"束の間の休息"
「あぁ〜…っ。や…っと、途切れた…」
病院を開けてから、殆ど引っ切り無しに患者の対応とオペの連続で、流れが途切れて診察室に入った途端、気力と体力が悲鳴を上げて糸が切れた人形のようにふらふらと椅子に座りデスクに勢いよく突っ伏した──それでもちゃんとキーボードを上手く避けた──。
時計を見ると、時刻は11:13。まだ午前は終わってない。束の間の休息だ。少しでも回復しなければ。今一番やるべき事は糖分補給だ、とデスクの引き出しを開けてラムネ菓子が入った容器を取り出して蓋を開けると、一粒を手の平に出して口の中に放り込んで噛み砕く。ラムネの優しい甘さが疲労し切った体と脳に染み渡る。
「ふぅ…」
少し落ち着いて、小さく息を吐く。すると首元にかけていたゲームスコープから、けたたましい音が鳴り響いた。バシンッ、と両の手の平で思いっ切り自分の両頬を叩いて気合いを入れる。
──休息は終わり。さぁ、気張っていこう。
顔をゆっくりと上げ、ゲームスコープを手に取ってスイッチを押し、場所を表示して勢いよく診察室を出て、現場に駆けて行く。
"力を込めて"
「おっ」
風呂から上がってテレビをつけると、スポーツの試合中継をやっていた。日本と海外の試合。
──やっぱり小さいなぁ…。
日本のチームと相手チームを見比べる。いつ、どのスポーツの試合を見ても、日本の選手の方が小さい。点数を見ると、流れは若干向こう側にあるようで、こっち──日本のチーム──が一点差で負けている。だが、どうやらまだ始まったばかりのようで、あまり気にする段階ではない。が、試合が進むにつれ、一点…また一点と、じわじわと点差が開いていって、ついに五点差になってしまう。
「……っ」
ルールなんて学生の時に軽く授業で知った位でうろ覚えなのに、そもそもスポーツ観戦なんて今まで一度もした事ないはずなのに、何故か祈るように手を組んで固く握ってしまう。
──頼む。流れを切ってくれ…っ。
より力が入って更に固く握って祈り、見守る。そう祈っていると、見た事無い長い長いラリーが続く。ボールが上がる度に一喜一憂する。しだいに心臓の鼓動が早くなる。こんなの初めてだ。
──ここで点を取って流れを変えろ…っ。
ぎゅ、と目を瞑る。すると数秒後、ホイッスルが鳴り響いた。
こちらに点が入った。
「……っ!」
テレビから観客の歓声が轟く。固く組んでいた手を解いて、小さくガッツポーズする。
その後は流れがこちらに来たようで、どんどん点差を縮めて、ついには逆転した。
その後はじわじわと点差を開いて、そして
とても綺麗な直線を描いた攻撃で、勝利した。
「……っ!」
言葉にならない歓喜の声が声帯を震わせる。そして、テレビの向こう側にいる選手達に拍手を送る。
まさか、テレビをたまたまつけたらスポーツ中継で、ルールなんて殆ど知らなかったのに、それにこれ程までに熱く観戦してしまう日が来ようとは。けれど、悪くない。こんな気持ちになれる自分を知れて、とても嬉しい気分。
──後でルールを調べよう。ネット配信とかやってるかな?
そんな事を考えながら、寝支度をある程度済ませた。横目で選手達の歓喜の表情を見ながら。
"過ぎた日を想う"
過去は過去だと割り切っていても、やっぱり悔いはある。後悔の念があの時のように大きいものもあれば、日常の中のちょっとした小さいものもある。けれど、次の為にすぐ切り替える。その後悔を糧にして、次は良い方向に繋げて、ものにすればいい。《次》なんて無いものだってあるけれど、それでも繋げて、もう一度チャンスを掴み取った時の為に備えて整えて、絶対に離さない。どんな些細なものだって綺麗に繋げれば、いずれ最高の成果となって帰ってくる。だからどんな後悔だろうと無駄にせず、《未来の自分》に繋げて、そして無念を晴らすように思いっ切り迎撃してやる。そして言ってやる。
『どうだ、見たか』
『ざまぁみろ』
まるで子どもだが別に良いだろ。純粋な自分の気持ちなんだから。
"星座"
約束より早く着いてしまったので、時間を潰すのにいい場所は無いかと調べていると、近くにプラネタリウムがあるらしい。プラネタリウムかぁ…。時間的に丁度いいか。それに、プラネタリウムって行った事無いし気になる。
てことで今、絶賛初プラネタリウムを満喫中。リクライニングチェアに体を預けて、ドーム型の天井に映し出された星を観ている。
思ったより綺麗だなぁ…。天井いっぱいの星空にうっとりする。秋の星座が次々に映し出され紹介される。
しだいに、周りの薄明かりとゆったりとしたアナウンス、今の自分の態勢とが相まって、うとうとと瞼が上下する。瞼が閉じ切ると瞼をビクリと急上昇させる。そしてまたうとうと…、という繰り返し。…いや聞いてる、ちゃんと聞いてる。今は神話の、アンドロメダが「生贄にして」的な事言ってるところで…。そんな調子で意識が揺蕩う中、天井の星空を眺めていた。
上映が終わり、天井の星空が消え入った時と同じ光量の明かりがつく。ゆっくりと起き上がってプラネタリウムから出る。
「うぅ…」
まだ少し眠気がある。とりあえず近くの自販機で缶珈琲を買って開けて、中の珈琲を少し胃に流し込んで眠気を覚ます。疲れてんのかな…?用事済ませて帰ったら少し仮眠とろ…。
"踊りませんか?"
「フ〜ンフンフンフ〜ン…♪」
スマホからいつもの曲をループで流しながら、雑務を片していく。こうやって曲を聞きながら作業するのも、実は好きだったりする。無音の中での作業も好きだけど、曲を聞きながらやるのも良い。心做しか早く終わる気がするから、早く終わらせたい時は曲を流しながら作業をする。
いつも流してる曲は歌詞の無い曲だしアップテンポだから、良い感じに集中できる。壮大な曲調で曲名も壮大だから、不釣り合いなんだけど。
「これで…、っし。いっちょ上がり」
そうこうしている内に雑務を終わらせる。やっぱりこの曲を聞きながらやると、早く片付く。さて、この後はどうすっかなぁ…。
「……」
曲が終わる。そして数秒後には再び始まる。
椅子から立ち上がり部屋の中央に立つと、左足を前に、重ねるように右足を左足の後ろに。つま先は左足が右に、右足が左に向くように置くと、一歩分の間を開ける── 一言でいうと4番ポジション──。腕で円を作り、手の側面を股関節の前に持っていって構える── 一言でいうとアン・バー──と曲に合わせて踊る。完全に真似っこだからめちゃくちゃ。それと室内だから、クルリと一回転とか、ちょいちょいポーズを取るぐらい。だけど、楽しむのならこの位がいいのかもしれない。勿論プロにはとても見せられない踊りだけど、楽しい。曲と自分の体が一体となる感覚は悪くない。
曲が終わると、デスクの上のスマホを弄って曲の再生を止める。
「はっ……。…さ、準備」
スマホをポケットに仕舞い、受け入れの準備を始めようと、部屋を出た。