ミミッキュ

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1/31/2024, 2:55:01 PM

"旅路の果てに"

 俺の前には、長い長い道が続いている。
 この道の先には一体何が待っているのだろうか。
 自分ですら分からないから、誰にも分からない。だから、自分の歩んできた道の先に何があるのか、気になる。
 けれど、長い道の途中には幾つもの選択肢があって、色々な分岐がある。
 だから、焦らずゆっくり選びながら進む。
 長い道だから、疲れて歩けなくなる事もある。進むのが怖くなる事もある。
 そんな時は立ち止まったっていい。ちょっとくらい休憩したって誰にも叱られない。
 道の先に待っているものが何なのか、妄想しながらゆっくり歩いていく。

1/30/2024, 2:50:07 PM

"あなたに届けたい"

 居室にて、ベッドの上に乗って蹴りぐるみで遊ぶハナを背に、卓上カレンダーに書かれている予定を再確認して、入念に脳内シミュレーションをする。
 三十秒程経った頃、背後から微かに聞こえていた蹴りぐるみで遊ぶ音が聞こえなくなり、振り返るとハナがベッドから降りて開け放っていた扉をくぐり、廊下を曲がって行った。
──来たか。
 ハナの後に続いて、──途中で一瞬診察室に入ってデスクに置いていた、クッキーの入ったプレゼント用の袋を白衣のポケットに入れて──正面玄関に向かう。
「みゃあ」
 ハナが鳴き声を上げると、先手を取って後ろからハナを抱き上げる。
「おはよう」
 来訪者──飛彩が、少し前に錠を外していた正面玄関の扉を開けて院内に入り、丁寧に扉を閉めてこちらを向いて挨拶をする。
「はよ」
 挨拶を交わすと、どちらからともなく歩み寄っていき、飛彩は人差し指を差し出して、俺はハナを近付けて──これまでの反応を見るに必要ないだろうが──ハナの匂いチェックに入る。十秒程指の匂いを嗅ぐと顔を離して「みゃあん」と鳴いて、飛彩がハナの頭を撫でた。
「連絡寄越して、今日来るとか急になんだ」
 昨日の夜中日記を書き終わらせた後、髪を乾かそうと椅子から立ち上がろうとした時、机の上に置いていたスマホからチャットの通知音が鳴ったと思って見てみると、飛彩からの【明日そちらに行く】とだけのメッセージのみだった。
 あれからずっと、この前頼まれて作った資料に不備があったのかと、気が気ではなかった。
 だが俺の問いに「それは……」と言いづらそうに口ごもって顔を伏せる飛彩を見て、要件は仕事での《急用》ではなく、私情での《急用》だと察する。
「ん」
 一先ず白衣のポケットから、プレゼント包装をしたクッキーを出して、飛彩の胸の前に差し出す。
「これは?」
「久しぶりに焼きたくなって、作ったら多すぎた」
 作んの久しぶりで本当はやる予定無かったけど、と続けると、「ほう」と声を上げる。
「綺麗なラッピングだ」
「たまたま良いのが手元にあったから使っただけだ」
「リボンの結び目だけではなく、端までも綺麗に整えられている」
「……うるせぇ黙ってさっさと受け取れ」
 俺に何か言わせよう、という魂胆が見え見えの物言いにめんどくさくなって、ぶっきらぼうに一息で言い放つ。
「ありがとう。大切に食べる」
「……一応言うが、食い物なんだからなるべく早く食えよ?」
 そう言うと、「善処する」と言って鞄の中に丁寧に入れた。
──本当か?
 鞄のファスナーを閉じた飛彩の顔を見ると、「休憩の合間に食べる」と言葉を続けた。
「丁度いい、久しく人前で吹いてねぇから付き合え」
 そう言って居室へと歩き出すと、「分かった」と言って俺の後ろを着いてきた。
 居室に着くと、抱いていたハナを椅子に掛けていたストールで包んで飛彩に託し、戸棚から出していたケースの蓋を開けてフルートを取り出す。
「……貴方は凄い」
 急に感嘆に似た声を出す。「は?」と返すと言葉を続けた。
「俺は、貴方のクッキーを久しぶりに食べたくて、貴方のフルートを久しぶりに聴きたかった。貴方はクッキーを焼いてくれて、今フルートを聴かせてくれようとしている」
 恥ずかしさに言葉を止めたい衝動に駆られるが、何とか堪えて次の言葉を待つ。
「何も言っていないのに、どちらも叶えてくれて申し訳ない気持ちと、嬉しい気持ちがある」
 そう言い切ると、ハナの頭をゆったりとしたリズムで優しく撫で、ハナが「みぃ」と気持ち良さそうに目を閉じて喉を鳴らす。
 飛彩の言葉に、自分がしてしまった事に気付く。
 申し訳なく思っているのは、言葉にして言わなければいけない事だからだと分かっているからだろう。好意や、それに近しい思いは直接口にして伝えなければ、いつか大きなすれ違いになる。
 それは、俺も飛彩も痛感している。だからなるべく言葉にして、お互いの思いを伝え合う。
 それをせずに、ただ自身のやりたい事に、声色や表情で察したように振る舞って付き合わせて。そんな自分勝手な行動が、結果どちらも飛彩のやりたい事で、それを飛彩の口から聞かずに叶える形になった。周りには「熟年夫婦のようだ」とからかわれるだろうが、俺達にはあまり良い事ではない。
「謝んのは俺もだ」
 顔を俯かせ、フルートを持つ手に力が入る。フルートの冷たく固い感触が嫌に強調され、胸の奥が冷えていく感覚になる。
「みゃあ〜ん」
 ハナの声と手の甲に感じる暖かな感触で、遠のいていた意識が引き戻される。見ると、俺の手の上に飛彩が手を重ねていた。顔を上げると、微笑んで一つ頷いてみせた。
「……ありがと」
 そう言うと離れて、ベッドの端に座った。それを見守るとフルートに口を付けて構え、あの曲──Brand New Daysを奏でる。
 それまでした事がない、伝えたいニュアンスを付けて。
 それまで以上に一音一音を大切に、そして愛おしく歌うように奏で上げる。
──思いを伝え合う。それを決めて今まで過ごしてきたけど、それでもお互い元々の性格が災いして、思いを完全には出せずに。それを時々察した風に、お互いの思いを分かっている風にして。
──言葉には恥ずかしさにできなくとも、こうやって音に乗せて伝える事はできる。音に乗せれば、俺は思いをストレートに伝える事ができる。
──伝える手段は、言葉でなくてもいい。
──俺の相応しい手段は、《音》だ。
──俺にとっての《音》が、飛彩にも見つかれば。その手伝いができたら。

1/29/2024, 1:57:52 PM

"I LOVE..."

 午前中空いているので、久しぶりにクッキーを作っている。
──やっぱり楽しい。
 数週間前から『久しぶりに作りたい』と思っていたので、昨日の夜材料を選んでいる時は少しはしゃいでいた
 分量はいつも作ってた量より少ないはずだ。それなのに生地が多く感じるのは、浮かれている証拠だろうか。
 型を抜いたクッキー生地を天板に並べてオーブンの中に入れ、時間をセット。
──あとは焼き上がりを待つだけ。
 居室に向かって、自分用の袋と付属の針金入りのリボン、ラッピング用の袋とリボンをそれぞれ一つ持つ。ハナがリボンにじゃれてボロボロにしないか、買ってきた昨日からひやひやしていたが、買った時と変わらず、蛍光灯の明かりを反射して綺麗な光沢を放っている。
 一瞬卓上のメモ用紙に目がいったが、すぐに顔を逸らして居室を出て台所に戻る。
 
 しばらくして、オーブンから焼き上がりを知らせる音が響き渡る。扉を開けて天板を取り出し、クッキーの焼き上がりを見る。
「おぉ……。綺麗に焼けた」
 味見の為一枚食べる。
 問題ない事を確認すると、クッキーを一枚一枚、割れないように慎重に袋に詰めて、リボンで口を蝶々結びで縛る。残りのクッキーを自分用の袋に入れていき、針金が入ったリボンで口を閉じる。
 自分用の袋とプレゼント用の袋を診察室のデスクに置く。
──早く来ねぇかな。
 などと思いながら、ハナの遊び相手になる為に居室に戻った。

1/28/2024, 11:41:57 AM

"街へ"

 初めての場所に興味津々でキョロキョロしている。首を動かす度にハナの後頭部の毛が、鎖骨辺りを掠める。やはり市街地は早朝でも、少なからず人の往来がある。
 今朝の散歩は、市街地メインのルートにした。
 ハナを連れて市街地に来た事は二回程。そのどちらも夜中だったので早朝の市街地を見せてやろうと、いつもより少し時間を使って散歩する為に少し前から計画していた。
 ビルが点在する歩道を歩いていると、路地から風が吹いて頬を優しく撫でていく。柔らかな風でも、広場を歩いている時より寒く感じる。
「みゃあ」
「なんだ?」
 鳴き声に足を止めて視線を落とすと、ハナがこちらを向いて何か言ってきた。
「みゃあ〜ん」
 目がキラキラ輝いている。声色もいつもより少し高い。
──連れてきて良かった。
 手袋越しにハナの頭を撫でる。気持ち良さそうに目を細めて擦り寄ってきた。
「もう少し見てくか?」
「みゃあん」
 ハナの鳴き声を聞いて足を踏み出し、散歩を再開した。

1/27/2024, 11:31:25 AM

"優しさ"

 早朝の散歩中、獣医にばったり会った。
 その時に「時々、口を開くだけで鳴かない時がある」と聞いてみた。
 最近、口を開くだけで鳴かない事が出てきた。けど食欲はいつも通りで排泄物にも異常無しなので、体調不良では無いとは思っているが、それでも心配だった。調べようにも、どうやって調べれば良いか分からず、困っていた。
 そこまで話すと獣医は頷き、「それは「サイレントにゃー」っていうやつです」と言われた。
 獣医が言うには、子猫が母猫に甘える時に使う鳴き声で、信頼できる相手のみにやる行動の一つだそう。
 へぇー、と聞いていると「優しい飼い主に育てられている証拠です」と言われた。
 帰宅後単語で調べてみると、獣医が言った通りの文言が並んでいた。
 俺、一日の全体を見ると結構放ったらかしにしてるのに……。
 けどハナが、俺を母猫のように思って甘えてくれているという事実があるわけで……。
 俺はハナにとって《優しい飼い主》で《信頼できる人》なのだと思うと、なんとも言えない感情が湧いてきて、ハナへの愛おしさに思わず水を飲むハナの背中を撫でた。

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