"言葉はいらない、ただ…"
頭の中がこんがらがって言葉が出ない。伝えたい事が濁流の様に押し寄せてきて、何をどう伝えれば良いか分からない。口を開いても、声が詰まって吐き出した息が声帯を揺らすだけ。
どうすれば、一体どうするのが正解なんだ……。
「大我さん」
俺の名を呼ぶ声で我に返る。見ると、皆がこちらを振り向いて力強く頷いていた。
…そうだ。まずは動かなければ。
頷き返して、ゆっくりと歩み寄る。
言葉が出ないのなら、行動で示せばいい。示した後は、ゆっくり伝えなきゃ。どんな拙い言葉でも、伝えたい事は沢山あるから。そして言わなきゃ、絶対に伝えなくちゃいけない言葉。
"突然の君の訪問"
「フンフ〜ン、フーフン♪」
鼻歌を口ずさみながら、作った料理をダイニングテーブルに並べていく。
今俺がいるのは、飛彩の家。最近お疲れであろう恋人の為、スーパーで材料を買って付き合い始めた時に貰っていた(けど中々使う機会が無かった)合鍵で入り、料理を作って帰りを待つ事にした。ちなみに、最初は「思いっ切り驚かせてやろう」と思って連絡無しのただの訪問だったのが、後に「どうせなら何か作って振る舞ってやろう」というのが付け足された。…まぁ、料理と言っても、サラダとカレーなんだけど。
「さて、あとはどう驚かしてやろうか。」
両手を腰にあてて少し考える。
「…やっぱ、あのやり方か?」
フフフ♪、とワルガキの様な笑い方をして時計を見る。「そろそろだな」と思い、鍵をしめて自分の靴を持ち、電気を消して玄関から見えない物陰に隠れて飛彩の帰りを待つ。
カチャリ、と鍵が開く音と、ガチャ、と玄関扉が開く音がした。来た来た♪、と心を弾ませる。何も気付いていない飛彩が俺の前を横切り部屋の明かりがつく。今だ!
「ひーいろっ♪」
ガバッ、と後ろから抱き着く。目を大きく見開いて俺の顔を見ると
「なんだ、大我か……」
と、肩を落とす。
「フフン、驚いたか?」
「当たり前だ。連絡も無しに…」
「いつも澄まし顔のテメェの顔を崩してやろう、と思ってよ。」
歌う様に言うと、ため息を吐いて呆れた顔をして何か言おうと口を開く。が、鼻をヒクつかせる。
「…良い匂いがするな。これは、…カレーか?」
「当たり。こっち来い」
と飛彩をダイニングテーブルに連れて行く。
「おぉ…。これ、貴方が?」
「おぅ。…口に合えばいいけどよ」
と、言いながら椅子に座らせ、向かいに自分も座ると「いただきます」と両手を合わせる。「どーぞ」と答えるとスプーンを手に取り、カレールーと白米を掬って口に運び咀嚼する。
「……美味い」
顔を上げ、感嘆の声を上げる。
「そう、そりゃ何より」
良かった、口に合って。…自分勝手で自己満足なサプライズだったけど、こういうのも悪くない…かな。
"雨に佇む"
1人で向かってる途中、急に雨が降ってきた。
「……」
不思議と足を止めて空を見上げる。いつもなら頭痛がするのに、今回は一切しない。むしろ気持ち良くて、このまま雨に打たれていたいと思った。雨粒に体温を奪われて冷えていくのも雨粒を吸って服が体に張り付く不快感も何も無くて、なんだか懐かしくて、ずっとこうしていたいとさえ思った。
なんてやってたら、傘が空を覆った。正面を見るとアイツらがいつの間にか傘をさして俺のところに来ていた。きっと来るのが遅くて心配して迎えに来たのだろう。にしたって全員で来る事は無いだろ。傘が空を覆ったのは、雨に打たれてびしょ濡れになっている俺に開いた傘を差し出したから。雨粒を吸った髪から止めどなく、ポタポタと水が落ちる。その水が首筋を伝ってシャツの中に入ってくる。すると今度は、バスタオルを頭に被されて、ワシワシと髪を拭かれる。背中を押され、同時に腕を引っ張られて病院に連れてかれる。
CRに着くと、服を脱がされ何枚ものバスタオルで体中拭かれる。さっきからずっとなすがままにされて、正直ちょっとウザいなぁ…っと思ったり。それから仮眠室から引っ張ってきた毛布に包まされて、マグカップに満たされたホットミルクを差し出されて、そのマグカップを両手で受け取り、熱で手を温めながら啜ると、ホゥ…、と一息つく。ホットミルクなんて何年ぶりだろう、甘くて暖かくて美味しい。子どもみたい、なんて言われて、ムスッ、とそっぽを向く。…なんか、こういうのも、たまにはいいかと思いながらまたホットミルクを啜った。
"私の日記帳"
「ん、んーっ……ふぅ。今日の分終わったぁー。」
窓の外はもう真っ暗。今日の分の仕事や明日の準備、入浴を済ませ居室のデスクに向かい、座る。
「さて、と…」
鍵付きの引き出しの鍵穴に小さな棚から取り出した鍵を挿し込み回して開ける。そこから1冊の手帳を取り机の上に出す。それは筆記体で『Dialy』と書かれた、若草色のシンプルな表紙の日記帳。日記帳をパラパラと捲って昨日書いたページを見つけると、その次のページを開き、ペン立てからシャーペンとその隣に置かれた小箱から消しゴムを取る。
「 フンフ〜フン♪…」
鼻歌を口ずさみながら、サラサラと今日あった事や感じた事を書き綴っていく。自分の気持ちを言語化していくと自分の考え方が可視化されて面白いし、時々表し方が分からなくて調べていると語彙力が上がった感じがして楽しい。正直言うと、寝る前のこの時間が大好き。
「あ、そろそろ新しいの買わなきゃ…」
途中、ふと残りのページ数を見る。分厚い日記帳がいつの間にか残り数ページになり、明日の予定を1つ立てる。書いていたページに戻り、続きを書いていく。
「フフンフ〜フ〜フ〜フンフフ〜フン♪…」
鼻歌で続きを口ずさむ。
「…ふぅ」
今日のを書き終え、パタリと日記帳を閉じる。思えば大体2〜3ページで書いていて、たまに5ページ位書いてる時がある。そんなペースで書いてたらそりゃあ残りが少なくなるの早いわ。書いていると楽しくて、つい長くなってしまう。
「ハッ…」
自分に笑いながら鍵付きの引き出しに仕舞い、鍵をかけてまた小さな棚に鍵を入れる。「よし」と立ち上がってベッドに潜ると、瞼を閉じてゆっくりと意識を手放した。
"向かい合わせ"
少しの空き時間を潰す為、またいつもの休憩スペースに来て自販機のコーヒーを啜る。そういえば、いつも休憩スペースの机は丸型、椅子は4脚程で1組。それが何組か並べられているけど、俺達が座るのはいつも対角線上で向かい合わせ。それはCRでもそうだ(あっちは長方形の机だが)。カウンター席のあるお店でも、カウンター席に座らずテーブル席に座る。
何でだろう?そう思いながら向かいに座る飛彩を見る。すると、コーヒーを啜るのに伏せられていた目線が上がり「なんだ?」と聞かれる。咄嗟に頬杖をつきながら目線を逸らし「別に何でもねぇよ」と答える。そして「そうか」と再び目を伏せる。
そういえばテーブル席で向かい合ってる時、俺はこいつの顔を見ている事が多い。更にいえば、着席順がいつも俺が後だ。いつもこういう位置になるのは、俺がこいつと向かい合うのを選んでいるから?顔を見ている事が多いって事は、俺はこいつの顔が好き?俺って実は面食いなところがあるのか?いや好きになった理由はこいつの性格だ。そのはず、だが。好きになって、目で追っているうちに、顔も好きの理由の1つになったのかもしれない。
チラリ、と横目で飛彩の顔を見る。やっぱり綺麗だなぁ…好きだなぁ…。ウットリ、と見蕩れていると目線が再び上がり、バッ、と顔を背けて残りのコーヒーを啜る。