"手ぶくろ"
今日朝早く来て、何事かと思っていたら「プレゼント渡すのを忘れていた」と言ってプレゼントの包みを寄越してきた。
声色からして緊急事態かと思って焦って扉の錠を開けて出てみたら……。頗るどうでもいい理由で拍子抜けした。全く大袈裟な。……いや、どうでもよくないが。
俺も思って昨日買って、大晦日までには渡そうと思ってたから、二日遅れのクリスマスプレゼント交換をした。
俺から飛彩へのプレゼントは手帳。ハードカバーでページ数が多く、デザインはシンプルでペンホルダーと紐の栞が付いているから使いやすくていいだろうと思い、見つけてすぐこれを選んだ。
実際とても喜んでくれた。残りのページ数が少なくなってきて、そろそろ新しいのを買おうと思っていたらしい。デザインも気に入ってくれたようで良かった。
飛彩から俺へのプレゼントは手袋だった。黒色のレザー素材で、裏地がボア素材になっている。本人曰く「最近手の冷えも気になってくる気温になってきたからな。綺麗な手が寒風に晒され凍え赤くなるのは我慢ならない」らしい。まぁ、冬の寒い風に晒されればハンドクリーム塗った意味なくなるし、散歩中凍えた手でハナを触らなくて済むから有難い。あとどうでもいいが「赤くなる理由が寒さなのは嫌だから」とも言われた。
俺の意思に反してどうでもいい事覚えんなよ、俺の脳。記憶容量の無駄遣いだろうが。
……おかげでまた顔が熱くなってきた。
"変わらないものはない"
季節が移ろうように、色や形を変えていく。
同じ季節でも、気温も景色も全く同じにはならない。
人だってそうだ。周りの環境で、時間の使い方や食生活、思考とかが多少なりとも変わる。
動物にも言える事がある。苦手だったものが得意になったり、逆に得意だったものが苦手になったり、嗜好が変わっていく。
ハナも初めてお風呂に入れた時、最初はやっぱり水が苦手で暴れたが、少しずつ慣らすように身体にお湯をかけてあげていると大人しくなってきて、お湯の中にそぉーっと入れてあげると気持ち良さそうにして、それからはお風呂に自分から入っていくようになった。
爪切りも最初は嫌がったが、獣医のアドバイス通りじゃれついて来た時や、食事中の時に足先を触ったりしていたら次第に平気になって、今は爪切りを出しても逃げなくなった。
俺自身も、一人でいるのが当たり前で全然平気だったのに、今では一人でいるのが少し寂しい。
良い意味での変化か悪い意味での変化か、見方によって違う。それでも、『変わらない方がいい』とは思わない。どんなものでも、いつかは変わる。変化を繰り返して動植物は進化してきた。
変わる事を恐れないで。
"クリスマスの過ごし方"
「メリークリスマス」
「メリークリスマス。それと、お疲れ様」
シャンパンが入ったシャンパングラスを軽くぶつけ合い、居室内に綺麗な音色を響かせる。
「朝から来てくれたってのに、ハナの世話頼んじまって……その……悪い。おまけにケーキまで……」
クリスマスだからと言って、医院長で一人しかいない医者の為休める訳がなく、今日も業務があった。
丸一日休みの時はあっても、それは法的な理由での休みで、月単位で見ると丸一日は珍しい。休みと言えば半日休みな事が殆どだ。
今日は普通に朝から夕方頃まで業務だった。
朝来て早々「何か手伝える事はないか?」と言われ、「いい」と言ったが全く引く気配がなく、結局折れて業務の間ハナのお世話を頼んでしまった。
それに、業務を終えて買い出し中に「ここで待っていてくれ」と言うと足早に消え、仕方なく言われた通りその場で待っていたら、ケーキの箱を持って戻ってきた。
「ケーキは元々予約していた物だ。それに、今日一日貴方の力になれて光栄だった。業務だけでなく、準備や後片付けまで全て一人でやっているのを間近で見て、やはり貴方は凄い」
憧憬の眼差しを向けながら言われる。何だかむず痒くて、思わず顔を逸らし「あっそ」と素っ気ない言葉を返す。
「そんなんいいから、早く食え。折角作ったのに冷めちまう」
本当はもう少し凝った物を作りたかったが、作る時間が無かった上こいつが持ってきたホールケーキがある。その為、数品の簡単な料理しか作れなかった。
「そうだな。折角の久しぶりの貴方の手料理だ。冷めてしまう前に食べなくては」
そう言うと両手を合わせ「頂きます」と呟く。その言葉に「召し上がれ」と返すと、箸を持って一口頬張りゆっくりと咀嚼する。
「どうだ?久しぶりの俺の手料理は?」
俺自身久しく人に料理を振舞っていないので、実は内心とても緊張している。ドクドクと脈打つ心臓の音を聞きながら、飛彩の言葉を待つ。
「やはり美味いな。貴方の料理は」
「そりゃ良かった」
得意げに言ったが、内心とてつもない安堵でいっぱいだ。
その後は料理をつまみながらシャンパンを飲んだり談笑したり、たまにじゃれてくるハナの相手をしたりしている内に、大皿の上にあった料理は綺麗に無くなり、皿を片付けてケーキを出して切り分け、各々の小皿に載せて食べ始める。一切れのケーキにフォークを入れ、一口頬張って咀嚼する。柔らかなスポンジと軽めの生クリームが程よい甘さで美味しい。
「やっぱお前が持ってきたケーキ、美味いな。甘いけどクドくなくて食いやすい」
「口に合って良かった」
感想を述べると、もう一口とフォークを刺して口に入れて咀嚼する。
俺は甘いのは苦手ではないが、得意でもない。基本あまり食べないのだが、このケーキは軽めの生クリームに苺の甘酸っぱさでさっぱりしていて、とても食べやすい。
あと二口くらい食べた後、シャンパンを一口飲む。すると、何だか頭がふわふわしてきて、身体も火照ってきた。酔いが回ってきたのだろう。
「……酔ってきたのか?」
俺の顔色を見て問いかけてくる。
「ん〜」
肯定の返事をするも、意図せず間延びした返しになる。もうこれ以上飲んではいけないのは、流石に自分でも分かる。
「もうお開きにしよう」
「ん〜、けどヤダ〜。一人嫌ぁ〜」
「ハナがいるだろ」
「みゃあん」
「そうだけどぉ、違う〜」
これは悪酔いだ。我ながら面倒臭い子どものような事を口走ってしまう。全くどうしたものか。悪酔いなんてしたのは初めてだ。どうやったら自分を黙らせられる?
「どうして欲しいんだ?」
呆れた声で聞いてくる。
「泊まってくれ〜」
間髪入れず、ほぼ脳直な答えを発する。
「は?」
悪酔いした俺の言葉に、素っ頓狂な声を出す。
しょうがない。もうここまで口走ってしまったら、もう変に抗わずに利用してしまおう。
「溜まってんだろぉ?」
「……」
「俺は溜まってるけど〜?ご無沙汰だしぃ、なんなら、今ここでやりたい」
悪酔いしている酔っ払いからの、情緒の欠片も無いお誘いだ。こんなのが自分の口から出ていると思うだけで、恥ずかしくて穴に入りたくなる。酔っているのが最大の、唯一の救いだ。
「……せめて、ベッドの上に運んでから誘って欲しかった」
「じゃあやろ〜?」
「ベッドに運んでからな」
「ケチ〜」
冷たい言葉を放つと、急に部屋を出ていって数分で戻ってきた。手には水道水で三分の二程満たされたコップが握られている。
「まずこれを飲め」
「ん〜、分かったぁ」
コップに口を付け、中の水道水を胃の中に流し込む。キンキンに冷えた水道水が、アルコールで火照った身体と頭を引き締めてくれる。
ゆっくりと飲んでいき、コップの中身を三分の二程占めていた水道水を飲み干す。
「飲んだぞ〜」
それでも完全に酔いが冷めるわけが無く、ただいつもの口調が間延びするだけだった。
空になったコップを飛彩に渡す。まだ悪酔い状態が治らない俺から空になったコップを受け取ると、机の上に置いて俺の腕を取ると自身の肩に回して支えながら立たせてきて、ベッドの上まで歩かせて寝かせる。
「おいで?」
両手を広げて誘う。
食らい付くように覆いかぶさって来て、唇を奪われる。ただの触れ合いの口付けではなく、深く濃い口付け。
数分口付けをすると、離れる。少し寂しく思っていると、互いの顔を見合う。
舌舐りをしながらこちらを見る、雄の顔をした恋人がそこにいた。その目には、恍惚な表情を浮かべて微笑む自分が映っている。
「……ふふ」
思わず、声が漏れた。
"イブの夜"
「……」
俺は今、居室の椅子に座りながら自分のスマホとにらめっこしている。
《どんなメッセージを送るか》。いや、それ以前に《そもそもメッセージを送るか否か》を、シャワーを済ませて髪を乾かしてからチャット画面を開いて見つめながら迷っている。
──あいつだって仕事あるし、俺の我儘なんて迷惑だろ。
──でも、明日は二人きりですごしたいし……。
──いや、ちょくちょく二人きりでいる時あるし、別に特別じゃねぇし、明日に拘らなくたって……。
──いやでも……。
ずっとこんな感じの繰り返し。これを、かれこれ三十分くらいやっている。我ながら女々しすぎる。
──いい加減決めねぇと明日の業務に響くし、折角暖まった身体が冷えちまう……。
大きく息を吸い、グッと構えて決断をする。
──普通に考えて、メッセを送るなんて迷惑だろ。仕事あんのに。
──送ろうとしてんのは、所詮俺の我儘だし。そんなのは、あいつを困らせるだけだ。
うん、と頷いて画面を閉じようと指を動かし、ホームボタンの上に指を持ってくる。
「……っ」
画面に触れる寸前のところで、何かに遮られたかのように動きを止める。何度閉じようとしても、ホームボタンの上を彷徨わせるだけで、それ以上は動かない。
何故なのか、目を閉じて自分に問いかける。
──けど、送ってみなきゃ分からない。
──送らなきゃ、きっと後悔する。
やってみなくては分からない。
これまで何度も、そんな感じの言葉を聞いた事があっただろう。それで事態が好転した事が何度もあっただろう。
そして俺は、それを目の前で、肌で感じてきただろう。
現実は、良い意味でも悪い意味でも、想像通りにいかない。やってみなくては分からない。どうするか決めるのは、その後でもいい。
「……よしっ」
小さく気合いの声を出すと、入力欄をタップしてキーボードを展開し、文字を打ち言葉を紡ぐ。
──これでいいのか……?これでちゃんと伝わるか……?
打ち終わって、また迷う。女々しいにも程がある。
「あぁもう、どうにでもなれ!」
勢いに任せ、送信ボタンを押す。俺の大声に驚いたのか、ハナが慌ててベッドの上に乗り上げて毛布の中に潜ってしまい「あっ、悪ぃ……」と謝罪する。
【明日空いてるか?特に夜】
ポコン、という音と共に先程打った言葉が、個人チャットの画面に表示される。
──送ってしまった……。
送ろうと思って送ったが、いざ送ったらそう思ってしまう。かと言って消そうにも、まともな理由が見つからない。
内心そわそわしていると、既読が付いた。
「あ……」
思わず声が出る。もう消す事は出来ない。返信を待つしかなくなった。心が先程よりもそわそわして落ち着きが無くなる。落ち着かせるようにスマホを胸に当てて握り締める。
ポコン
手の中のスマホから、メッセージの送信音が鳴る。
弾かれたように椅子から立ち上がり、スマホの画面を見る。
先程送ったメッセージの下に、新たなメッセージが送信されている。
思わず息を飲む。恐る恐る視線をずらし、送られてきたメッセージを見る。
〖数週間くらい前から「この所働き詰めなのだからせめて一日くらいはしっかり休みなさい」と言われていた。〗
読み終わった頃に、ポコンと鳴ってまた新たなメッセージが来る。
〖言われた時になんとなしに明日と言ってあったが、どうすごせばいいか先程までずっと迷っていた。〗
ポコン、今度は短文のメッセージが来る。
〖明日は一日中、共にすごそう。〗
一瞬見間違いかと思い、再び読む。
「……っ!」
送られてきたメッセージが見間違いじゃない事を確認し、嬉しさの余りベッドに腰掛け、そのままの体制で横になる。
──明日、一日中一緒にいられる。
「ふふ……」
思わず喜びの声を出し、頬が緩む。
──こうしちゃいられない。早く日記を書いて寝なきゃ。
起き上がって、椅子に座って鍵付きの引き出しから日記を出すと、机に向かってハミングしながら今日の日記を書いた。
"プレゼント"
「う〜、さっぶ……」
「んみぃ」
早朝、いつもの散歩に外に出る。扉を開けて外に出た瞬間、肌を刺すような冷たく乾いた風が吹き抜けてきて、思わず身を震わせる。俺が寒さに震えたのに驚いたのか、ハナが小さく声を出す。
「昨日より寒いですね〜……」
「みゃあん」
胸元から顔を出すハナの頭を撫でながら小声で話しかける。
数日前から本格的に寒くなってきて、昨晩の週間予報では遂に雪だるまのマークが出てきた。
──この寒さなら、早くても今日降るんじゃね……?
そんな事を考えながら、片手に持っていた無地の淡い緑色の耳あてを顔の前に持っていき、左右を少し広げて装着し、巻き込んだ髪を掻き出す。
昨晩の予報で『雪が降る』とは言っていなかったが、寒くなるとは聞いていたので、一応持って出てきたが、持ってきて正解だった。耳あてのふわふわ部分で耳を包まれて暖かい。
──耳が暖かいだけで全然違う。良いもん貰ったぁ……。
送り主へのお礼を心の中で述べる。
──改めて礼を言わなきゃな。
両の掌に暖かな息を吐き、擦り合わせる。
「さ、行くぞ」
「みゃん」
ハナに声をかけ、まだ草の上にしか乗っていない雪を横目に歩き出した。