ミミッキュ

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3/1/2024, 1:42:29 PM

"欲望"

 欲望と言われても、パッとは出てこない。言ったら変に気を遣わせるだろうから。
 俺の欲望が形になったら、恐らく《墓》か《祀り》だろう。
 いつも自分の命は二の次で、誰か一人の犠牲が必要となったら迷わず手を挙げる。
 心のどこかで《死》を。願わくば、自分を恨んでいる誰かに《殺される》事を望んでいる。
 《あの日》の真実が明るみになったとて、俺の力不足でなった事には変わらない。
 誰かに断罪して欲しい。誰かの幸せの為ならば、この身など幾らでも捧げる。
 俺の欲望はきっと《そういう》事。

2/29/2024, 1:25:02 PM

"列車に乗って"

 脱衣所で濡れた髪を拭きながら、スマホの画面をスワイプさせてニュース記事を確認していく。
「また廃線のニュースかよ……」
 近年何度か目にするようになった《廃線》という文字に辟易の声を上げる。
──いつか、あの路線も無くなるのかな……。
 ふと、《あの町》の事を思い出す。
 医師免許を剥奪され、病院を飛び出した後に何かに誘われるように辿り着いた《あの町》。
 何も無い簡素な田舎町だったが《あの町》での出来事のおかげで、俺のやりたい事が《この町でしかできない事》だと気付けた──具体的に『何がやりたいのか』までは分からないままだったから三年程自堕落に過ごしていた──。
 この町に戻った後の五年間は、とてもじゃないが《あいつら》には言えない。
 当時高校生だった《あいつら》は、今は立派な大学生か社会人か。
「今度の休みに行くか」
──ハナを連れての、日帰り旅行。誰か一人にでも会えるといいな。
 スマホを置いてバスタオルを洗濯カゴに入れる。ドライヤーを手に取って、鼻歌を口ずさみながら温風に髪をなびかせた。

2/28/2024, 11:34:26 AM

"遠くの街へ"

 昼食を食べながら、この前買ったこの辺のレジャー施設等が載っている観光雑誌を開いて眺めていた。
──ハナも連れて行ける場所……どっかにないかな……。
 パラリ、またパラリとページを捲っていく。
「おっ」
 小さな声を漏らし、ページを捲っていた手を止めてそのページをよく見る。
 車で一時間程の所。遊具だけでなく、芝生になっている広場もある大きな公園。紹介文にデカデカと【ペットの散歩におすすめ】と書かれている。
──後でスマホで撮って、メッセで教えよ。
 卓上の引き出しの中から付箋を取り出し、ページの上部に貼り付けて雑誌を閉じる。
──続きは夜中。
 雑誌を机の端に置き、残りの卵サンドを頬張る。
 手に持っていた卵サンドを食べ切って、皿の上の卵サンドを手に取って口元に運ぶと、いつの間にか膝の上に乗って眠っているハナを見つけた。
 ご飯用の皿を見ると、綺麗に空になっていた。
──本当、食べるスピード早ぇ……。
 ハナを見ていると、不思議と『自身ももっと食べなくては』という気持ちになる。
 勿論ハナと会う前もちゃんと食事はしていた。ただ量など二の次で、必要最低限の栄養を摂るだけの食事だった。
 ハナに離乳食を与え始めた時から、ハナの食いしん坊っぷりに引っ張られるように、自身の食べる量も増えていっている。
──そういえば何年も体重計乗ってない……。まさか、太ってねぇよな……!?
 体型は数年前と変わらないが、ハッキリとした数字を見るまではなんとも言えない。
──今度行った時に測るか……。
 知りたいような知りたくないような複雑な思いが胸中に疼いて、その思いを吐き出すように「はぁ……」と大きな息を吐く。

2/27/2024, 10:52:54 AM

"現実逃避"

──前に、急に来たと思ったら出会い頭に渡された、あのシリーズゲームの完全版のリマスター版を始めたが……。
──3Dだから街並みがリアル、というか現実の街並みまんまで、これが数年前のゲームのリマスター版だとは思えない。完全版だからオリジナルの方と微妙な差異があると思うが。
──ていうかストーリーの中に現代社会の闇がいっぱいで敵キャラが凄ぇ胸糞悪ぃし!
──まぁ、当時あいつに勧められたサントラの曲が実際ゲームの中で戦いながら聴くのはサントラで聴くのとは違ったかっこ良さがある。このリマスター版ではBGMが数曲足されてて、その追加された曲もかっこ良いから、なんとか踏みとどまってる。
──あの時聞こえた台詞、この場面での台詞だったのか。
──何が『気分転換に』だ。気分転換の『き』の字も起きねぇよ。
──気分転換にやるやつじゃねぇだろこれ。
──てかあいつ、これをあの時やってたのか?
──当時高校生だったろ?
──やっぱあいつのメンタル凄ぇわ……。
──キリのいいところに来たし、続きは後でやろう……。
 セーブをしてゲーム機の電源を切り、「はぁーっ……」と大きな溜息を吐いて机に突っ伏す。
「あ、んにゃろぉ……今度来たら文句言ってやる……」

2/26/2024, 1:09:34 PM

"君は今"

 部屋着に着替えて髪を乾かし終え、櫛で髪を梳かして脱衣所を出て、居室に入る。
「上がったぞ〜」
 いつもと同じ声色で言うが、緊張で言葉尻が少し強ばった。
──また変な声になった……。
 外出前と入浴後。その二つが、ハナに気を使う瞬間だ。
 ハナは《分離恐怖症》では無いため心配は無いのだが、外出で長時間離れる事がストレスにならないよう、それなりに気を使う。
 衛生の為医院の業務時間は居室にトイレを移動させて箱詰め状態にしているが、これまで大声で鳴いたり扉等に爪研ぎしたりは無かったので、長時間の外出も大丈夫だとは思っている。それでも心配なのは、心配性すぎるのだろうか。
 それと、入浴後は匂いがガラリと変わる。猫は目はそんなに良くはなく、代わりに嗅覚が鋭い。その為匂いで敵味方を判断する。
 だから、この時が一番警戒される。
 下手したら、引っ掻かれたり噛まれたりして怪我をする。引っ掻かれたり噛まれたりする事で感染症になる事もあるらしく、俺にとっても一番警戒する瞬間。
 丁度水を飲んでいたらしく、水の入った皿の前で舌先を出しながら首だけ動かしてこちらを向いた。
──舌しまい忘れてる……。可愛い……。
 数秒こちらを見ると、舌を引っ込めてトコトコと歩いて近付いてきた。
 足元に来ると、イカ耳になった。警戒している時の耳だ。
 膝を付いて優しく包み込むように覆い被さる。部屋着には俺の匂いがいっぱい付いている。その匂いで包んで嗅がせて落ち着かせる。風呂上がり後、ハナを落ち着かせる為のいつもの儀式。十秒程覆い被さっていると、ゴロゴロという音が聞こえてきた。起き上がって抱き上げる。
「ただいま」
「みゃ」
 抱いたまま椅子に座り、机の上のマグカップに口をつけてコーヒーを一口流し込む。
 ふと机の端に出して置いていたスマホに目が行く。
──そういえば今、何してんだろ。今メッセ送ったら迷惑かな。それか業務中でそもそもスマホ手元に無いかな。
 ズズ、と音を立てながら、コーヒーをもう一口啜る。
──今家にいたとして、夜中だから電話なんてもっと迷惑だろうな。
 マグカップを机に置いて、頬杖をつく。
──会いたい……。声が聞きたい……。
「はぁ……」
 溜息に呼応するようにハナが「みゃあ」と鳴いて、ハッと我に返って、自分が溜息を吐いた事に気付く。
「うわぁ……っ」
──女々しすぎんだろ、俺……。
 あまりの女々しさに思わず頭を抱え、大きく息を吐く。
──もしかして、ハナが来る前から、ずっと女々しい溜息を吐いてたのか……!?
 恥ずかしさに再び頭を抱える。
「みゃあ」
 ハナが鳴き声をかけてくる。あまりの恥ずかしさに、ハナは膝の上にいるのに遠くから聞こえてくる物音のように鼓膜に響いた。

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