ミミッキュ

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4/25/2024, 2:20:26 PM

"流れ星に願いを"

 ダンッ
 不意に窓ガラスが叩かれる音が響いた。
 嫌な予感で身の毛がよだつのを感じ、咄嗟に音がした処置室へ入り明かりを点けると、窓辺に窓の外を見上げるハナがいた。窓の外を見ると、誰もいない。
 とりあえずハナを窓から離そうとハナに近付く。
「おい、危ねぇから離れ──」
 そう言いかけると、ハナが立ち上がって前足を出して窓ガラスを叩く。
 ダンッ
 あの音だ。
 あの音の正体は、ハナが窓ガラスを叩く音だった。
「お、脅かすなよ……」
 急に緊張感から解放されて膝から崩れ落ちそうになるが、なんとか踏みとどまる。
 窓に近付き「何に興奮してんだ」とハナの視線を辿る。
 キラリ、と夜空を駆けるものが見えた。それに合わせて、ダンッ、とハナが窓を叩く音が聞こえた。
──なるほど、これ《流れ星》に反応してたのか。
 空が晴れているおかげで、流れ星がよく見える。
 ただ、今夜は流星群があるとは聞いていない。
 ならこれは流星群ではなく、数個の星が流れるちょっとした天体ショーという事か。
 そっと両手を合わせると指を絡ませ、祈るように顔を伏せて目を閉じる。
 何かに願うものは無い。自分で行動し叶えるものばかり。
 ただ、これだけは祈り願う。
──皆が、ハナが、これから先も平和に過ごせますように。
 そう呟くと、ダンッ、とハナがまた窓を叩く音がした。
 緩慢な動きで顔を上げ、目を開ける。
「さ、晩飯の時間だぞ」
 そう言ってハナを抱き上げると「みゃあ」と一声上げた。
 そのまま窓を離れて処置室の明かりを消し、夕食を摂りに廊下に出た。

4/24/2024, 1:01:15 PM

"ルール"

 一見デタラメに見える言動にも何かしらの法則性──ルールがある。
 そのルールが分かれば、対処のしようがある。
 雁字搦めなルールには、どこかに必ず穴がある。
 他者を貶める為縛る為に設定したルールに、自分自身も貶めたり縛ったりしては意味が無いから。
 そして、不完全な人間が作ったルールなのだから完璧なルールなんて無い。
 ルールはロジック。論理で組み立てられたものなのだ。
 たとえ完璧なルールでも、よく探せば、小さくとも穴が存在する。

4/23/2024, 2:29:36 PM

"今日の心模様"

 午前中はバタついててんやわんやだった。
 総動員でなんとか分担して対処したけど、結構ギリギリだった。
 まるで嵐の中に突っ込まれたような気分だった。
 休憩返上でやって二時半ごろにようやく落ち着いて休憩になった頃には、俺を含めたドクター全員が机に突っ伏してた。
 ポケットに入れていたタブレット型の塩分入りラムネを一人一つずつ渡し糖分と塩分を補給して、全身に鉛が入ったように重かった身体が少し軽くなり、上体を起こす事ができた。
 その後ようやく医院に帰ることができたが、帰ってくるや否やハナが足元に来て鳴き喚いた。
 動けるようになったとはいえ、「みゃーみゃー」と怒った声で鳴くものだから適当にあしらってハナのご飯を用意した。
 嵐が過ぎ去り安心して帰って来たら、今度は食いしん坊モンスターの襲来。
 その後も緊急通報はあったがゆったりとした間隔で来て、今日は時間外来るんじゃないかと思っていたが来ず、明日の準備を済ませ一日が無事終了。
 夕食と入浴を済ませ日記を書き終えると、そのままベッドへ倒れるように入る。
 ハナが何か要求するような鳴き声を上げる。おそらく『遊びたい』だろう。
 だが身も心も疲れ切っていて、ハナの傷口の事もある。まだ充分に遊べる状態じゃないので「また今度」と言うと急に瞼が重くなり、逆らう事無く目を閉じると泥のように眠った。

4/22/2024, 1:27:55 PM

"たとえ間違いだったとしても"

「みゃあん」
 ハナの昼食を持って居室に入ると、鳴きながら寄ってきた。
「はいはい、慌てんな」
 部屋に入りいつもの場所に皿を置くと、皿の前で行儀よく座って「みゃうん」と鳴いて食べ始めた。
 術後から嘔吐防止でいつもより量を減らしているが、こうして変わらずに食べてくれて本当に嬉しい。
 ただ、ふと俺がハナを拾わなければ良かったんじゃないかとか、あの時中に入れてあげるだけで晴れた後外に出してれば良かったんじゃないかとか。
 俺がこいつの親代わりになったのは間違いなんじゃないか。
 いや、あのまま外に帰しても心のどこかで心配していただろうし、子猫一匹で外に放っておくなどできない。
 こいつを保護したのも、こいつの親代わりになったのも、間違った行動だったなんて言いたくない。
 人間にも動物にも、幸せになる権利はある。少しでもハナの幸せになる手伝いができてればいいなと思う。
「みゃあんっ!」
「うおっ」
 ハナの大きな鳴き声に驚いて我に返ると、いつの間にか俺の足元に来ていた。
 皿を見ると、既に空っぽになっていて、水も減っていた。
「今日も完食か」
 ハナを抱き上げて、ベッドの上に乗せる。
「ん?」
 背を向けたハナに疑問符が浮かぶ。
──ここ、なんかの模様みたいだな……。
 ハナはいわゆるブチ猫で保護した時から黒い斑点模様はあったが、今まで模様を気にした事はない。
──この形……。四葉のクローバーか?
 白の中に黒い四葉のクローバー。なかなかシックでオシャレだ。
「みゃあ」
「おい、じゃれんな。傷口が開く」
 模様に指を這わせていると、ころん、とこちらを向いて指にじゃれついてきた。
 小さな範囲でなら大丈夫だろうが、細心の注意を払ってハナの食後の運動に付き合う。
「はいお終い」
 自身の昼食の時間もあるので、三分程で終わりにする。
「ゆっくり寝て治そうな」
 ハナの身体に掛け布団を優しくかけて寝かしつける。
 程なくして目を閉じ、眠り始めた。
「……おやすみ」
 物音を立てないようゆっくり離れて、扉を静かに閉め診察室に戻った。

4/21/2024, 1:15:38 PM

"雫"

 長袖のTシャツの裾を整え着替えを終えると、窓の外を見る。
 窓の外側に雫が一つ、また一つとつく。微かに雨粒が窓ガラスを打ちつける音も聞こえる。
「散歩は無しだな」
「みぃーん」
 ハナが悲しそうな声を漏らす。

 昨日、あの後数時間程ほっといた後心配で居室に戻ると、扉を開けた瞬間「みゃあん」という声と共に立ち上がって足元に来た。
 驚きながらご飯皿を見ると、ドライフードが入っていた皿が綺麗に空っぽになっていた。
 こいつ猫だったと思い出したのと同時に、心配して損したという気持ちが湧き上がった。

 一度部屋を出てインスタントコーヒーを作り、インスタントコーヒーで満たされたたマグカップを持って、部屋に戻り椅子に座ると──ジャンプをしてはいけないと分かっているのだろう──、膝の上に乗りたそうに足元をうろつく。
 一旦マグカップをテーブルに置いて両手でハナの身体を持ち上げ膝の上に乗せてあげると身体を丸くする。
 術後間もない時の雨の日は、手術痕が多少なりとも痛んだり疼いたりする。
 痛みや疼きを少しでも和らげるよう、マグカップに口をつけインスタントコーヒーを啜りながらハナの背を撫でる。
 窓の外を眺めながらしばらくハナの背を撫でていると、落ち着いてきたのかゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
 ふ、と小さく笑いながら、再びインスタントコーヒーを啜った。

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