"好きな本"
数年前、入院中回診に行く度文庫本を開いていた。
キャスターの付いたテーブルの上にはいつも数冊の文庫本が平積みされていた。
ブックカバーを付けていて、いつも「何を読んでいるんだ?」と聞いていた。そうして聞いたタイトルをメモして調べていた。三回程繰り返して、三冊とも著者が同じだと気付いた。
その後に聞いたタイトルも、調べるとやはり同じ著者。
五年前と変わっていなくても、どんな僅かなものでも、大我を知りたい。
だから閉店間際の本屋で、最初に聞いたタイトルの文庫本を探して買った。
休憩の合間や待ち時間に少しずつ読み進めた。読み進めて少しずつ分かってきた。
大我は頭を使うものが好き。その中でも詩のような描写の書き方をするものが好き。
まだ一冊だから外れているかもしれない。それでも気付いた時、胸郭内が喜びに満ち満ちていたのを覚えている。
その後も読み進めて三冊目を読み終わった時、あの時の気付きが間違いじゃなかったと分かった。
二冊目を読み出した頃「そういや最近聞いてこねぇな」と言われた。
「沢山の文庫本を平積みにしていたから、読書家なのかと思い気になって聞いていた」
「じゃあ退院したら、お前の好きそうなやつ見繕ってやんよ」と約束した。
退院日の予定を開けて、当日本屋に出かけた。「フィクションは?」「恋愛ものは?」「いっこコメディ……?」など、沢山の文庫本を手に取って裏表紙を見ながら聞いてきたり呟いたり、小一時間悩んで「これだ」と一冊の文庫本を手に取って渡した。
「性格的にミステリー。けど俺と違ってファンタジー色強めのやつが好みだと思った」
表紙はまるで絵画のようなイラストで、大我が読んでいたものと違う。勿論表紙に書かれている著者も違う。
だが、綺麗な色彩や細やかな輪郭に惹かれた。
気付けばそのまま受け取って、レジに持って行っていた。
数年経って本棚の小説が増えた今でも、以前に買った著者やジャンルの違う本と俺の為に選んでくれたその一冊は、俺の大切で好きな本だ。
6/15/2024, 2:27:19 PM