ミミッキュ

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6/19/2024, 12:23:27 PM

"相合傘"

 ハナの散歩中、休憩がてらベンチに座って飛彩と話していると、雨がパラパラと降り出してきた。
「うわ、やっぱ降ってきた……」
「折り畳み傘は?」
 そう問いながら、傍らに立て掛けていた傘を開いて雨を遮った。
 さりげなく俺の頭上にも傘を差してきて、恥ずかしながら『本当紳士だな、こいつ』と改めて感心する。
 ハナが濡れないよう抱き上げて、ハナも傘に入れて答える。
「昨日風強かっただろ。帰って中に入ろうとした時突風にあおられて壊れて、今日辺り新しいの買おうと思ってたとこだったんだけどよ」
「早朝に降る予報だっただろう」
「そうなんだけど、降水確率低かったし大丈夫だと思ったんだよ」
 そしたら案の定これ、と空を指しながら言うと、飛彩が小さく吹き出した。
「んだよ」少し怒りながら言い放つ。
「なんでもない」
 そう言いながらも小さな笑い声が混じっていて、唇を尖らせる。
「済まない。医院まで送ろう」
 笑いが落ち着いたようで少し息を吐き出して、そう言った。
「いいのかよ」
「時間に余裕があるからな。それと、お詫びと軽いウォーキングを兼ねて」
「まだ鍛えんのかよ」
「継続は力なり。一日でも怠ると、いざと言う時困るからな」
「真面目だな」
 ふは、と吹き出して言うと「それは貴方も」と返された。
「あ、傘俺が持つ。俺の方が背高いし」
 そう言って傘の柄を持とうとする。
「そこまで身長差は無いだろう。大丈夫だ。気持ちだけ受け取っておく。それと、ハナを抱きながら相合傘は安定しないだろう」
 『相合傘』という言葉にドキリとする。
 確かにこの状況は相合傘だ。言葉にされて気付いた瞬間、心臓が早鐘を打ち始めた。
「今更ドキドキする事か?」
 付き合って何年経つと思っている?、と微笑みながら言われた。
「うっ……るせぇなっ、悪ぃかよ!」
 思わず切れ気味に言い返した。
 その声にハナが驚いたのか「んみゃあ」と俺を見上げながら鳴いてきた。
「あ、悪い……。驚かしたか?」
「んみぃ」
 驚かしてしまったお詫びにハナの頭を撫でる。気持ち良さそうに喉を鳴らして擦り寄ってきた。
 すると一連のやり取りに、飛彩が微笑ましそうに小さく笑い声を漏らし、言葉を続けた。
「早く帰ろう」
「あぁ、そうだな」
 一つの傘の中、雨音を聞きながら歩き出した。

6/18/2024, 11:45:53 AM

"落下"

 ハナが高い所から一人で降りられるようになった。
 この前までは高い所に登って満足すると『降ろせ』といつも泣き喚いていたのに、目覚しい成長だ。
 喜ぶべき事だし、凄く嬉しい。
 だけど最近、ハナの成長に少し寂しく思う。
 これから少しずつ、俺がいなくても生きていけるようになっていくのかと思うと、なんだか素直に喜べない。
 俺が勝手に家族にしたのに、勝手に寂しがって成長を拒んで、傲慢にも程がある。
 いつからこんな我儘になってしまったのだろう。
 失うものは何も無いはずなのに、いつからこんなに、失うのが怖いと思ってしまうんだろう。

6/17/2024, 10:48:42 AM

"未来"

「この先もずっと、こんな風に過ごしたい」
 早朝の公園のベンチに座って、先程偶然遭遇した飛彩に膝枕しながら、ぼそりと呟く。ちなみにハナは足元で身体を丸くして寝ている。
「そうか」
「『どんな風に?』とか聞かねぇんだな」
「なんとなく、俺が考えている事と同じ気がする。だから聞かない」
「……っそ」
 やはりお見通しのようだ。
 恥ずかしさに空を見上げる。
「ビミョーだな」
 相変わらず曇天の空に、鬱々とした声が漏れた。
「予報通りに晴れるといいな」
「だなぁ」
 顔を下げて、再び飛彩の顔を見る。
 穏やか目で俺を見つめながら微笑む端正な顔がそこにあった。
「……んだよ」
「なんでもない」
「……ってか、そろそろ行かなくていいのか?」
「ん……あぁ、そんな時間か」
 自身の腕時計を見つめるとそう言って、ゆっくり起き上がり立ち上がった。
「では、また」
「おう、またな」
 そう言うと身を翻して、颯爽と離れていった。背中と革靴の音がだんだん小さくなっていくのを見守る。
「んみゃあ」
「お、起きたか」
 すると、いつの間にか起きていたハナが足元で『早く行こう』と言いたげに訴えてきた。
「んじゃ、行くか」
 立ち上がって歩き始める。
 軽い足取りで前を歩くハナに笑みが零れた。

6/16/2024, 10:55:55 AM

"一年前"

 去年の今日は確か、午後休みで飛彩の家に行って洗濯したり掃除したり、料理を作ってタッパーに小分けしたりしてた。
 ハナを迎える前までは少しでも時間に余裕があれば飛彩の家へ行って、溜まっている家事をやっていた。
 ハナを迎えてからは全然行けてなくて申し訳なく思っているが、本人は以来溜めないよう努力しているらしい。できているか心配だが。
 ハナが避妊手術をしてからは、前ほどではないが行けるようになっているから最悪な状態にはならない。
 だが本人の言う通りあまり溜めていないみたいで、とりあえずは安心。
 いつか、ハナを連れて花畑とかペット可のお店とかに二人と一匹で行ってみたい。

6/15/2024, 2:27:19 PM

"好きな本"

 数年前、入院中回診に行く度文庫本を開いていた。
 キャスターの付いたテーブルの上にはいつも数冊の文庫本が平積みされていた。
 ブックカバーを付けていて、いつも「何を読んでいるんだ?」と聞いていた。そうして聞いたタイトルをメモして調べていた。三回程繰り返して、三冊とも著者が同じだと気付いた。
 その後に聞いたタイトルも、調べるとやはり同じ著者。
 五年前と変わっていなくても、どんな僅かなものでも、大我を知りたい。
 だから閉店間際の本屋で、最初に聞いたタイトルの文庫本を探して買った。
 休憩の合間や待ち時間に少しずつ読み進めた。読み進めて少しずつ分かってきた。
 大我は頭を使うものが好き。その中でも詩のような描写の書き方をするものが好き。
 まだ一冊だから外れているかもしれない。それでも気付いた時、胸郭内が喜びに満ち満ちていたのを覚えている。
 その後も読み進めて三冊目を読み終わった時、あの時の気付きが間違いじゃなかったと分かった。
 二冊目を読み出した頃「そういや最近聞いてこねぇな」と言われた。
「沢山の文庫本を平積みにしていたから、読書家なのかと思い気になって聞いていた」
「じゃあ退院したら、お前の好きそうなやつ見繕ってやんよ」と約束した。
 退院日の予定を開けて、当日本屋に出かけた。「フィクションは?」「恋愛ものは?」「いっこコメディ……?」など、沢山の文庫本を手に取って裏表紙を見ながら聞いてきたり呟いたり、小一時間悩んで「これだ」と一冊の文庫本を手に取って渡した。
「性格的にミステリー。けど俺と違ってファンタジー色強めのやつが好みだと思った」
 表紙はまるで絵画のようなイラストで、大我が読んでいたものと違う。勿論表紙に書かれている著者も違う。
 だが、綺麗な色彩や細やかな輪郭に惹かれた。
 気付けばそのまま受け取って、レジに持って行っていた。
 数年経って本棚の小説が増えた今でも、以前に買った著者やジャンルの違う本と俺の為に選んでくれたその一冊は、俺の大切で好きな本だ。

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