ミミッキュ

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"胸が高鳴る"

 今日は医院の休みの日。昼間の街中を、ハナをジャンパーの中に入れて歩く。
 街に出ると、どこを歩いても路面が出ている。『もう少し暖かくなったら地面歩かせるか』と考えながら歩いていく。
「……ん」
 数十メートル先のベンチに腰掛けている人物を見つけた。
──あいつがここに居るの、珍しいな。
 ベンチに近付いて、顰めっ面をしている人物に声をかける。
「よぉ」
「……あぁ、貴方か」
 こちらを向いて俺を認識すると、いつもの顰めっ面が一瞬で綻び、端につめて隣に座るよう促す。
「午後からだって聞いてはいたけど、ここに居んの珍しいな」
「ボールペンを買いに」
「あぁ、確かこの辺だったよな。お前お気に入りの文具店」
 小さく頷くと、人差し指をハナに近付けてハナの匂いチェックを受ける。数秒後「みゃん」と鳴いた。
「けど、なんでまだここに居んだ?用事は済んだんだろ?」
 そう聞くと、ハナを撫でていた手を止めて口を開く。
「久しぶりに、この辺の空気を吸いたくてな」
 息抜きだ、と答える。
 こいつはCRのドクターとして日々奔走していると同時に、外科医としての功績に見合った忙しさを持っている。
 以前程ではないが、スケジュールが分刻みの時が少なからずある。
 ジャンパーのファスナーを開け、「ほれ」とハナを飛彩に託す。慌てて両手で受け取ってハナを抱き留める。
「みゃあん」
 飛彩の腕の中に収まったハナが喉を鳴らす。
「抱き方はこれで良いのか?」
「気持ち良さそうにしてんだから大丈夫だ」
「そうか」
 視線を落として「また大きくなったな」とハナの顎の下を指で掻くと、『もっと』と言うように顔を上げる。
 その様に、飛彩の口角が僅かに上がる。

 トクン

 その綺麗な横顔に心臓が跳ねる。
 やはり俺は、面食いな所があるのかもしれない。
 好きな理由の中に『顔』があるのかもしれない。
「そろそろ行く」
 と言いながらハナを渡してくる。両手で受け取って抱き留める。
「もう行くのか?時間はまだ先だろ」
「あぁ。だが、もう大丈夫だ」
 ありがとう、と柔らかく微笑みながら片手を上げる。
 また、トクン、と心臓が跳ねた。
 手を上げ返すと背を向けて離れていく。その背中を見送りながら、ハナをジャンパーの中に入れてファスナーを閉める。
 心配するように俺の顔を覗き込んでくる。
「はぁーっ……」
 大きな溜息を吐きながらハナの頭を撫でる。
 ハナのゴロゴロに、早くなってきた拍動を和らいでいくのを感じた。

3/19/2024, 2:09:04 PM