"あじさい"
「今朝、花屋の店員にこれを貰った」
いつもの人気のない休憩スペース。先に行って待っていると、テーブルに近付くやいなや片手に持ったリースのようなものを掲げながら言った。
玄関扉に飾る物だろうか、焦げ茶色の細い蔓を三本程束ねて円形に型どっていて、円の内側の下部に小さな花が飾られている。
花は淡い青色で、外側に向かって円形に咲いている。外側に咲く花は枚数と一枚一枚の形が紫陽花を思わせるような花弁だ。
「試作で作った物だそうで、是非と渡された。失敗作ではなさそうなクオリティだが」
確かに思った。『試作品』と言うには綺麗な仕上がりで、普通に店頭に並んでいてもおかしくない。
「綺麗にはできたけど、商品として置くには地味だからだろ」
飛彩が言う『花屋』があの通りの花屋なら、店の内装や照明と合わせると、この色味は地味すぎる。店の飾りとして見えてしまうだろう。
なるほど、と小さく呟くと自販機に近付き、硬貨を入れていつものボタンを押した。途端に紙コップが落ちる乾いた音が響いて紙コップの中に入れられていく音が響いた数秒後、紙コップを取って向かいに座った。
「んで?どうすんだ、これ」
既に買っていたコーヒーを啜りながら飾りを指して問うた。
「お前にやる」
思わず「は?」と疑問の声を上げる。
「貰った時、診察室の扉を彩っているのが浮かんだ」
「貰ったのお前だろ?」
「俺がお前にあげたいと思っただけだ。それに貰う時、店員に『これをあげたい人がいる』と言ったら、『勿論』と快く了承してくれた」
だから受け取って欲しい、と差し出してきた。
確かに診察室の扉に飾るには良いサイズと色味だ。それにこれを見せられた時『俺に渡す』と決めて受け取っていた。受け取れないと断わる訳にはいかない。
「……わーった、貰っとく」
ありがと、と小さく言うと、小さく笑って頷いた。
「……ところでこれ、なんて花だ?聞いてねぇか?」
とっさに手の中の飾りに視線を落として疑問をぶつける。あぁ、と声を漏らした。
「『ヤマアジサイ』という花らしい」
「へぇ、どうりで紫陽花みてぇな花弁してる訳だ」
後で調べよう、と呟いてコーヒーを啜る。
中身が空になったので立ち上がって、紙コップ専用のゴミ箱に紙コップを捨てる。
「んじゃ、そろそろ行く。これ、飾っとく」
片手に持った飾りを掲げる。
「好みに合って良かった」
「扉に飾るのに良いと思っただけで、好みかどうかは別だ」
「確かにそうだな。……では、また」
「あぁ、またな」
そう言って身を翻し、休憩スペースを出て鼻歌交じりにロビーへ向かった。
6/13/2024, 2:15:46 PM