"巡り会えたら"
運命とか、奇跡とかの巡り会いなんてあるのか?
そういうのって大体、色々な因果が巡り巡って…、ってパターンが殆どだろって思う。俺の場合は『可能性を手繰り寄せた結果出会った』って感じで。まぁ例外はあったけど。それでも、運命とかそういうの感じた事は無い。
けど、向こうからしたらそうなのかもしれない。周りからしたらそうかもしれない。もしかしたら、俺が気付いていないだけで既にそういう巡り会いをしているかもしれない。
全然ピンと来ないけど、いつかそう思える日が来たら…。それとこの先新たに誰かと巡り会う日が来たら…。
なんて考えてみたりしたり。
「ふぅ」
一息吐いて日記帳をパタリと閉じて、鍵付きの引き出しに仕舞って錠を閉める。
「さて、と…」
椅子から立ち上がり、残りの準備をしようと部屋を出た。
"奇跡をもう一度"
奇跡なんてものを信じていない。
いつも信じているのは、自分の身一つ。チャンスは二度と来ないかもしれない、だから目の前のすべてに常に全力で挑んできた。だから奇跡なんて絵空事を信じていない。起きたとしても、偶然そうなっただけ。けれど、
偶然を集めて重ねればいずれ奇跡になる。
そんな事を思わずにいられない事を、何度もこの身で感じてきた。まだ信じていないけれど、願わずにはいられない。「奇跡よ起これ、あの時のように」と…。
"たそがれ"
「はぁ〜…っ」
──終わった。ようやく終わった…。
診察室のデスクに座った途端、デスクの上に上体を投げ出して、溜め息を吐く。ゆるりと首を動かして窓の外を見る。もう夕方で、少しだけ太陽が地平線に吸い込まれている。
──さっきまであんなに日が高かったのに…。
昼休憩の後、とてつもなく色々と舞い込んできた。そう、色々と。疲労しきった脳では処理しきれず、何があったかなんて説明出来ない。というか覚えていない。
まるで救急部の当直。救急部で研修した時の事を思い出す。いわゆる《山場》を越えた後の俺は、今の俺と同じ感じに、だらりとデスクの上に突っ伏していた。
「はぁ〜…」
あの時の自分と照らし合わせて、何も変わっていない事に別の溜め息が出る。
──晩飯作らなきゃ。…でも体だりぃ〜、動けねぇ〜…。…カップ麺まだあったか?
などと考えながら窓の外の綺麗な夕焼けを、ぼーっと眺める。そしてそのまま、体力が戻るまで小一時間同じ体制で溶けていた。
"きっと明日も"
あの5年間、明日になんの活力も見出さなかった。
ただ単純に、明日に《何も感じなかった》。『明日どうするか』とか普通の人なら考える事も『また明日が来るのか』とか悲観する事も、本当に何も思わなかった。絶望なら1年足らずの内に、これでもかっていう程この身に受けた。あれ以上の絶望は無い。だからと言って、俺なんかに見出す希望も無い。希望も、絶望も。だから俺は明日に《何も感じなかった》。
そんな俺に、ちょっとの希望が指してきた。それはだんだんと、自分が望んだ形ではないが、希望と絶望が俺に明日を生きるだけの活力を与えてくれた。
そうだ、この感覚だ。こんなにも胸が揺れたのは久々だ。もっと、もっと欲しい。こんな俺でも、明日に《何か》を感じていいのなら、感じたい。ちょっとの希望でも、ちょっとの絶望でも、欲しい。明日に《何か》が、俺の胸を震わせてくれる《何か》が。
そんな俺が、普通の人のように、あの時までの自分のように、当たり前に明日を考えるようになった。これを喜んでいいんだか、どうだか…。けど、普通の人みたいに明日を考えるようになって、考えている時間が好きになって、今日よりも良くしようと準備する時間が好きになった。今日を生きて明日に《繋ぐ》事をしていこう。これからも、この《当たり前》ができるように。
"静寂に包まれた部屋"
「……」
今日は一日何の予定も無いので丸一日備品の点検と資料の整理に当てようと、朝から一人黙々と作業している。今は資料を《一年以内のもの》と《一年以上前のもの》に仕分けしている。
「……」
──これはこっち、これとこれはこっちで…。
部屋に響くのは、紙を手に取る音、紙同士が擦れる音、紙を置く音に紙をめくる音。鼓膜を揺らすのはそれらの音に合わせて微かな自分の呼吸音。点検をしていた時も、作業音が部屋に響き自身の呼吸音が鼓膜を揺らした。
「……」
一人黙々と作業に集中しているこの時間が好き。この時間だけは、目の前のものだけに向き合って頭が空っぽになるから。この時間だけは、考えすぎてぐしゃぐしゃになった頭を一旦リセットする事が出来るから。こうしていると、新しい考えがふと浮かんできたりする。こういう時間は、俺にとって大切な時間。
「……ふぅ、よし」
ある程度の仕分けは出来た。少し休憩して、残りを仕分けしてファイリングしよう。
「んーっ、」
伸びを一つして凝り固まった体をほぐす。背中から骨が軋む音がする。
「ほぁ…」
ため息も一つ吐いて姿勢を正す。目線だけで時計を見ると、もう既に正午を過ぎていた。現在の時刻を確認すると、お腹から「クキュウゥ…」という控えめな音が鳴る。
──うわぁ、 どうしよ…。何かあったかなぁ…?
ゆっくりと椅子から立ち上がり、昼食を摂りに部屋を出た。