宛もなく、ただ路地を漂っていた。目的地なんてない、足音だけが響く暗闇を、波に浚われるみたいに歩き続けていた。
街灯の灯りが目を差す。そこから視界に入ってきたのは、小さなダンボールだった。寒空の下、何も知らない無垢な子猫は、漆黒の双眸をこちらに向けていた。
『ひろってください』
思わず、手を差し伸べる。未熟ながらも温かい塊は、私の手をただ受け入れていた。少し目を細めて、されるがままになっている。
「君も、一緒か」
二度と再現できない、優しい手でそれを抱いた。
一人と一匹は、闇夜を往く。
わかっているんだ。
私だって。
こんなこと続けてちゃいけないんだって。
逃げて、逃げて、逃げて、自分が嫌になって、それからも逃げ出して。
もう嫌なんだ。限界なんだ。
全部全部捨て去って、また一からやり直したい。
だけど、いつまでも捨てられないこの感情は。
今もずっとくすぶり続けている。
私はずっと窮屈だった。
なまじ優秀なばかりに、数多の仕事や責任が押し付けられる。そのくせ失敗したら、期待外れみたいな目を向けられながら乾いた激励を送られる。
私はこんな日々を過ごしたくて此処にいるんじゃない。
でも……抜け出すには、臆病すぎた。
もうおしまいにしようか。
でもそんなある日、ふらっと現れた君は言ったんだ。
『僕と一緒に来ない?』
でも。私には勇気がない。自信だってない。それなのに――
『いいんだよ。さあ行こう?』
私の運命は、動き出す。
『ここではないどこかへ』
またあの日のことを思い出す。
空いっぱいに咲く光の粒を見ていた君の瞳には、また違った粒があった。
僕だって似たようなもんだったろう。思いっきり笑って、泣いて、叫んで。
ずっとそばにいて欲しくて。
永遠を分かちあいたくて。
君もまた、この宝石の空を見上げているんだろうか。
またいつか、出逢えますように。
いつもの通学路。淡々と消化されていく日々。
最近は楽しいことなんかないな、もうやめてしまいたい。そんな悲観は十代の特権だろうか。
この時期特有の連日降りしきる雨に鬱屈として、自然と目線が下がる。水溜りが私の退屈気な顔を写していた。酷い顔だ。
そんなことになんとなくいらついて、写っている自分を踏み抜く。飛沫が重力に抗う。
思いのほか長く舞ったそれらを追い、あるべき高さへと戻った目線の先。そこには、久しく見なかった紫色の花があった。
何故か惹きつけられて、自然と足を止める。そこだけ、代わり映えしない中でくっきりと色付いて見えた。
雨は止む気配はなく、一定の音を刻み続ける。
私の日々も、この先も一定なのだろうか。
目の前の花が、とても輝いて見えた。