──スナイプの主色。自身の色と俺の色は相性が良く、涼し気なコントラストだから今の季節によく見られる色の組み合わせだ。
 だが飛彩が手の中の栞を選んだ理由はそれでは無い。
「俺とお前の色が使われている物を見ると、ふと気持ちが穏やかになるからだ」
 そう微笑みながら栞を見せてくる。
「……そーかよ。め、目当ての見つけたんなら、早く本見に行くぞ」
 恥ずかしくなり、その場から離れるよう足早にこの前教えた本が置いているであろう新刊コーナーに向かう。
「分かった。だから置いていくな」
 小さく笑い声を漏らしながら、俺の後を着いてきた。
「おら、これだ」
 目当ての本を手に取って、飛彩に差し出す。追いついた飛彩がそれを受け取り「ありがとう」と一言礼を言う。
「他見て回るか?」
「あぁ。だが、あまり大我を独占しているとハナが痺れを切らして鳴き喚いてしまうから、ゆっくりとは回れんな」
「うっ……」
 独占、という単語に思わず反応して声が漏れてしまった。
「……なら早く回んぞ」
「そうだな」
 飛彩の返事を聞き、新刊コーナーから離れて別の棚へと向かった。

6/20/2024, 10:59:50 AM

"あなたがいたから"

「もうそろそろ終わるか?」
 CRの医師控え室で、もうそろそろ読み終わりそうな文庫本を読んでいる飛彩に問いかけてみる。
「あぁ。……あと二、三ページだ」
 頷いてから今読んでいるページの後ろのページ数を数えて、残りのページ数を答えた。
「んじゃ新しいの買いに行くには丁度良いな」
「そうだな」
 そう頷くと、傍らに置いていたカップを手に取って中のコーヒーを啜った。
「そろそろ小説を仕舞う本棚を増やそうかと思っている」
「あぁ……。そういやだいぶ増えたよな。お前の部屋の本」
 最初の頃の飛彩の部屋と、この前訪れた時の飛彩の部屋を思い出す。
 最初の頃は医学書や文献ばかりだった本棚に、少しずつ小説が増えていき、小説のみを納める本棚が置かれて、この前訪れた時にはその本棚があと数冊で埋まりそうだった。
「お前のおかげだ」
「は?」
 何の突拍子もなく言われ、思わず声が漏れた。
「お前を知りたいという思いをきっかけに読み始めた」
「お、おぉ」
「お前がどの言葉を選ぶのか、何となく分かる」
「あっそ……」
 少し恥ずかしくなって、ふい、と顔を逸らす。
「それだけじゃない。知らない漢字や言葉がまだあるのかと思い知らされた」
「まぁ、小説読んでるとたまに知らねぇのが出てくるよな」
「それを調べる度に、自分の語彙が増えていく気がして面白い」
 そう言う飛彩の横顔は口角が綺麗に上がり、目が輝いていた。
 その顔に自身もつられて口角が上がる。
「俺に小説を教えてくれて、ありがとう」
 急にこちらを向いて、微笑んだ。思わず心臓が跳ねる。
「う、……るせぇ」
 また顔を逸らして、今度は照れ隠しの言葉が出る。
 そして横から聞こえた小さな笑い声を聞きながら、自身の傍に置いていたコーヒーを啜った。

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