ミミッキュ

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9/23/2023, 11:24:51 AM

"ジャングルジム"

 夜が明けたばかりの、朝の爽やかな空気を全身に浴びながら散歩をしていると、公園のジャングルジムに目が留まった。子どもの頃よく遊んでいた公園のジャングルジムに似ていて、ふと思い出す。
 子どもの頃は、高い所が怖かった。そのジャングルジムは、この公園のジャングルジムよりも高くて、小学校6年生まで登れて半分くらいで頂上なんて、怖くて登れなかった。
 中学に上がったばかりの頃だろうか、勇気を出して頂上まで登った。勿論怖かったし、登りきるのに時間もかかってしまったけど、あの時見た頂上の景色は、一生忘れないだろうと思った。実際今でもはっきりと覚えている。日が落ちかけた夕方で、地平線に吸い込まれ始めた夕日の光が綺麗で、今まで見ていた景色よりも高くて目の前が開けた様に輝いていて、とても綺麗で。何より勇気を出して、それまで登れなかった頂上に登れた時の達成感と、この景色を見ているのは自分だけだという優越感もあって、より綺麗に輝いて見えた。
 あれ以来怖いと遠ざけていたものも、ちょっとの勇気であの時のような素晴らしい景色が広がると思える様になり、恐怖より好奇心が勝るようになっていった。あの時、怖いと思いながらも勇気を出して登った自分がいたからこそ、今の俺がいる。あの時のような景色をもう一度見る為に、これからも貪欲に進み続ける。
 …まぁ今でも恐怖の方が勝つものもあるけど。勇気を出したって無理なものもあるけど。
 笑いたきゃ笑え…。

9/22/2023, 12:19:38 PM

"声が聞こえる"

「………ん…。あ、れ…?俺、いつの間に寝て…?」
 確か、店番を頼まれて…それで……。駄目だ、その先が思い出せない。
 一先ず辺りを見渡してちょっとでも自分の身に何が起きたのか知ろうと顔を上げて周りを見るが、見通しが悪く何も分からない。自分の数メートル先しか見渡す事ができない。
「これは、霧…か?」
 この見通しの悪さは霧なのだろう。霧が辺りを包み込んでいる様だが、ここまで濃い霧は見た事が無く、少し混乱する。霧が出るのなら天気予報で言われている筈だ。それに、ここまで濃い霧ならば《濃霧注意報》とか言う筈だ。そもそも、俺がいたのは店の中だ。距離的に棚とか壁とか見える筈なのに、何も見えない。手を彷徨わせても、なんの感触も無くただ虚空を撫でているだけ。
 ある程度状況が分かった。ここは下手に動かない方がいいだろう。方法は1つ。
「助けを……」
 ポケットに手を伸ばそうとするが、はっ、と気付き、伸ばしかけた腕を止める。助けを呼ぼうにもここがどこだか分からないし、そもそも連絡を取ろうにも携帯は店の奥に置いてきたし…。一体どうすればいいんだ…?
「た…が………た…がさん…大我さん!!」
 考えていると、霧の奥、遠くの方から俺の名前を呼ぶ複数の声がした。足音も、複数人聞こえる。足音が近付くにつれ、声がはっきり聞こえる。
「みん、な…?」
 姿は霧のせいでぼんやりと人影が認識できる程度だが、声で悠達だと気付いた。ほっ、と安堵すると、皆の足音が突然止んだ。
「何だ?一体何が起き…」
『やっと来たか』

 俺の言葉に食い入る様に、霧の奥、皆とは別の方向から別の声が聞こえる。
 何だ、この声…?
 その声は、俺の声によく似ていた。けれど、俺の声じゃない。発したのは俺じゃない。恐怖を感じ、身を強ばらせ、声がした方に顔を向ける。
『待ちくたびれたよ』
 声の主はそう言いながら、ツカツカ、と足音を鳴らし近付いて来て、霧の奥から姿を現す。
『なぁ?』
 俯きながら近付いてきて、足を止めると、すっ、と顔を少し上げて座り込む俺に視線を送ってくる。
「……はっ?」
 思わず息を飲み、驚きの声を漏らす。目の前に現れた人物に、目を大きく見開いて驚く。驚きと恐怖の感情が、心の中で渦巻いて体を蝕んでいく。

『…《俺》』
 それは、声も容姿も俺によく似た《何か》だった。

9/21/2023, 10:46:32 AM

"秋恋"

 CRに向かう途中、少し強い突風が吹いた。少し前まで吹いていた風よりも冷たく、ブルリ、と身震いする。肌寒くなってきて『そろそろ木々が色づく頃だなぁ…』と考えていると、ふと思い出した。
「そういえばあいつと出会ったの、今位の時期だったな…」
 当時を思い出しても、まさか今の関係になっているなんて、傍から見ても驚かれるだろう。自分達が一番驚いているのだから。当時の荒みっぷり一触即発さといったらもう…、まるで子ども…。
「ハァ…」
 と、半分笑い半分呆れの声が漏れる。お互い譲れない、というような言い合いで、今思えば本当に子どもの喧嘩の様。
 けれど、あの時期があったからこそ、お互いの考え方や、何にどう感じるのかが手に取るように分かって、あの時期が無ければこんな関係にまで発展していなかっただろう。
 全ての事は繋がっている。無駄な事なんて何も無い。
 無駄だと思っていても、いずれ大事な事柄になって帰ってきたりする。それを知ったのはつい最近で、俺が人に言える事では無いけれども。知ってからは《今》を大切に抱きながら生きようと決めた。いつかそれが、何らかの形となって帰ってくるのだから。
「…フゥ」
 息を吐き、気合いを入れて向き直る。ザッ、と地面をしっかり踏みしめる様に一歩一歩大切に、歩き始める。

9/20/2023, 10:54:27 AM

"大事にしたい"

「さて…」
 早朝、身支度を済ませて時計を見る。まだ家を出るには余裕があった。早く着いてしまう事になるが、まぁいいだろう。ゆっくり歩きながら行くのも、気分転換に良いかもしれない。そう思い、ローテーブルの上に置いた鞄の取っ手を見る。取っ手に付けられたチャームは、あの人が一緒に海に行った時に拾った貝殻を使い作った、手製のチャーム。雑貨屋に並んでいても気付かない程のクオリティで、水色のビーズと貝殻を細い糸で通し、左右を金具で留めた、取っ手に括り付けるタイプのチャーム。
 チャームに付いている貝殻は、一緒に作ったという、ドッグタグと共に自身の胸元を彩っている首飾りに使用したものと似た形の貝殻。一目では違うが、よく見れば同じという、さり気なくお揃いの要素を取り入れるのはあの人らしいし、仕事柄身に着ける物より、こういうよく使う鞄などに付ける物の方が良いから有難い。俺が身に着ける物を好まないのを知っているから、チャームを選んで作ったのだと思うと嬉しく思う。
 それと、鞄を手に取る前にチャームを見ると、一層身が引き締まり気合いが入る。
 今日も1日、いつも通りにこなそう。
 そうして鞄を手に取り、玄関を出て病院に向かう。

9/19/2023, 10:27:14 AM

"時間よ止まれ"

 居室に戻ってから、演奏会の余韻に浸る。正直に言って、楽しかった。あの時よりも曲数は明らかに多かったし、指だってあの時よりは滑らかに動いてたっていうのもあったけど、それを抜きにしても楽しかった。
 空間に自分の音がどこまでも伸びて広がっていく感覚、あの時と同じ感覚だった。まだ楽しくフルートを吹いていた、あの時の感覚を久しぶりに感じられて少し嬉しかった。空間に自分の音が広がっていくのが楽しくて、この楽しい空間を切り取って時間が止まって欲しいとさえ思ってしまっていた。そんな事は叶わない…んだけど…。そんな風に思ってしまう程に楽しかったってだけ。
「…よし」
 今日の日付けを文の最後に書いて閉じる。そして戸棚を開け、ノートを開いてアレンジの続きを始める。
「フ〜フフフフフフッフ、フ〜フフフフフフ…♪」

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