ミミッキュ

Open App
3/21/2024, 2:10:06 PM

"二人ぼっち"

「ハナ」
「みゃあ」
「ハーナー」
「みゃーあー」
 名前を呼ぶと、やまびこのように鳴き返してくる。
 面白くて何度も繰り返す。
「ハナー」
「みゃー」
 俺の声を真似て鳴くのが面白い、そして可愛い。
 今は二人だけ──厳密には一人と一匹──だからできる。
 こんな所、他の人には見せられない。いや、見せたくない……恥ずかしいから。
 ここに居るのは、ハナと俺だけ。この時だけはハナに目いっぱい構う。
 普段は居室に缶詰め状態にしたり、一人でお留守番させたりしているから、その罪滅ぼしではないが、二人で居る時は沢山構っている。
「ハーナ」
「みゃーあ」
 そしてハナの頭にキスを落とす。ハナの柔らかな体毛が口元を覆う。
 ゆっくり離して、頭を撫でて毛並みを整えてあげる。すると喉を鳴らして『もっと』と言わんばかりに手に擦り寄ってきた。
「いっぱい撫でてやるから止めろ」
 少し呆れ笑いを含みながら言って、ハナの気が済むまで沢山撫でた。

3/20/2024, 12:05:50 PM

"夢が醒める前に"

 嬉しい、楽しい、幸せだなと思うとその度に『夢なんじゃないか』と思う。
 そう思い始めると、嫌な考えが湧いてきてしまう。
 感化されたのだろうか。いつからか、夢から醒めるまで現実で思い残す事の無いように楽しもうと考えるようになった。『折角の素敵な夢だ。楽しまなきゃ損だ』と、少し前までの俺では考えられない事を考えるようになった。
 これが良い変化なのか分からない。けど、そう考えるようになってからは、以前の自分と比べて、心が少し軽くなっている気がする。

3/19/2024, 2:09:04 PM

"胸が高鳴る"

 今日は医院の休みの日。昼間の街中を、ハナをジャンパーの中に入れて歩く。
 街に出ると、どこを歩いても路面が出ている。『もう少し暖かくなったら地面歩かせるか』と考えながら歩いていく。
「……ん」
 数十メートル先のベンチに腰掛けている人物を見つけた。
──あいつがここに居るの、珍しいな。
 ベンチに近付いて、顰めっ面をしている人物に声をかける。
「よぉ」
「……あぁ、貴方か」
 こちらを向いて俺を認識すると、いつもの顰めっ面が一瞬で綻び、端につめて隣に座るよう促す。
「午後からだって聞いてはいたけど、ここに居んの珍しいな」
「ボールペンを買いに」
「あぁ、確かこの辺だったよな。お前お気に入りの文具店」
 小さく頷くと、人差し指をハナに近付けてハナの匂いチェックを受ける。数秒後「みゃん」と鳴いた。
「けど、なんでまだここに居んだ?用事は済んだんだろ?」
 そう聞くと、ハナを撫でていた手を止めて口を開く。
「久しぶりに、この辺の空気を吸いたくてな」
 息抜きだ、と答える。
 こいつはCRのドクターとして日々奔走していると同時に、外科医としての功績に見合った忙しさを持っている。
 以前程ではないが、スケジュールが分刻みの時が少なからずある。
 ジャンパーのファスナーを開け、「ほれ」とハナを飛彩に託す。慌てて両手で受け取ってハナを抱き留める。
「みゃあん」
 飛彩の腕の中に収まったハナが喉を鳴らす。
「抱き方はこれで良いのか?」
「気持ち良さそうにしてんだから大丈夫だ」
「そうか」
 視線を落として「また大きくなったな」とハナの顎の下を指で掻くと、『もっと』と言うように顔を上げる。
 その様に、飛彩の口角が僅かに上がる。

 トクン

 その綺麗な横顔に心臓が跳ねる。
 やはり俺は、面食いな所があるのかもしれない。
 好きな理由の中に『顔』があるのかもしれない。
「そろそろ行く」
 と言いながらハナを渡してくる。両手で受け取って抱き留める。
「もう行くのか?時間はまだ先だろ」
「あぁ。だが、もう大丈夫だ」
 ありがとう、と柔らかく微笑みながら片手を上げる。
 また、トクン、と心臓が跳ねた。
 手を上げ返すと背を向けて離れていく。その背中を見送りながら、ハナをジャンパーの中に入れてファスナーを閉める。
 心配するように俺の顔を覗き込んでくる。
「はぁーっ……」
 大きな溜息を吐きながらハナの頭を撫でる。
 ハナのゴロゴロに、早くなってきた拍動を和らいでいくのを感じた。

3/18/2024, 1:59:27 PM

"不条理"

 よく知っている人物のはずなのに、たまに分からない時がある。
 『非論理的な考えだな』とか『なんてめちゃくちゃで感情的なやり方なんだろう』と、遠い遠い、別の世界の人のように感じる。
 年単位の付き合いになると、流石にちょっとは慣れる。毎度毎度自分には無い考えを示されると混乱するが、同時に『こういうのもあるのか』と感心する。
 賛同するかどうかは別だけど、その考えのおかげで良い方向に進んだものが幾つもある。
 だけど、自分の考え方を変えるつもりは無い。というか、俺まで同じような考え方をすると、色々破綻する気がする。そもそもキャラじゃないし。

3/17/2024, 11:19:12 AM

"泣かないよ"

「はぁーっ、今日も無事終わった……」
 見回りを終えて、椅子に倒れるように座る。ぎしり、と椅子が軋む音が鳴る。
「みゃあ」
 『ただいま』とでも言うように、俺の言葉に続いて鳴く。
 俺が椅子に座ったのを見るやいなや膝の上に乗ってくると、俺の顔を覗き込むように身体を伸ばす。
 先を行くようになったのと同じくらいの時期に、見回りを終えると俺の顔を覗き込もうとしてくる。数日前からは、頬を舐めて来るようになった。
「やめろぉ……」
 こういう事をされると、泣きながら見回りしていたみたいで恥ずかしくなる。泣いてないはずだけど。
「よしよし、ありがとな」
 ハナを撫でながら、ゆっくり引き離す。
 が、今度はペタペタと俺の顔を前足で触る。
「やめ、やめろって……」
 少しは慣れてきたが、やはり完全には慣れない。
 ハナの前足が口の中に入りそうになるのを何とか阻止しながら今度こそ引き離す。
「みゃあーう」
 引き出しの中からハナお気に入りの猫じゃらしを出して見せると勢いよく膝から降りてじゃれ始める。手首のスナップを使って動かすと更に食い付いてジャンプや横移動を使ってじゃれる。
 ふと、ある考えがよぎる。
──もしかしてこいつ……俺を心配して……?
 都合の良い解釈だが、胸の奥が暖かくなる心地がした。
「……ありがとな」
 猫じゃらしを動かしながら小さく呟く。
 すると、頬が少し緩んだ感じがした。

Next