"子どもの頃は"
聖都大学附属病院一階の人通りの少ない廊下に面する、いつもの休憩スペース。
飛彩が仕事の日は、よくこの場所を使って駄弁っている。
「お前の子どもの時の話を聞きたい」
「……一応聞くが、何でだ」
「この前家に来た時、勝手にアルバムを見ただろ」
「やっぱバレてたのか……」
この前飛彩の家に行った時、少し散らかっていたので軽く片付けをした。その時、押し入れを開けたらアルバムが数冊出てきて、駄目だと分かっていたが好奇心に負けて開くと、丁寧に年月日と共に写真が一ページ一ページ綺麗に並べられていた。
その書かれている年月日の感覚が凄く近く『流石院長……』という、感心と呆れがブレンドされた言葉が出てきた。
そして写真を見ていく度、今と変わらない出で立ちと雰囲気に顔が綻んでいた。
今アルバムの中の幼い飛彩を思い出しても、その変わらなさに頬が緩みそうになる。
俺の幼い頃の話を聞きたいと言うのは、『フェアじゃないから』が理由だろう。
「俺の小せぇ時の話なんて面白くねぇぞ。そもそもどんなだったか覚えてねぇし」
「なら推測していいか?」
気持ちいい程威勢よく言ってきた。この感じは『やめろ』と言っても聞かない時のやつだと思い、少し考えてから「どーぞ」と答えた。
「幼い頃の大我は、今以上にビビリだった気がする」
ギクリ、と身体が反応しかける。
確かに幼い頃の俺は、今の何倍もビビリだった。高い所、狭い所、暗い所に行くといつも震えていた記憶がある。
ちらりと俺の顔を見ると、得意げな顔でコーヒーを啜る。
──こいつ今人の顔を見て……。腹立つ……。その通りだよ、ちくしょー……。
小学生の時、女子以上のビビリなのを理由に揶揄われて、六年生の時『このまま中学生になるのは嫌だ』と少しずつ克服して、少しずつ苦手な物を減らした。
「けれど、流石にお化けやホラー物は克服できなかったか」
「んな!?」
──声に出てたか!?
「顔に書いていた」
そう言う飛彩の顔を睨みながら、自身もコーヒーを啜る。
「もっと幼い時に会いたかった」
「幼馴染になりたかった、って事か?」
「そうだ」
そう頷く飛彩に『何で』と聞きたかったが、言葉にする前に「もうすぐ時間だからそろそろ行く」と言ってコップをあおって残りのコーヒーを飲み干し、空になった紙コップを専用のゴミ箱に捨てた。
「では、また」
「おう、またな」
短く言葉を交わして、壁の向こうに消えてからも革靴の音が聞こえなくなるまで、コーヒーを啜りながら出入り口を眺め続けた。
──なんか負けた気がする……。ムカつく……。
6/23/2024, 11:13:56 AM