ミミッキュ

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3/6/2024, 2:12:24 PM

"絆"

 整理や片付けで手が離せない時、開院前や閉院後の来客──時間外で来る来客は全員見知った奴──の出迎えをハナに頼む事がある。
 最初はただの好奇心で、俺より早く行って出迎えてたが、数週間前から俺が『頼む』と言った時以外は俺が立ち上がるのを待ってから俺の少し前を歩いて出迎えるようになって、それが定着しつつある。
 それと少し前から、来た時の俺の反応を『見て』なのか、歩き方が変わっているのに気付いた。
 基本は俺の少し先を、あまり来る事が無い来客の場合は何メートルも先を歩いて迎えるが、飛彩の場合のみ俺の横にピッタリ付いて歩いている。
 それが他の人から見れば『絆の芽生え』なのか。
 俺には《周りを見るようになった》という、《成長》だと思う。

3/5/2024, 12:50:44 PM

"たまには"

「飯持ってきたぞー」
「みゃあん」
 ご飯皿にドライフードを入れて居室に戻ると、椅子の上から足元に飛んできたハナが皿の定位置の前に座って待つ。
 行儀よく座るハナの前に皿を置く。
「みゃうん」
「召し上がれ」
 言葉を返すと皿の中に顔を突っ込んで、はぐはぐとドライフードを食べ始める。
「……」
 立ち上がって、フルートが入ったケースを仕舞っている戸棚の扉を見つめる。
 今日、医院は一応午前のみ。正午以降は予定が無い。
──昼飯食べる前に一曲吹くか。
 戸棚の取っ手に手を伸ばし、扉を開ける。ケースを取り出して机の上に置くと、ケースの蓋を開けて中のフルートを取り出す。
 やる曲は、ケースの蓋を開けて中のフルートを見た時に決まった。
 ハナの食事の邪魔をしないよう、フルートを持ち居室を出て扉をそっと閉める。診察室の向かいの処置室に移動して窓際に立つとフルートを構え、旋律を室内に響かせる。
──〜……♪
 《キミの記憶》。実は《overtuRe》のアレンジを始める前に、いつか吹きたくてアレンジした曲。
 《overtuRe》のアレンジを終わらせ、練習が行き詰まっている今。息抜きも兼ねてこの曲をやろうと決めた。
 曲全体が綺麗な旋律で、青く透き通った空が広がっている情景が浮かぶ。今の空は、まさにこの曲にぴったりだ。
 ただこの曲の難点は、サビがどう足掻いても息継ぎが難しい事。ノンブレスで数小節分吹く箇所がサビ一つに二箇所あるから、配分を間違えると後半弱々しくなって爽やかさに欠けてしまう。
 幸い高低差は緩やかで、気にかけるのはサビの部分の配分のみ。
──〜……♪
 《Brand New Days》と同じくらい好き。
 だから、ずっとフルートで吹いてみたかった。
 こうして、フルートでこの曲を奏でられて嬉しい。
 歌うように、高らかに奏でて曲を終わらせる。
「ふぅ……」
 フルートから口を離して一息吐いて、奏で切った嬉しさに窓の外の空を見上げる。
──やっぱり、昼間に吹くのもいいな。
 何度か昼間に吹いた事はあるが、いつも吹くのは夜なので昼間に吹き終えた爽やかさを噛み締める。
「……戻ろ。ハナ、もう食い終わってるだろ。あと自分の昼飯」
 ハナの食後の運動と、自身の昼食の為にフルートを手に居室に戻った。

3/4/2024, 12:41:01 PM

"大好きな君に"

 入浴後、十分程ハナの相手をして日記をつけようと椅子に座って机に向かうと、机の上に置いていたスマホからメッセージの着信音が鳴り響いた。
 画面のロックを解除して、メッセージアプリのアイコンを見る。アイコンの右上に新着メッセージの数を表す数字が表示されている。示されている数字は【1】だ。アイコンをタップしてアプリを開き、新着マークが付いている一番上の個人チャットをタップして展開する。
【今度の日曜に物資が届く】
 一行の中に曜日と要件を短くまとめた、堅く簡素な仕事のメッセージだ。
 画面下のバーをタップ、キーボードを展開して文字を打って変換すると送信マークをタップする。
《了解》
 その二文字に続けて、文字打ちと変換を繰り返して誤字脱字が無いか、さらりと確認をして送信マークをタップする。
《いつぐらいに届く?》
 更に続けて、今度は空いている時間帯を提示する。
《昼頃は確実に空いてる》
 質問を含んだメッセージを送ると、十秒程で返信が帰ってきた。
【その頃に届くから問題無い】
 どうやら大丈夫らしい。
《じゃ昼頃行く》
【分かった
皆に伝えておく】
《助かる》
 スマホを机の上に置いて卓上カレンダーとボールペンを取り出し、今週の日曜の空欄の中に『昼頃CRに物資受け取り』と書き記すと、元の定位置に戻す。
 スマホのカレンダーにも書こうとスマホに目を向けようとすると、メッセージを受信した音が鳴った。まだ何かあるのか?、と不思議に思い画面を見る。
【その後渡したい物があるから少し待っていて欲しい】
 『渡したい物』という単語に、頭に疑問符が浮かぶ。疑問をそのまま文字にして送信する。
《渡したい物?》
 そう返すと、十秒以上の間が空く。これは、なんて返そうか迷っている時の間だ。二十秒程経ってメッセージが来る。
【秘密だ】
「……」
 答えになっていない、予想通りの返信に絶句する。
──やっぱりかーい。
 そして思わず心の中で突っ込んで天井を仰ぐ。
──これは絶対何かしてくるな。
 はぁ、と少し長めの溜息を吐きながら体勢を直して返信する。
《はいはい》
《期待しないで待っとく》
 既読が付いたのを見て、その後メッセージが送られてこないのを確認するとメッセージアプリを閉じ、スマホを日記帳の横に置く。
──考えても仕方ない。
 疑問を振り払うように頭を振り、日記帳を開いてシャーペンを手に取った。

3/3/2024, 2:44:16 PM

"ひなまつり"

 小窓ごしに診察室の中を覗いてくる。その姿が視界の端に見えると、カルテに情報を打ち込んでいた手を止めて顔を向ける。
「よ」
 片手を上げ短い声を出して反応すると、開け放たれた扉の前で一旦止まって丁寧に方向転換して、診察室に入ってくる。
「久しぶりだな」
 言いながら俺が座る椅子の前で止まる。その言葉に「おう、久しぶり」と返す。
「集中していた所の邪魔をして済まない」
 小さく腰を折って謝罪する。「いい」と方手を振って言葉を続ける。
「俺こそ、出迎えられなくて悪かった」
 朝とはいえ、今は開院して数十分経ったところで、俺より先に出迎えるハナは居室に箱詰め。先程医院に来た患者の、今ある情報を少しでも早く纏めたくパソコンに向かって打ち出していた為、数メートル近付いてくるまで足音に全く気付けなかった。
 何か言おうと口を開くが、方手でそれを制して「これでおあいこ」と続ける。すると小さく頷いて、謝罪のやり合いで時間を潰してしまう事を止めた俺の意図を汲んだ。
「これを」
 そう言うとスーツの懐に手を入れて、淡い緑色の手ぬぐいを取り出す。
 三日程前、オペ中に怪我をして流血したのを隠しながら病院に戻ろうとしたのを止めて医院に無理矢理連れて戻り、傷口にガーゼを当て固定用テープでは心許ないと、救急箱の傍に置いていた手ぬぐいで縛ったのだ。
 その時「血ぃ止まったら捨てろ」と言ったが「洗って返す」と言い返してきて、その時業務が残っていたのもあり「いいから早く帰れ」と半ば強く追い返した。
「あの後のスケジュールが分刻みだったから、正直助かった」
「用事ってこれかよ。……って、本当に洗って来たのか。いいっつったのに」
 丁寧に折り畳まれた手ぬぐいを顔の前で広げる。血の跡どころか土埃すら付いておらず、下手するとガーゼを固定する前よりも綺麗な淡い緑色に、胸の中で『本当律儀な奴』と呆れ声で呟いて小さく畳み直す。
「こんな安物、洗って返さなくたって……」
 立ち上がってデスク上の戸棚の扉を開け、救急箱の隣の数枚重ねて置いている他の手ぬぐいの上に置く。
「こんなの、近くの雑貨屋に似たようなの沢山売ってるし安いし、応急処置用に何枚かストックだってある。一枚や二枚無くなった所で幾らでも替えがきく」
 言い終えて戸棚の扉を閉めると、横から「そういう人だったな」という呟きが聞こえた。その呟きに小さく鼻を鳴らすと、「だが」と言葉を続けた。
「助かったのは事実だ。俺がやりたくてやった」
 そう真っ直ぐな声色で言われ、反論も何もできず「そうかよ」と短くぶっきらぼうに返す。
 すると、まだ時間があるのか「ところで、今日は桃の節句か」と小窓の傍に置いた、お内裏様とお雛様の折り紙に視線を向けながら話題を投げかけてきた。
「また徹夜して日付感覚狂ってんのか?」
 そう聞くと「違う」と否定してきた。
「ただ、これまでこの日にあまり思い入れが無かったから、今日が季節の行事がある日だと忘れていただけだ」
 言葉を最後まで聞くと「あぁ」と納得した。
 確かに俺たちには馴染みのない行事だ。思い入れどころか、行事についての思い出すら殆どない。
 それなのに、こうして折り紙を折って小窓の傍に飾っている俺は、良くも悪くも日付に細かいのだろうか。うざがられていないか少し心配になって、ちらりと伺う。
「ここに来る度に感覚が整うから有難い」
 そんな俺に気付いたのか、フォローの言葉をかけてくる。
「ちょっとでも季節感出した方が安心するだろ」
「確かに。行事を意識した飾りをすると安心する患者が多いからな」
「あと、ちょくちょく日付感覚狂ってる誰かさんの為に、こういう事して日付を教えてる所もあるな」
 ちょっと揶揄うように言うと「面目ない」と顔を少し伏せる。可笑しくて小さく笑い「冗談だ」と返す。
「それより時間大丈夫か?戻った後もあんだろ」
 そう言って腕時計を指差して時間を見るよう促す。腕時計を巻いた左手首を掲げて文字盤を見て「もうこんな時間か」と呟いて顔を上げる。
「そろそろ行かなければ。今度はゆっくり時間を作って来る」
 そう言ってコートの裾を翻すと廊下に歩み出て、方向転換してこちらを向いた。
「見送りはいい。また」
「あぁ、またな。ハナが会いたがってっから、今度はハナが出てられる時間帯に来い」
 そう言うと「分かった」と言って方手を上げて、壁の向こうに消えていった。革靴の音が遠ざかっていき、正面玄関の扉が開閉される音が聞こえた。
「……」
 救急箱と手ぬぐいが入っている戸棚の扉に視線を向ける。手を伸ばして扉を開けると、洗って返却された淡い緑色の手ぬぐいを取り出して、手ぬぐいの匂いを嗅ぐ。
──飛彩の匂い……。
 思わず表情が綻ぶ。数秒手ぬぐいに染み付いた匂いを堪能すると、何かに弾かれたように顔を上げて頭を振り、手ぬぐいを戻して戸棚の扉を閉める。
「こんな事してる場合じゃねぇ……。打ち込みの続き……」
 椅子に座ってパソコンに向かい、情報の打ち込みの続きを始めた。

3/2/2024, 1:31:21 PM

"たった一つの希望"

 俺が望むのは《平和》。
 けれど、大それたものじゃない。範囲は小さく狭い。
 悲しむ人、苦しむ人を一人でも多く助けたい。

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