ミミッキュ

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6/14/2024, 11:40:52 AM

"曖昧な空"

「はぁ……」
 ため息を吐きながら、灰色の雲に覆われた空を見上げる。
 六月に入ってから、ハッキリと晴れている日が片手で数える程しかない。大体雨かどんよりとした曇り空。
 今日も今日とて降水確率はビミョーな数字。折り畳み傘が手放せない。今週だけでもう四回は活躍した。
 ハナが急に立ち止まったかと思うと、前足を器用に使って顔を洗い始めた。ちなみに散歩に出る前にも顔を洗っていた。
「また降るのか……」
 ジメジメしているせいか、周りも自身も精神的に暗くなっている。
「今日もジメジメで嫌ですねー」
 ハナを抱き上げながらぼやくと「みゃあん」と鳴きながら、胸元にスリスリと頬を擦ってきた。
 すると、辺りの空気が少し変わった気がした。見上げると、先程よりも灰色が濃くなっている。
「今日もUターンかよ」
 そう吐き捨てると、身体の向きを百八十度変えて小走りで元来た道を戻って、散歩を中断した。

6/13/2024, 2:15:46 PM

"あじさい"

「今朝、花屋の店員にこれを貰った」
 いつもの人気のない休憩スペース。先に行って待っていると、テーブルに近付くやいなや片手に持ったリースのようなものを掲げながら言った。
 玄関扉に飾る物だろうか、焦げ茶色の細い蔓を三本程束ねて円形に型どっていて、円の内側の下部に小さな花が飾られている。
 花は淡い青色で、外側に向かって円形に咲いている。外側に咲く花は枚数と一枚一枚の形が紫陽花を思わせるような花弁だ。
「試作で作った物だそうで、是非と渡された。失敗作ではなさそうなクオリティだが」
 確かに思った。『試作品』と言うには綺麗な仕上がりで、普通に店頭に並んでいてもおかしくない。
「綺麗にはできたけど、商品として置くには地味だからだろ」
 飛彩が言う『花屋』があの通りの花屋なら、店の内装や照明と合わせると、この色味は地味すぎる。店の飾りとして見えてしまうだろう。
 なるほど、と小さく呟くと自販機に近付き、硬貨を入れていつものボタンを押した。途端に紙コップが落ちる乾いた音が響いて紙コップの中に入れられていく音が響いた数秒後、紙コップを取って向かいに座った。
「んで?どうすんだ、これ」
 既に買っていたコーヒーを啜りながら飾りを指して問うた。
「お前にやる」
 思わず「は?」と疑問の声を上げる。
「貰った時、診察室の扉を彩っているのが浮かんだ」
「貰ったのお前だろ?」
「俺がお前にあげたいと思っただけだ。それに貰う時、店員に『これをあげたい人がいる』と言ったら、『勿論』と快く了承してくれた」
 だから受け取って欲しい、と差し出してきた。
 確かに診察室の扉に飾るには良いサイズと色味だ。それにこれを見せられた時『俺に渡す』と決めて受け取っていた。受け取れないと断わる訳にはいかない。
「……わーった、貰っとく」
 ありがと、と小さく言うと、小さく笑って頷いた。
「……ところでこれ、なんて花だ?聞いてねぇか?」
 とっさに手の中の飾りに視線を落として疑問をぶつける。あぁ、と声を漏らした。
「『ヤマアジサイ』という花らしい」
「へぇ、どうりで紫陽花みてぇな花弁してる訳だ」
 後で調べよう、と呟いてコーヒーを啜る。
 中身が空になったので立ち上がって、紙コップ専用のゴミ箱に紙コップを捨てる。
「んじゃ、そろそろ行く。これ、飾っとく」
 片手に持った飾りを掲げる。
「好みに合って良かった」
「扉に飾るのに良いと思っただけで、好みかどうかは別だ」
「確かにそうだな。……では、また」
「あぁ、またな」
 そう言って身を翻し、休憩スペースを出て鼻歌交じりにロビーへ向かった。

6/12/2024, 12:50:34 PM

"好き嫌い"

 散歩の途中、折り返し地点で近くにあったベンチに座って休憩する。
「みゃあ」
 それなりに歩いたはずなのにまだ体力が有り余っているらしく、ハナが足元で大声で鳴いた。
「本当元気だな、お前……」
 雲は若干多いが晴れている空を見上げながら呟く。
「大我」
 不意に下の名前を呼ばれ、身を強ばらせるがハナが威嚇の声を出していないので警戒を解く。
 だが念の為少し警戒しながら声を辿って声の主に視線を向けた。
「……お前か」
 足元にいたハナを抱き上げて「はよ」と挨拶をする。飛彩も「おはよう」と挨拶をすると、ハナを優しく撫でた。ハナが気持ち良さそうに喉を鳴らす。
 身を端に寄せて隣に座るよう促して、隣に座らせた。
「この前もここを通ってなかったか?」
「なんか場所の好き嫌いが出てきて、最近じゃこっちの方ばっか」
「そうか」
 俺の言葉に小さく頷いた。その顔は心做しか少し嬉しそうに見える。つられて口角が上がる。
 それもそうだ。好き嫌いが出てきたという事は、成長している証拠。
 子猫と言うには大きいが、成猫と言うには少し小さい身体にまで大きく育った。身体はもう少し大きくなるはず。
 だが身体が大きくなるだけでは大人にはなれない。大人になるには、心の成長も必要。心の芽生えや成長が少しずつ見られはじめて胸の奥が暖かくなった。
 その成長を言葉にすると、改めて感動し胸の奥が暖かくなる。
「今日早ぇんだな。時間が前倒しになったのか?」
「いや、確認したい事があるから、いつもより早く出た」
「っそ。……んじゃそろそろ行く。早く帰って飯用意しねぇと。またな」
 立ち上がってハナを地面に降ろして手を振る。
「あぁ、また」
 手を振り返して踵を返し、歩き出した。だんだん遠のいていく背中を見送る。
「んみゃあ」
 ハナが俺を呼ぶように一声鳴く。前を歩くハナの背中を見ながら歩みを進めた。

6/11/2024, 1:32:58 PM

"街"

 久しぶりに晴れた今日は、街中を突っ切っていくコースにした。
 久々に晴れた早朝、久々の散歩でハナの足取りが心做しか軽やかだ。
 露出している肌の感覚が少し湿っぽくなっている。梅雨というのもあるが、少しずつ上昇している気温も空気の湿っぽさの理由だろう。
──そろそろ扇風機を出して、クーラーも点検しなきゃな……。
 ぼんやりと考えながら街路樹の傍を通っていく。
 そういえば、ハナにとって初めての夏だ。身体が小さく体毛が生えている猫など人間よりも体感温度がもっと暑いはず。
──猫の夏バテ対策を調べるのも必要だ……。今年は大変だな……。
 去年の夏はとてつもなく暑かったのを思い出して、ため息が出た。
 そのため息に反応してハナが振り向いて「みゃあ」と鳴いた。
「なんでもねぇよ。ほれ、雨に降られる前に早く行くぞ」
 ハナを抱きながらの折り畳み傘はしんどい。風にあおられやすい構造の折り畳み傘を差しながらハナを抱くのはハナが確実に濡れる。だからなるべく避けたい。
 俺の意図を読んだのか、前を向いて先程までよりも早足で歩き出した。
 リードが張らないように歩くスピードを早めて、早朝の街中を歩いていった。

6/10/2024, 1:20:59 PM

"やりたいこと"

【今の所確定している予定だ】
 夕食の片付けを終えて居室に戻ると、その一文と共に直近二週間程のスケジュールが送られてきた。
 兎のイラストに吹き出しで『OK』と書かれたスタンプを送信して、さらっと目を通す。
《来週休みあんのな》
【まだ曖昧だが取れる可能性が高い】
《そりゃ良かった》
 この頃忙しそうに奔走している所を何度も見受けられたので、休みが取れると聞いて安堵のため息が漏れる。
《なんかやりたい事は?》
【休みの日にか】
《そう》
《折角久々に纏まった休み取れるんなら今のうちにやる事決めておいた方がいいだろ》
【それもそうか】
 考えながら打っていたのか、間が空いてメッセージが送られてきた。
【論文や文献を読むのに使おうと思っている】
 想像通りの返答が帰ってきて、思わず吹き出す。
《だろうな》
《本当真面目だな》
【読む時間が中々無くて読み溜めていたからな】
【お互い様だ】
《うるせぇ》
 軽く言い合いをして一旦スマホを置きバスタオルと着替えを出すと、そういえばと思い出してスマホを手に取りメッセージを打ち込んで送信する。
《そういやこの間本屋行ったらお前の好きそうな小説出てたぞ》
《確か文庫》
《なんてタイトルだったか出てこねぇから後でいいか?》
【勿論】
《新刊の棚にあったから見つけやすいと思う》
《あ、けど休みの時には棚移動してるか?》
【明日の夕方空いてる時間があるからその時に行く】
【ありがとう】
《どういたしまして》
《けど「好きそう」だから好みのやつじゃなかったら悪い》
【貴方が勧める物に外れは無い】
《凄ぇ信頼で逆にプレッシャー》
【本当の事だ】
【それと小説はあまり読まないから助かる】
 たとえ文字でも、直接的に言われると照れてしまう。
 一呼吸して、言葉を打ち込む。
《タイトル思い出してぇからまた後で》
【分かった】
 送られてきたメッセージを見てアプリを閉じスマホを置くと、傍に置いていたバスタオルと着替えを持って入浴に向かった。
──なんてタイトルだったっけ、あれ……。

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