ミミッキュ

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"イブの夜"

「……」
 俺は今、居室の椅子に座りながら自分のスマホとにらめっこしている。
 《どんなメッセージを送るか》。いや、それ以前に《そもそもメッセージを送るか否か》を、シャワーを済ませて髪を乾かしてからチャット画面を開いて見つめながら迷っている。
──あいつだって仕事あるし、俺の我儘なんて迷惑だろ。
──でも、明日は二人きりですごしたいし……。
──いや、ちょくちょく二人きりでいる時あるし、別に特別じゃねぇし、明日に拘らなくたって……。
──いやでも……。
 ずっとこんな感じの繰り返し。これを、かれこれ三十分くらいやっている。我ながら女々しすぎる。
──いい加減決めねぇと明日の業務に響くし、折角暖まった身体が冷えちまう……。
 大きく息を吸い、グッと構えて決断をする。
──普通に考えて、メッセを送るなんて迷惑だろ。仕事あんのに。
──送ろうとしてんのは、所詮俺の我儘だし。そんなのは、あいつを困らせるだけだ。
 うん、と頷いて画面を閉じようと指を動かし、ホームボタンの上に指を持ってくる。
「……っ」
 画面に触れる寸前のところで、何かに遮られたかのように動きを止める。何度閉じようとしても、ホームボタンの上を彷徨わせるだけで、それ以上は動かない。
 何故なのか、目を閉じて自分に問いかける。
──けど、送ってみなきゃ分からない。
──送らなきゃ、きっと後悔する。
 やってみなくては分からない。
 これまで何度も、そんな感じの言葉を聞いた事があっただろう。それで事態が好転した事が何度もあっただろう。
 そして俺は、それを目の前で、肌で感じてきただろう。
 現実は、良い意味でも悪い意味でも、想像通りにいかない。やってみなくては分からない。どうするか決めるのは、その後でもいい。
「……よしっ」
 小さく気合いの声を出すと、入力欄をタップしてキーボードを展開し、文字を打ち言葉を紡ぐ。
──これでいいのか……?これでちゃんと伝わるか……?
 打ち終わって、また迷う。女々しいにも程がある。
「あぁもう、どうにでもなれ!」
 勢いに任せ、送信ボタンを押す。俺の大声に驚いたのか、ハナが慌ててベッドの上に乗り上げて毛布の中に潜ってしまい「あっ、悪ぃ……」と謝罪する。
【明日空いてるか?特に夜】
 ポコン、という音と共に先程打った言葉が、個人チャットの画面に表示される。
──送ってしまった……。
 送ろうと思って送ったが、いざ送ったらそう思ってしまう。かと言って消そうにも、まともな理由が見つからない。
 内心そわそわしていると、既読が付いた。
「あ……」
 思わず声が出る。もう消す事は出来ない。返信を待つしかなくなった。心が先程よりもそわそわして落ち着きが無くなる。落ち着かせるようにスマホを胸に当てて握り締める。
 ポコン
 手の中のスマホから、メッセージの送信音が鳴る。
 弾かれたように椅子から立ち上がり、スマホの画面を見る。
 先程送ったメッセージの下に、新たなメッセージが送信されている。
 思わず息を飲む。恐る恐る視線をずらし、送られてきたメッセージを見る。
〖数週間くらい前から「この所働き詰めなのだからせめて一日くらいはしっかり休みなさい」と言われていた。〗
 読み終わった頃に、ポコンと鳴ってまた新たなメッセージが来る。
〖言われた時になんとなしに明日と言ってあったが、どうすごせばいいか先程までずっと迷っていた。〗
 ポコン、今度は短文のメッセージが来る。
〖明日は一日中、共にすごそう。〗
 一瞬見間違いかと思い、再び読む。
「……っ!」
 送られてきたメッセージが見間違いじゃない事を確認し、嬉しさの余りベッドに腰掛け、そのままの体制で横になる。
──明日、一日中一緒にいられる。
「ふふ……」
 思わず喜びの声を出し、頬が緩む。
──こうしちゃいられない。早く日記を書いて寝なきゃ。
 起き上がって、椅子に座って鍵付きの引き出しから日記を出すと、机に向かってハミングしながら今日の日記を書いた。

12/24/2023, 3:06:18 PM