#花束
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想いの丈を表せと言うならば
何本でも足りる事がないからさ
どうか、三本の薔薇で許しておくれ
#スマイル
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彼奴の笑顔が好きだった
よく言えば澄まし顔
悪く言えば、死んだ魚の目のような。
そんな彼奴が、甘味を前にした時だけは
ふわっと、花を綻ばせるのだ
最初は、物珍しさからだった...のだと思う
けれど何時しか、そんな彼奴の顔が見たくて
紙袋を提げ、彼奴の元へ足を向けるようになった。
甘いものが得意でない事が重なって、同じ様な物を渡す事が多いのに。
普段の態度が嘘のように、素直に礼を言われ驚いたのは最近の事の様に思い出せる。
「んーっ!」と、聞き慣れた声に思考が戻された
目の前には、フォークを片手に花を咲かせる彼奴
知らない味じゃないのに
本当、美味しそうに食べるものだな
それを見る為に甘味を渡す自分を棚に上げながら、湯気立つ珈琲を口にした。
#どこにも書けないこと
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空白
眼前に広がるそれに、ほっと息が漏れた
嗚呼、まただ、と
『まずは、気持ちを文字に起こしてみてください』
そう言われたのは、何時だっただろう
言う分には単純で
僕にとっては最も難しい事
確かに、心の燻りは感じるのに
どうやったって、どうしたって
それを表す、適切な言葉が分からない
だから、未だそれは空白のまま
...それを見る度に、底から焦りが込み上げる
本当は、自分の勘違いなのではと
ただの逃げの言い訳で
世間で言われるような状態じゃ、ないのでは――
グシャッと、空白にシワが寄った
脳を侵食せんとする考えを、揉み消すように
...今日もまた、白が黒で埋まる事はなかった
#時計の針
ホーッ、ホーッと、フクロウの声が遠くに聞こえる。
飾り付けられた部屋
一つの写真には、淡く差し込む光が反射していた
ふと顔を上げれば、代わり映えのない風景の中で、それだけが色を持っている様な気がした。
彼はおもむろに、それを自分の元へと引き寄せた。
時を刻む音を、ただ淡々と響かせるそれ。
手元に目を向けると、可愛らしい植物に飾られた予定表
書かれた数字が、それを囲むインクが
随分と色褪せている
...彼はそれらをひとしきり眺めると、後ろに着いていたネジを、グルりと回した
12を指していた長針が、6へと戻っていく。
そうして手元から元の位置に戻すと。
この部屋にはまた、同じ時間が流れ始めた
#溢れる気持ち
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例え沸騰する鍋に、蓋をしても
沸き立つ音は消えずに
その内、蓋すら押しのけてしまう
...心もそんなもんなら良い
そう思ったのは、何時だったか。
伝えたい二文字は言えない癖に
よく回る口を何度憎んだだろう
...今も、目線の先には彼奴が居る
一歩踏み出せば届くのに
何百歩も離れていると感じる自分は
なんと哀れな事だろう
...嗚呼、
焦がれた匂いが彼奴に届いたなら
それと一緒に
溢れ出そうな音が聞こえてくれたなら
そんな事を想いながら
向けられない笑顔から視線を逸らした