ミミッキュ

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"君は今"

 部屋着に着替えて髪を乾かし終え、櫛で髪を梳かして脱衣所を出て、居室に入る。
「上がったぞ〜」
 いつもと同じ声色で言うが、緊張で言葉尻が少し強ばった。
──また変な声になった……。
 外出前と入浴後。その二つが、ハナに気を使う瞬間だ。
 ハナは《分離恐怖症》では無いため心配は無いのだが、外出で長時間離れる事がストレスにならないよう、それなりに気を使う。
 衛生の為医院の業務時間は居室にトイレを移動させて箱詰め状態にしているが、これまで大声で鳴いたり扉等に爪研ぎしたりは無かったので、長時間の外出も大丈夫だとは思っている。それでも心配なのは、心配性すぎるのだろうか。
 それと、入浴後は匂いがガラリと変わる。猫は目はそんなに良くはなく、代わりに嗅覚が鋭い。その為匂いで敵味方を判断する。
 だから、この時が一番警戒される。
 下手したら、引っ掻かれたり噛まれたりして怪我をする。引っ掻かれたり噛まれたりする事で感染症になる事もあるらしく、俺にとっても一番警戒する瞬間。
 丁度水を飲んでいたらしく、水の入った皿の前で舌先を出しながら首だけ動かしてこちらを向いた。
──舌しまい忘れてる……。可愛い……。
 数秒こちらを見ると、舌を引っ込めてトコトコと歩いて近付いてきた。
 足元に来ると、イカ耳になった。警戒している時の耳だ。
 膝を付いて優しく包み込むように覆い被さる。部屋着には俺の匂いがいっぱい付いている。その匂いで包んで嗅がせて落ち着かせる。風呂上がり後、ハナを落ち着かせる為のいつもの儀式。十秒程覆い被さっていると、ゴロゴロという音が聞こえてきた。起き上がって抱き上げる。
「ただいま」
「みゃ」
 抱いたまま椅子に座り、机の上のマグカップに口をつけてコーヒーを一口流し込む。
 ふと机の端に出して置いていたスマホに目が行く。
──そういえば今、何してんだろ。今メッセ送ったら迷惑かな。それか業務中でそもそもスマホ手元に無いかな。
 ズズ、と音を立てながら、コーヒーをもう一口啜る。
──今家にいたとして、夜中だから電話なんてもっと迷惑だろうな。
 マグカップを机に置いて、頬杖をつく。
──会いたい……。声が聞きたい……。
「はぁ……」
 溜息に呼応するようにハナが「みゃあ」と鳴いて、ハッと我に返って、自分が溜息を吐いた事に気付く。
「うわぁ……っ」
──女々しすぎんだろ、俺……。
 あまりの女々しさに思わず頭を抱え、大きく息を吐く。
──もしかして、ハナが来る前から、ずっと女々しい溜息を吐いてたのか……!?
 恥ずかしさに再び頭を抱える。
「みゃあ」
 ハナが鳴き声をかけてくる。あまりの恥ずかしさに、ハナは膝の上にいるのに遠くから聞こえてくる物音のように鼓膜に響いた。

2/26/2024, 1:09:34 PM